愛している人に裏切られていたの?エンディーヌは真実に迫る。
エンディーヌ・シュトリギヌス公爵令嬢は、我が耳を疑った。
「国王陛下。シュトリギヌス公爵令嬢を我が妻に貰い受けたい。それを我が褒美として貰いたい。」
突如として言われたその言葉に、エンディーヌは怒りすら感じた。
場所は王宮の国王陛下の誕生パーティ。
レリウス王国の貴族達は皆、国王陛下を祝う為に出席していた。
そこへ、エンディーヌ・シュトリギヌス公爵令嬢も、両親と共に出席していたのだ。
歳は17歳。金髪碧眼のこの令嬢は美しくて有名であった。
そして公爵令嬢たるもの、婚約者も既に決まっていた。
宰相子息のアレク・ミラノフ公爵令息である。
歳も同じ17歳。学園でも優秀な成績である彼は将来を有望視されていた。
優しくて申し分ないアレクとの愛を長年に渡って紡いで来たエンディーヌ。
エンディーヌはアレクの事が大好きだった。
その整った顔も、優しい心根も、柔らかい金の髪も、キラキラと光るエメラルドの瞳もみんな大好きだった。
アレクと先々結婚出来る幸せを満喫していたと言うのに、
いきなりエンディーヌが欲しいと言って来た男は、この国の英雄ガレット・シットロス将軍である。
歳は30歳。茶の髪で髭面の筋肉隆々、大男である。
魔物が溢れるこの世界。聖女なぞはおらず、騎士達が常日頃、現れる魔物を退治して、退けていたのであるが、シットロス将軍は圧倒的な強さを持って、独自の軍隊を持ち、竜などの魔物が現れる都度、その剣を持って退治していた。騎士団等より余程、腕が立ったのである。
人々はシットロス将軍を英雄として称え、その軍を特別視していたのだが。
国王陛下の誕生パーティに、シットロス将軍は現れて、突如、普段働いている褒美にエンディーヌをくれと言い出したのだ。
エンディーヌは怒りで頭が真っ白になった。
自分が婚約者がいる事は、広く知られている。
相手は宰相子息なのだ。
それなのにこの男は…将軍だなんて言ってはいるが、出身は平民である。
なんて無礼ななんて酷い男なのであろう。
でも、ここは婚約者であるアレクが何か言ってくれるだろう。
アレクはずいっと前に出て、
「シュトリギヌス公爵令嬢エンディーヌは私の婚約者だ。いかに英雄ガレット殿とは言え、エンディーヌを渡すわけにはいかない。」
エンディーヌはアレクの手を握り締めると、優しくアレクが握り返してくれた。
ガレットは顎髭を撫でながら、
「ほほう。小僧。この俺に歯向かう気か。」
「歯向かうも何も私は当然の事を言ったまでで…」
そこへピンクのドレスを翻して、現れたのがマリリア・カーネス男爵令嬢である。
いきなりアレクに抱き着いて、
「酷いんですっ。エンディーヌ様ったら、私の事を虐めるんですっ。私が男爵令嬢だからって馬鹿にして。私っ私っ…」
エンディーヌは突然現れたそのマリリアと言う女の事を知らなかった。
「貴方はどなたかしら?アレク様はご存知?」
アレクはその女性を引き離しながら、
「さ、さぁ知らないな…」
「ええええ?嘘でしょう。アレク様っ。アレク様は私の事を可愛い可愛いって…」
「いや、君の事は知らない。何て事を言うんだ。」
ガレットが口を出してくる。
「だから、俺の話はどうなったんだ?」
エンディーヌは毅然とガレットに、
「わたくしはアレク様の婚約者ですわ。ですから、貴方様と結婚する訳には参りません。そうですわね?国王陛下。」
国王陛下は頷いて、
「既に婚約者のいる令嬢を褒美としてやるわけにはいかん。そなたの働きには感謝はしているが。」
ガレットは不機嫌そうに眉を寄せ、
「つまらん。お前さんのような美人を俺は妻に貰いたかったんだがなぁ。」
「お断り致しますわ。」
マリリアという女はにっこり笑って、
「アレク様と私は真実の愛なのですわぁ。」
アレクは首を振り、
「こんな女は知らない。信じてくれ。エンディーヌ。」
「勿論、信じますわ。アレク様。」
エンディーヌはアレクの手をそっと握り締める。
アレクとは愛を深めて来た。万が一にも裏切りはありえない。
このマリリアと言う女との噂だって聞いた事がない。学園で一緒にいるのはいつも自分だ。
アレクの言葉を信じる事にしよう。
そう、エンディーヌは思ったのだが。
父であるシュトリギヌス公爵が、
「調べさせた方が良いのではないか。」
屋敷に戻って居間でくつろいでいるエンディーヌに声をかけてきた。
母である公爵夫人も、
「そうよ。エンディーヌ。調べさせましょう。真実は知っておいた方がいいわ。」
エンディーヌは怖かった。
もし…アレクが裏切っていたら?
