表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ジェムサバイバー

ミミックディスパッチ番外編「少年レピロスの誕生」

作者: ッフィラム

これはミミックディスパッチ本編よりもいくらか昔の話。

「レピロス、森に入ったら気をつけることは?」

「おともだちのこえがきこえてもついてかないこと。」

「そう、覚えられてて偉いわ。」

ノウサギ獣人の女性は自身の幼い息子に小包を渡した後に頭を撫でた。

「お父さんたちのいる場所はわかるね?」

「かりうどさんたちのひろばでしょ?」

「そうよ。大丈夫そうね。」

レピロスは包みを落とさないように両手で抱えながら歩き始めた。少し歩いて振り返ると、まだ家の入り口にいる母親と目が合った。通りを歩いていると、薬草のツンとした匂いや果物の甘い匂いが漂ってきた。匂いのする方ではシャーマンたちが住民と共に漢方を作っていた。狩人の広場に近づくにつれて奇抜な装飾品に身を包んだり、体に紋様を描いた人の数が多くなっていった。

「ぼく、もしかしてレプルスさんの息子さんかい?」

「そう、おとうさんにとどけもの。」

「そうか、偉いね。おじさんが連れて行ってあげるよ。」

大柄な男性が少年をヒョイと持ち上げて肩車した。少年は男性の兎耳を退けて高い目線からの新鮮な眺めを楽しんでいた。広場に着くと、弓や槍を持った狩人たちが膝をついて誰かの話を聞いていた。

「おささまだ!」

狩人たちの前で演説をしていた白髪の女性が少年の方を見る。彼女の動作に合わせてたくさんの装飾品が楽器のように音を立てる。彼女は笑顔で小さく手を振った後にまた彼らに向き直った。鈴のたくさんついた神具を鳴らしながら呪文を唱えた後、労いの言葉をかけてその場を後にした。

「レピロス、ビックリしたじゃないか。」

「パパ!」

矢筒を抱えた男性の元へレピロスは走っていった。父親がしゃがみ込むと、その顔の前に小包を差し出した。彼がそれを受け取り、布を解くと中には御守りが入っていた。彼は急いで腰につけたポーチの口を広げて中を探った。

「なるほど、ママが忘れてることに気づいて届けてくれたってことだね。ありがとう。」

「おまもりないと、つのうさぎにつれてかれちゃうよ。」

「そうだね、二人のおかげで助かったよ。」

父親に撫でられた少年は嬉しそうに短い尻尾を振った。仲間に呼ばれた彼は、息子を軽く抱きしめた後に走っていった。レピロスは父親を見送った後に家へと戻っていった。その道中、彼は友人たちに呼び止められた。

「レピィ、ノアがジャッカロープをみたらしいぞ。」

「つのがこんなふうにはえててね、きばがはえてた。」

「すごいね、でもおそわれなかったの?」

ノアは首を横に振った。

「ジャッカロープたちはとりさんをたべてたからきづかれなかったの。」

「うわぁ、まものはこわいね。」

レピロスは話もそこそこに友達たちと別れた。恐ろしい魔物の話を聞いて少し不安になっていた。次第に早足になっていき、家に着く頃には全力疾走になっていた。息を切らしながら家のドアを開けると母親は台所にいた。彼女は息子の様子に少し心配そうな顔をした。

「レピロス、おかえりなさい。大丈夫だったかしら?」

「ちゃんとおまもりとどけたよ。」

「それは良かったわ。これから今日も友達とあそんでくるの?」

「きょうは......こわいからいいや。」

彼女は少し考えた後に何かに気づいたような顔をした。

「村の近くに魔物が出たって誰かから聞いたのね。」

「うん、ツノウサギがでたって。ノアがいってたんだ。」

「気をつけないとね。そうだ、今日はママと一緒に漢方作りを手伝いに行きましょう。長様にも挨拶しに行かないとね。」


------------------


その日の夜は宴だった。狩人たちが魔物狩りを成功させたのだ。ツノの生えたウサギに似た魔物、ジャッカロープの群れを一匹残らず仕留めたのだった。このノウサギたちの村においてジャッカロープは災厄の化身だ。人の声を真似て子供を森へと誘って食らってしまうという恐ろしい逸話が伝えられていた。宴の最中では仕留めた魔物の骸一つ一つに長が儀式を丁寧に行なっていた。彼らの恨みが呪いとなることを避けるために行っているのだそうだ。儀式を行う村の長の白く長く伸びた髪とロップイヤーは月明かりを浴びて神々しく輝いており、それを目にした村の人々は彼女に改めて畏敬の念を抱いた。儀式も終わり、酒を飲んだ大人たちの大半が疲れて目を擦りながら帰路につき始めた頃、村の長は来客と面会していた。

