部活紹介
部活紹介
横山の提案が通り、剣道部は寸劇をやることになった。
「全てお前達に任せる」と言う石井の一言で、福達は稽古を休んで寸劇の練習をすることになった。
山根にこのことを伝えるとあっさり承諾してくれた。
「まるで小学校の学芸会みたいね」
当日山根は、朝顔柄の浴衣を着て現れた。
「か、可愛い・・・」
「福、なに見惚れている!そんなにデレっとしていたら正義の味方は務まらんぞ!」
横山が腕組みをしてニヤニヤしている。
「そ、そんなんじゃない!」福は真っ赤になって否定した。
体育館には、生徒が大勢集まっていた。
ステージでは、変わるがわる趣向を凝らした部活紹介が行われている。
福達は腰に剣を差して、ステージ脇で待機した。
「なんだかドキドキするな〜」緊張感のない声で小柳が言った。
「俺たちに剣道部の存亡がかかっている!」
「大袈裟だな〜、山本は」
「おい福、上手くやれよ!」
福は黙っていたが、口から心臓が飛び出しそうだった。
「次は剣道部です」とアナウンスがあった。
石井主将が挨拶をしてステージを降りて来た。
「お前達の出番だ」
「さあ、行くぞ!待ったなしだ!」横山の掛け声で、皆一斉に飛び出した。
場面はいきなり町娘が拉致されようとしているところ。
何しろ五分と時間が決まっているのだ。前置きは抜きだ。
「ちょっと一緒に来てもらおうか」悪役の小柳と山本が山根の手を取って引っ張って行こうとする。後ろで横山が悪党の親分らしく悠然とそれを見ている。
「嫌です、誰か助けて!」と山根が真に迫った演技をした。
福が颯爽と登場した・・・と、言いたいところだが、お世辞にも自然な演技とは言い難い。
「ま、待て、そそそ、その娘をどうするつもりだ?」
「誰だお前は?」山本があまり怖くない顔で言った。本人はあれで精一杯怖いつもりなのだ。
「と、通りすがりの正義の味方だ」福のウケ狙いは外れた。会場は水を打ったように静かなままだ。
「なにをっ!返り討ちにしてくれる!」悪役の二人が同時に剣を抜く。
前に山本、後ろに小柳が剣を上段に構えて福に斬り掛からんとしている。
福はゆっくりと剣を抜いて正眼に構えた。
後ろの小柳が気合いと共に斬り込んで来た。福は浮身(瞬時に膝を抜いて体重を消す)をかけて振り向くと同時に小柳の正面を真っ向から斬り下ろした。
小柳は、やられた〜と言って派手にステージを転がり回る。
大きな笑い声が起こった。
『さっきはウケなかったのに』福は少し悔しかった。
次に山本も後ろを向いた福に背後から斬りかかった。
再び浮身をかけ振り向くと同時に山本の正面も斬り下ろす。
一瞬の前後斬りに、場内からため息が漏れた。
福はちょっと得意だった。
横山が右手に剣をぶら下げて福の前に立った。
「どうれ、俺が相手だ」大げさに、ゆっくりと剣を上げて行き左上段に構え意味深に笑う。
打ち合わせと違った。目が『あの技で勝負しろ!』と、言っている。
福は左の入り身に構え、切っ先を横山の目に付けた。
一体なにが起こるのかと、客席は固唾を飲んで見入っている。
しばらく横山と睨み合った。と、福がいきなり剣尖を下げた。
横山はハッとして、誘われるように踏み込んだ。
結果は石井の時と同じ。福の剣が余裕を持って横山の腋を斬り上げていた。
「む、無念!」悪役の横山は、くるくる回って倒れた。
観客は拍手喝采。大きな歓声が沸き起こる。
「さ、参ろうか」緊張の解けた福が山根に手を差し伸べる。
「あい」山根が愛らしく答えて、福の腕を取った。
石井が再びステージに上がり、剣道部への入部を促して部活紹介は終わった。
「なんだかスゲェ迫力だったな」
「うん、真剣勝負みたいだった」
ステージを見ていた生徒が囁いているのが聞こえた。
「ご苦労だったな、なかなか良かったぞ」石井が言った。
「横山、見事にやられたな」
「先輩も同じでしょう」
「ははは、違いない」
「あ〜、楽しかった」山根が笑った。
「僕、受けたでしょう」山本が胸を張る。
「あれで入部希望者が二、三人減ったんじゃないか?」
「う〜」
「福、今回は完敗だ。いきなり面が空くとはな、あの状況なら誰だって打ってしまう」
「なぜ、予定を変えたんだ?」
「やってみたかったのさ・・・俺も」
「さあ、これで新入生の入部希望が増えるぞ〜」小柳がのんびりと言ったので、皆が笑った。
この小芝居で、入部希望が何人増えたかはわからないが、結局十人の入部希望があった。
「明日から大変だぞ〜」という小柳の声が聞こえた。