アレクとは7年間も婚約しているのだ。
二人で愛を育んできた。共にお茶をし、沢山の先々の話をした。
色々な所へ連れて行って貰った。
綺麗な郊外の花畑や、華やかな王都の街…一緒に星空を見た事もあった。
その時にアレクは、
「このレリウス王国の為に私は役に立つ人間でいたい。先々、私の隣に君がいてくれたらなんて幸せか。」
「わたくしもアレク様のお役に立ちたい…」
二人でそんな話を何度もした。
そんなアレクに裏切られたら生きてはいけない。
父は公爵家の者を使ってアレクの素行を調べてくれると言う。
マリリアと言うあの男爵令嬢の事も…
エンディーヌは報告を待つことにした。
報告を待っていたら、驚くべき事件が起きた。
マリリア・カーネス男爵令嬢の乗っていた馬車が暴漢に襲われ、マリリアが殺されてしまったのだ。
そしてアレクの事を調べさせていたシュトリギヌス公爵家の者が行方不明になった。
エンディーヌは父に向かって、
「アレク様の仕業なのかしら。お父様。」
シュトリギヌス公爵は頷いて、
「そうかもしれない。我が手の者が戻ってこないとは…マリリアという男爵令嬢と同様に殺されたのかもしれんな。」
ぞっとした…そんな恐ろしい男だったのか?
アレクの父であるミラノフ公爵は凄腕の宰相として知られている。
黒い噂もある男だ。アレクが父であるミラノフ公爵に泣きついたのか?
アレクの事を信じたい…でも信じられない…
エンディーヌは学園で、アレクに問いただしてみる事にした。
昼休み共に中庭で昼食をとる。その時にエンディーヌはアレクに聞いてみた。
「例の男爵令嬢。殺されたそうですわね。」
アレクは優雅にフォークとナイフを動かしながら、
「そのようだね。」
「貴方が命じた?それともお父様が?貴方はマリリアという女性と関係があったのかしら。」
「とんでもない。」
優雅にアレクは肉を口に運びながら、
「あの女の事は国王陛下の誕生パーティで初めて知ったよ。」
「それなら、貴方は関わっていないのね。でも、我が公爵家の者が戻らないのですわ。知りません事?」
「私を調べさせていたあの男の事かな?あの男なら大金をやって、私を調べるのを辞めされた。姿をくらますようにとも命じた。うっとおしかったからね。」
アレクはエンディーヌをちらりと見つめて、
「そんなに私の事が信用ならない?」
「だって…貴方、慌てていましたわ。あの女に言われた時…」
「それは急に言われたから、いかに私とて慌てる。どうか私の事を信じて欲しい。私はエンディーヌ一筋だ。」
ああ…この人は本当にわたくしの事を愛しているんだわ。
「ごめんなさい。わたくし…アレク様の事を疑っておりましたわ。」
「いいんだ。解ってくれれば。愛しているよ。」
心から安堵して…エンディーヌはアレクの事を信じる事にした。
翌日、公爵家のテラスでお茶をしていたら、ふと声をかけられた。
「馬鹿だな。アレクって奴の仕業に決まっているだろうに。」
「貴方は…ガレット様。ここは我が公爵家の敷地よ。出て行って下さらないかしら。」
ポリポリと髪を掻きながら、ガレットはエンディーヌの前の椅子に腰かける。
丸テーブルになっており、その上に置かれた丸い菓子を指先で摘み、口に放り込みながら、ガレットは、
「浮気をしてそれをアンタにばらされたから、殺した。決まっているだろう。あんた達が奴を調べる為に送った奴も、殺されているに決まっている。」
