白銀の霊媒師
この世界には悪霊が存在する。それは人の未練や憎悪によって創り出され、時として人に牙を
剥く。
だがはるか昔、この悪霊を退治する者達が現れた。いずれも銀髪の持ち主で、霊を見ることができ式神を従え悪霊を次々と退治し大いに感謝されたという。人はこの者たちを白銀の霊媒師と呼んだ
まだ桜の残る暖春の穏やかな朝、二ノ宮那月は通学路を全力ダッシュしていた。
「やばい遅刻だ完全に寝過ごした!!」
始業は8時30分、対し現在時刻は8時25分。まだ学校まで距離があるが、走ればギリギリ間に合う計算だ。
「夜通しゲームなんかしなけりゃ……ってそんなこと言ってる場合じゃねぇ!!」
那月は最短距離で角を曲がる。しかし角の向こうから来る人影に気づかなかった。
向こうも走っていたようで、勢いよく2人は衝突してしまった。
「いってて……すみません、大丈夫です…………か………………」
那月が顔を上げると少女が那月を見下ろしていた。何処までも透き通った肌、モデルのように整った顔立ち、そしてシルク糸みたいにきめ細かく、太陽を反射して輝く銀髪。クラスでも冴えない方である那月の人生には一生関わりがなさそうなくらいの美少女だった。
見惚れていると、少女が心配そうな顔で那月を見る。
「だ、大丈夫? ごめんね急いでたから……」
「俺は平気っす。貴方こそケガないっすか?」
「ええ。こう見えても私丈夫だから!」
そう言うと少女は笑ってみせた。
「まあ今回はアレのせいだし、どっちも悪くないってことで」
少女は明後日の方向を一瞥して言う。那月は多少の違和感を覚えたが、流すことにした。
「俺は良いっすけど。。。ってその制服、もしかしてうちの高校?」
「うん、転校してきて今日からなんだー。って君も同じ高校だよね。しかもそのネクタイの色は一年生だ」
「タメかよ!! なんだ敬語使って損したじゃないか……」
「じゃあこれからよろしくね。私は識神茜」
「二ノ宮那月、よろしく」
「うんうん! って何か忘れてる気が…………」
その時遠くから始業のチャイムがかすかに聞こえてきた。
「あっ! そうだ遅刻だ! 遅刻しそうなんだった!!」
「そうだった! 急がねえと」
2人は走って学校へ向かう。これががこれからの那月の日常を非日常へ変える出会いになるなんて誰も思わなかった。
下駄箱で茜と別れ、遅刻を怒られた後、那月は教室の窓側にある自分の席へ座った。その時ちょうどホームルームの途中だった。
「それで、今日は転校生の紹介をするぞー。おーい、入ってきなさい」
先生が指示を出すと、前の扉から女生徒が入ってきた。その間先生は転校生の名前を黒板に大きく書く。
「今日からこのクラスの一員になる識神茜さんだ。皆、仲良くするように。じゃあ、自己紹介して」
クラスがそう然とし、美少女が来ただのなんだのとこそこそ言い合っていた。先生は軽く注意し、茜に自己紹介を促す。
「識神茜です! 好きな物はスイーツ全般! これからよろしくお願いします!!」
元気よく自己紹介した茜は那月に気づくと満面の笑顔でてを振る。そのせいでクラス中の視線が今度は那月に集まる。だが誰を見ても良い意味の視線は感じられなかった。那月は慌てて知らないふりをしてやり過ごそうとする。しかし、
「お? なんだ、二ノ宮と知り合いか。ならちょうど空いてるし、二ノ宮の隣の席を使いなさい」
そう言われるとすぐに茜は席へ向かう。那月に向けられたクラスの視線は完全に殺意がこもっているのが嫌でも感じられ、気が気じゃない。
「改めて、これからよろしくね。那月」
「なっ」