「夜分遅く、更にお忙しい中お時間を頂けて光栄です。アレニ教祖。」

「いえ、こちらこそ長くお待たせしました。リンガ王国騎士団副長殿。」

軽装に身を包んだ男性は女性の白く艶やかな出立にしばし見惚れていた。

「どうかなさいましたか?」

「あぁ、いや、いつ見ても美しい出立ちで見入ってしまいました。申し訳ありません。」

騎士は手土産を渡しつつ書類を机に広げる。そこには狩人たちの姿や武器がスケッチされていた。

「昼間は狩人たちの素晴らしい腕のほどを見させていただきました。戦闘方法や武器の扱いなどとても参考になり、我が団の者たちに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいほど素晴らしかったです。それで、本題なのですが...。」

長の異様な威圧感で居心地が悪いのか、彼は一瞬目線を泳がせてまた話し始めた。

「彼らのうち何人かを我が国へと派遣していただけませんか?」

「シャーマンも同行させていただけるなら、承諾いたしますが。」

騎士は少し下を向いてからまた向き直る。

「その......シャーマンの同行はできればやめて頂きたい。王の意向で......。」

彼女は真紅の目を細めて彼に鋭い眼光を向けた。ため息を一つついてから話し始める。

「副長さん、コチラとしてもあなた方とのトラブルは避けたいと思っています。しかし、シャーマンの同行が認められないならうちの狩人をそちらに預けることはできません。」

「そう、ですよね。いやいや、大丈夫です。なんとかします。」

彼はポケットからハンカチを取り出して、額にかいた汗を拭った。

「本来はその、王や団長が自ら望むと言ったのですが、あの人らはその、言いづらいのですが周りを少し見下す癖がありまして...」

「あなたが他の方々よりも私たちに理解を示してなるべく対等に利益が得られるよう努力しているのは知っています。」

「ああ、つまり、えーと、そういうことです、はい。」

少しの間沈黙が流れる。

「今から伝書を上の者に送るので、返信が返ってくるまでお待ちいただきたいです。よろしいですか?」

「もちろん、村の者にあなたが余所者だとバレなければ、いくらでも滞在してもらっても大丈夫です。」


------------------


レピロスは突然の激痛に跳ね起きた。まるで額にキリで穴を開けられたかのような痛みが彼を襲う。息子の泣き声を聞いた彼の両親が急いで駆けつけた。二人は息子の額を見て思わず言葉を失った。短い角のようなものが皮膚を突き破って現れていたのだ。すぐさま彼らの家に多くのシャーマンを連れた長が駆けつけた。その表情はいつも以上に険しかった。痛みで暴れるレピロスを抑えさせ、生えた一本の短い角を観察する。彼女は側近の持ち寄った壺から液体に浸されたジャッカロープの角を取り出し、見つめた。

「長、私の息子は。もしや......。」

「レプルス、落ち着きなさい。原因は分かりませんが、あなたたちの息子はジャッカロープの呪いに侵されています。」

二人は力が抜けたようにその場へ崩れ落ち、泣き始めた。

「シャーマンたちよ、村の者たちへ聞き込みを行いなさい。まだ処理しきれていない魔物の骸を隠している者がいる可能性がある。」

長の命令にすぐさま行動を始めるシャーマンの中に、一人異様な人物がいた。不自然な折れ方をした兎耳を気にせず、彼は少年の顔を覗き込むと長に訴えかけるように話しかけた。

「アレニ教祖、この子はイボ病に侵されてます。羽虫が媒介することのあるウサギの獣人によく見られる病です。しかしまだ初期段階、今なら我が国の医師を持ってすればあっという間に。」

