鬱、転生。
…………ああ。
『――というわけなのです』
ああ、気づかなかった。
『どんなことでもいいのです。あなたの望みはなんでしょう』
これ、私に言ってるんだ。
「あの」
『はい』
「すみません……。えと、聞いてませんでした」
『いいのですよ。混乱してしまう者も少なくありませんからね。もう一度お話ししましょう』
「……はい、申し訳ありません」
まず、このよくわからない声。
『あなたは、これから次の生を歩むことになります』
たぶん……声。
『あなたの世界にある言葉で表すなら、輪廻転生というものが適当でしょう』
声が聞こえてるんだと思うけど、耳で聞いてる気がしない。
『国や文化なるものによって、様々なカタチがあるようですね』
昔、何かで……読んだ気がする。
『面白いことに、それは真なのです』
……。
『と、さすがに繰り返しになりますし、本題に入ることとしましょう』
……。
『あなたは、望みの世界への転生することになります』
……あー、なんだっけ。
『今の記憶を消すことなく、魂の望みをかなえることになります』
ああ、そうだ。
『あなたは、前世で幸福を感じていませんでしたね』
確か、存在の格を落として合わせる……だっけ。
『その影響で、あなたの魂は傷ついています』
……。
『このまま輪廻転生すれば、次もあなたは力なく生を送るでしょう』
えっと、なんだっけ。
『ですからあなたは、その魂を癒す必要があります』
……ああ。
『何でも構いません。望みの世界、望みの自分……』
そうだ、話を聞かなきゃ。
『あなたの望みを、さあどうぞ』
「……あの」
『ええ』
話、聞いてなかった。
『ただ、望むままでよいのです』
これだから、私は駄目なんだ。
『……少し、待ちましょう』
……。
『…………』
あ、えと……なんて言ってたっけ。
『…………』
「……あ」
『はい』
「えと……望み、でしたっけ」
『ええ、その通りですよ』
「……」
『本当になんでもよいのですよ。あなたの常識や理性にとらわれる必要さえもないのです。世界は数多く、想像の外にも存在します。こちらはあなたを、あなたにとってより良い世界へ導きましょう』
「ありません」
『そんなことはないはずですよ』
「……でも、ないんです」
『認識の齟齬が発生しているのでしょうか。望み、願い、欲求、希望……あなたが求めるのもなら何でも構わないのですよ』
「…………」
なんだかずっと、話をされてる。
同じことを、言われてる。
やっとわかってきた。
うん。
申し訳なく思う。
でも、望みなんてない。
しいて言うなら、このまま記憶を消して普通の転生をしてしまってくれればいい。
ああ、それでいい。
『――はできません。あなたは記憶を引き継ぎ、幸福を得て、その魂を癒すのです』
あ、駄目だ。
これ、同じだ。
強制なんだ。
強制。
やさしさ、思いやり、気遣い。
そういうのに乗せた強制。
あなたが掌で踊るなら、こんなにも周りのみんなは優しいのよ。そう言ってるんだ。
私が間違えたら、それまでのくせに。
もう嫌だ。
みんな私を見てる。どうしてなんで私だって立とうとした。たくさんたくさん考えて、考え抜いて行動した。でも立ち上がり方を間違えると、味方だと言っていた人たちさえも平気で私を否定する。もう誰も信じられない。信じられない。信じられない。考えて、それを否定されるのは怖い。考えて、考えて? 私は今考えてる? わからない私は考えてるつもりだけどわからない。だって、えっと、考えて……。
えっと、今は……。
そうだ。
『――でしょうか。きっと、あなたにも望みがあるはずですよ』
望みだ。
『直接、世界を望んでも構いませんよ』
でも、何を言われても望みはない。
もう、私は優しい人すら信じられない。
仮に天国みたいな優しい世界に行ったとしても、信じられる気がしない。
ずっと、その優しい天使みたいな人たちの望みを考えて、考えて、考えて生きていく。
…………。
考えるのは、もう嫌だ。
『どんな望みでも、いいのですよ』
「そう、言われても……」
『あなたには、望みがあるはずです。それはわかるのです』
「それは……わかる……」
これ、そのままの意味……だよね。
こんなにどうでもいいのに、望みがある?
『また、しばらく待ちましょう』
……。
…………そっか。
わかった。
「――です」
『……おかしなことを言いますね』
「――いところ……がいいです」
さっきのが、私の望みなんだ。
「考えなくていいところが、いいです」
『しかし、望みなのは確かなようです。ただこれは……』
「奴隷」
『今一度、落ち着く時間をとっても構いませんよ』
「そういえば、昔考えたことあったんです」
『あなたは、慌てる必要はないのです』
「時間があるから、つらくなるんです」
『……』
「だから、都合のいい奴隷になれたらきっと楽だと思うんです。考える暇もないくらいこき使われて、痛いことをされるんです。ずっとよくわからないままで居られるのがいいんです。放っておかれると考えてしまうんです。きつすぎてもどこかで意識が戻ってしまうんです。ずっとずっとあの中に居れたら……」
『それが、あなたの望みですか』
「……これでいいなら」
『それで、あなたの魂は癒されますか』
「……知りません」
『望みがかなうというのにですか』
「…………」
『こちらの声が届いていますか』
「……え?」
『あなたの望む奴隷になれば、あなたの魂は癒されますか』
「ああ……」
『どうなのでしょう』
「絶対そうなれるなら……たぶん、マシにはなるんじゃないですか」
『……』
「……」
『……わかりました』
「え……」
『それでは、あなたの望みをかなえましょう』
「本当に……」
『ええ。こちらに支障がない限り、どんな望みもかなえます』
「……」
『それでは、良い来世を』
ああ、まさか本当にこんな願いを。
ここからまだ、話しが続くのかと思ってた。
それは幸せとは言わないって。
家族とか、恋人とか、何かを求めてみろって。
ああ……。
――――よかった。
――あの者の魂は、一度で癒しきれないかもしれませんね。
――仕方がありません。
――その際には、また望みをかなえるだけです。