一瞬でクラスは罵声でいっぱいになった。美少女な転校生と知り合いであり、尚且つ下の名前で呼ばれることがクラスの怒りを買うことは火を見るよりも明らかだ。ホームルーム後質問攻めに会うも、那月は決死の思いで誤解を解き、事なきを得たのだった。
その後、授業、昼休憩、午後の授業と時間が進んでいたが、茜は徹夜明けくらい爆睡だった。那月は今日茜が遅刻しそうだった事への合点がいったと思いながらも、自身もゲーム三昧の徹夜明けだったので午後の授業は全て夢の中だった。
那月が目を覚ますとあたりは薄暗くなっていた。教室には誰もいない。どうやら午後のホームルームの後もずっと眠っていたようだ。
那月は帰り支度を済ませ教室を出ようとする。しかし扉が開かない。鍵でもかけられたかと思い、内鍵を開けようとする。だが内鍵は空いていた。
どうもおかしい。そう思った那月は携帯を取り出す。外部に連絡するためだ。だが携帯は圏外になっている。教室は別に電波が悪いわけではない。本気で何かおかしい、そう思った那月は大声を出して見る。誰も反応しない。それどころか人の気配ひとつ感じなかった。
突然外が真っ暗になった。街灯も何も見えない。続いて窓がガタガタ揺れだし、電気が激しく点滅する。
那月はテレビでポルターガイストの超常現象の特集を見たのを思い出した。当時は全く人事ていなかったが、今目の前で起こっていることはまさにテレビで見た物そのままだった。
今度は机と椅子が宙に浮き、那月に飛んできた。どうやらポルターガイストの犯人は那月に相当な恨みがあるらしい。
「うおあああああああ!!!!!!」
たまらず那月は頭を手で覆いうずくまる。そして椅子がぶつかるのをじっと耐えようとした。
だがいくら待ってもこない。不思議に思って恐る恐る顔を上げるとそこには粉々になった椅子と人型の紙を何枚も持って自分の前に立つ茜の姿があった。
「………………え、茜?」
茜は手に持った紙をばら撒く。そしてお経に似た呪文のような言葉を唱え続ける。すると紙に命が宿ったかのようにひとりでに動き出し、茜の周りを周回する。
次の茜の合図で教室中央へ集まり、空中の見えない何かに張り付いていく。その何かは縛られたみたいに動きづらそうにしていた。
「式神呪術壱之番、霊縛封印」
そう告げると何かが圧縮されていく。そして完全に消失し、紙も散り散りに消えていった。
「もう大丈夫。安心して」
それを聞いた那月は、安堵で力が抜けてしまった。
「あはははっ。何その顔」
「う、うるせえな。それよりも、さっきのはなんだったんだ、それに茜は何者なんだ?」
「落ち着いて、いきなりのことで動転してるのはわかるから。えっと、さっきのは多分悪霊の仕業だね。いきなりじゃ信じられないかもしれないけど、この世界には悪霊が居て、今日みたいに生きてる人間を襲うんだ。今日の朝も、そしてさっきも那月を悪霊が襲った結果なんだよ」
那月は普段なら信じなかっただろう。だがああも目の前で起きてしまっては、信じるしかなかった。
「でも、なんで俺が襲われなきゃいけないんだ」
「悪霊は人間の悪感情から発生する物だから、教室の中で妬みや憎悪が急に大量に発生したことが原因じゃないかな。あ、朝のはただの悪霊のいたづらね」
「今日の俺への嫉妬が原因ならマジでキレるからな」
「さあ、どうだろうねー。で、私は悪霊を式神で退治する霊媒師ってわけ。どう? わかったかな?」
那月は少し黙って情報を整理してみた。
「まあ、少しは」
それを聞くと茜ははにかむ。窓から差す月明かりが茜の銀髪をより輝かせていた。
那月は茜の髪を見て、昔祖母が言っていた話を思い出していた。
「聞いたことあるんだ。昔悪霊を退治する凄い霊媒師がいたって。みんな綺麗な銀髪で、霊が見えて式神を使う。確か名前は」
「そう。それが私。私の名前は」
「白銀の霊媒師」