教祖は金色のナイフを彼に突きつけた。

「郷に入っては郷に従え。コチラの問題には口を出さないでいただきたい。それにあなたが私の民の前で身分を晒すような真似は止めるよう言ったはずですが?」

「でも、この子をより確実により早く助けるにはそうした方が。」

首に突きつけたナイフが彼の皮膚の表面を裂く。流れた血はナイフに不気味な紋様を作る。

「あなたはこの病が羽虫によって起こされたと言いましたね?否、コレはジャッカロープによって引き起こされた呪いです。魔物の魔力を持ってすればこのようなことも容易く起き得ます。」

「魔法は確かに万能だ!だけれどもあなたは神秘に偏り過ぎている!ジャッカロープほどのコッパな魔物が死後にこんなこ...ウッ」

「残念です、外の国での良き理解者が得られたと思いましたが、見当違いのようでしたね。さようなら。」

彼女はナイフを薙いだ。彼はばたりと倒れた後悲しそうな目でアレニ教祖とレピロスを見たあとに瞼を閉じた。

「二人とも、あなた方にも解呪の儀を執り行う必要があります。共に来なさい。」

それから村の者への聞き込みが行われたが、誰一人として魔物の骸や残党について知る者はいなかった。総動員で家の地下からありとあらゆる容器の中まで調べ上げたが、呪いの源と思しきものはカケラも見つからなかった。日が経つごとに、レピロスの容態は悪化していった。角はまた一本、また一本と肉を割いて現れ、その全てがまるで樹木の枝のように伸びていった。しまいには目玉を押し出すように生えてきた角は彼の視力を完全に奪い去った。顔面の全体を覆い尽くすほどに角が生え、重さで身動きが取れなくなっても彼は痛みと渇きの苦しみの中で生きてしまっていた。ある日、長はレピロスの母を拷問した。彼女が魔物と交わり、魔物の呪いを受けた子を授かったと結論づけたためである。最初の頃こそ否定していたものの、村人全員から行われる凄惨な責苦に精神を壊され、とうとう覚えのない事実を認めてしまった。彼女の体には火をつけられ、最期は心から愛した夫の放った矢に心臓を貫かれて亡くなった。そして彼もそのまま首を切って自殺した。長は始末を済ませた後にレピロスの元へ向かった。シャーマンたちによる必死の延命により、生きているのか死んでいるのか分からない状態になった彼に両親の末路を伝えた。しかし、それを聞き取ることも少年には出来なかった。彼の体を抱え上げ、荷車へと乗せる。彼は最後の力を振り絞って細すぎる腕を伸ばした。最後にその手に捉えた物は、冷たく固い毛髪と、ぼろぼろに崩れた炭だった。荷車を引くシャーマンの一団は日が登り始める頃に村を出て、日が沈み始めるまで歩き続けた。森の奥深くまでたどり着いた彼らは、荷車に乗せられたものを全て放り、腐臭のする液体の辺りへ撒いた。彼らがその場を後にすると、匂いに釣られてやってきた。羽虫や甲虫、小動物が集まってくる。その中には立派な角を備えたジャッカロープもいた。彼らは他の見境の無い屍食者とは違い、転がる遺体のうちレピロスの遺体の元にだけ近づいていった。鼻を押し当てて匂いを嗅いだり、あたりを飛び回ったりしている。すると、ある一匹が体に齧り付いたが、それは遺体から肉を剥ぎ取る為ではなく、そこについた羽虫を退かすための行動だった。それを合図に、ジャッカロープの群れは遺体の頭にある夥しい量の角に噛みつき、削り取り始めた。全ての角が取られ、穴だらけでほとんど頭の肉が無くなった男児の顔に一匹のジャッカロープが飛び込んだ。他のツノウサギたちはそこへ群がるスカベンジャーたちを排除し続けた。半日ほど経つと、男児の体は再び動き始めた。彼の顔は目を除いて全快していたが、頭には一対の鹿のような角が生えていた。手の指をぎこちなく動かした後、立とうと試みるが、バランスを崩して何度も転倒する。幾度目かの挑戦ののちに震える足で立ち上がった。彼はそのまま森の奥へと歩みを進めた。ジャッカロープを引き連れ、森に住む奇妙な少年の噂が立つのはまた先の話である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