「わたくしはアレク様を信じますわ。わたくしとアレク様は7年も長い月日、共にあったのです。ですから、浮気なんてあり得ない。貴方こそわたくしが欲しいからといい加減な事を言って。許せませんわ。」
「だったら真実を自分の目で確かめるといい。」
「どうやって?」
「仮面舞踏会。まぁエンディーヌ様は知らないだろうけれども、薔薇の館っていうのがあってな。身分を隠したい令息令嬢が仮面をつけて、集う淫らな館なのよ。俺が話をつけてやるから、そこのメイドとして潜入してみないか?」
「そこへアレク様が来るというのね。」
「常連らしいぜ。奴は。」
「どうしてわたくしの為にそこまでしてくれるのかしら。」
「決まっているだろう?国王陛下に申し出たはずだ。褒美はアンタがいいってね。」
「貴方の褒美になる事はないけれども、薔薇の館。メイドとして潜入致しますわ。真実をわたくしは知りたいの。アレク様がわたくしを裏切っていたのかどうか…」
「それならば、手配をしておこう。真実をしっかりと見るがいい。」
エンディーヌは潜入する事にした。真実を知る為に。
薔薇の館へメイドとして潜入したエンディーヌ。
メイドも仮面を着けているので正体がバレる心配はない。
メイド服を着て、盆にワインを持ち、参加者に配るだけだ。
淫らな事をする出会いの館だが、別にメイドは淫らな服を着なくても良いのは助かった。
仮面をつけた貴族だろうか。男女が20名ずつ、皆、酒を持って談笑している。
エンディーヌは髪を茶に染めて変装していた。あの金髪は目立つからだ。
しかし、アレクはどうだろう。髪を染めて変装しているのか?
彼も派手な金髪をしている。仮面を着けているアレクを自分は解るだろうか?
ああ…それでも解ってしまった…
髪は黒く染めているけれども、あの声は…あの仕草は…愛するあの人で。
盆を持つ手が震えてしまったけれども、エンディーヌはアレクに近づいて、アレクは盆のワインを手に取り、飲みながら仮面の女性と楽しそうに話をしている。
仮面の女性は、
「まぁ博識なのですね。」
「この位は知ってはいないと。それにしても其方は美しい。仮面をしていても美しさがにじみ出ている。」
「嬉しいですわ。そう言う貴方様も…」
女性はアレクの胸に手を這わす。
「素敵な身体…たまりませんわ。」
「それならば褥でたっぷりと…お見せしたいが。」
「嬉しい…」
エンディーヌは許せなかった。
思いっきり、アレクに向かってワインをぶっかけた。
頭からワインを被るアレク。
「何をするっ???」
エンディーヌはつかつかと近寄り、アレクの仮面をむしり取った。
「貴方、浮気をしていらしたのね。」
「その声はエンディーヌっ。」
エンディーヌは自らの仮面を取って叫んだ。
「男爵令嬢とも浮気をしていたのね。わたくしを裏切って。ずっと信じていたのにっ。愛していたのにっ。最低だわ。」
思いっきり、頬を殴りつけようとして、アレクに手首を掴まれた。
「だって、仕方ないだろう。結婚するまで君とは淫らな事は出来ない。私は淫らな事をしたかった。だから他の者で代用していたんだ。私だって君の事を愛している。」
「だから…だから…」
口に出来なかった。
だから…男爵令嬢を殺した。
だから…自分を調べていた男を殺した…
「恐ろしい人だわ。」
周りの人達が自分達を見ている。
アレクに手を引かれた。
「さぁ、この部屋へ。」
一つの部屋に押し込まれる。
アレクはエンディーヌに向かって、
「君さえ黙っていてくれれば、全て丸く収まる。君を愛しているから邪魔者を排除しただけだ。私が愛しているのは君だけだ。エンディーヌ。」
ベッドに押し倒される。
「嫌っーーー。誰かっーーー。」
その時、扉がバンと開いて、ガレットが飛び込んで来て、アレクの腕を捻り上げた。
「嫌がっている女性に無理やりはよくねぇな。」
「エンディーヌは私の婚約者だ。」
エンディーヌは泣きながら叫んだ。
「婚約破棄を致しますわ。貴方のやった事は人殺しです。そして裏切り。わたくしは貴方と結婚したくはありません。貴方と結婚する位なら修道院へ参ります。」
「エンディーヌっ。私は君を愛している。だから…」
「愛しているなら、わたくし以外の女性と淫らな事をしないで下さいませっ。」
ガレットがエンディーヌに、
「騎士団へ引き渡す。いいな?」
「よろしくお願い致しますわ。」
アレクが人を雇って、マリリア・カーネス男爵令嬢を殺した事。
シュトリギヌス公爵家からアレクを調べていた人物を、これも殺して山へ埋めた事。
全てをアレクは白状し、牢獄へ入れられた。
アレクの父、ミラノフ宰相も宰相を辞任して、ミラノフ公爵家の爵位も失い平民落ちしたのであった。
婚約破棄は認められたが、ミラノフ公爵家がこの有様なので、慰謝料も貰えず、エンディーヌはアレクの裏切りの傷が癒えずに、屋敷に籠る事が多くなった。学園へ行けばアレクとの楽しかった日々が思い出されて、悲しくて涙が流れる。
だから、学園へ通うのも嫌だった。
部屋に籠ってソファに座りぼんやりとしていると、窓をコンコンと叩く音がする。
ここは二階のはずだが、と窓を開けば、ガレットがニコニコしながら、テラスに立っていて。
「季節は春だ。籠ってばかりいたら気が滅入るぜ。」
「わたくしは悲しくて…部屋から出たくないのです。」
「だったら俺が馬に乗せてやろう。馬で走れば気が晴れる。」
「でも、わたくしは…」
「ほら行くぞ。」
父の許しを得て、ガレットがエンディーヌを前に乗せて、馬で走ってくれた。
春の風は心地よく、とても気持ちがいい。
何をしてもアレクの事が思い出されて、心の傷は消えないけれども…でも…
丘の上の見晴らしの良い所で馬を止めれば、眼下に桃色の春の花が見えて、そして王都の街並みが広がって…
遠くには海が霞んで見える。
耳には鳥の声が心地よい。
ガレットが口を開く。
「なぁ、エンディーヌ様。人生は色々あらぁな。恋に落ちる事もあれば、恋を失う事もある。まぁ恋を失った時は、時が癒してくれるがね。俺はエンディーヌ様を初めて見た時に恋に落ちたんだぜ。」
「まぁ、わたくしを見て?」
「ああ…俺には身分違いの恋だが…どうしても欲しくなった。だから、国王陛下に…。
アンタは俺の褒美になってくれる気はないのか?」
エンディーヌは胸が熱くなった。
今は答える事は出来ないけれども…でも…
「まずはお父様に言って下さいませ。それに、わたくしは…貴方様が英雄だという事以外、知りませんわ。でも、貴方様がわたくしを思ってメイドとして手配して下さった事。こうして気晴らしに連れ出して下さった事、感謝しております。」
「解ったっ。シュトリギヌス公爵にまずは話をだな。絶対に頷かせて見せる。俺は身分は平民だが英雄だっ。エンディーヌ様が傍にいてくれたら100倍は頑張れる。」
鳥が二羽、空へ羽ばたいていった。
一つの恋は終わったけれども、新たなる恋が始まりそうな予感に、エンディーヌの胸は熱くなる。
そっと、ガレットの逞しく大きな手に手を添える。
エンディーヌの新たなる恋は始まったばかり…