新主将
新主将
夏休みが終わったら三年生は引退する。二年生の中から新しい主将を選ばなくてはならない。
部員は、三学年合わせて十九人。内二年生は六人。この中から選ぶのだ。
福は、石井が選ばれないように祈った。
「今から、新しい主将を決める。多数決で決めるから、この紙に名前を書いてくれ」現主将の藤田が言った。
皆、それぞれの思惑で紙に名前を書いて投票した。
集計が終わると藤田が言った。
「では、発表する。新しい主将は、十三票を集めた石井に決定する!」
福は、目の前が暗くなった気がした。
「新主将の石井に挨拶をしてもらう」藤田さんは石井を促した。
石井は部員の前に進み出た。
「今日から主将を引き継いだ石井だ。伝統ある剣道部と先輩たちの名を汚さぬよう、一所懸命に勤めるつもりだ。みんなよろしく頼む」石井は深々と頭を下げた。
三年が引退して数日後、稽古の後部員全員が集められた。
「今から、県大会のメンバーを発表する!」石井新主将の声が体育館に響いた。
先鋒・1年伊藤(昇竜館)、次鋒・1年吉田(正心館)、中堅・2年宮田(昇竜館)、副将・2年富安(正心館)、大将2年・石井(昇竜館)
地元の大道場、昇竜館と正心館の門下生で固めたメンバーだ。公民館組は一人も入っていない。
「何か質問は?」石井主将はみんなを見回しながら言った。
「先輩!」横山はたまらず手を挙げた。
「なんだ、横山」
「新人戦で活躍した者が、抜けてますが?」公民館組のことである。
「新人戦は新人戦、これは県大会だ」
「でも、最強のメンバーではありません」
「何か文句があるのか?」
「みんなが納得できるように、公平に決めてもらいたいものですね」横山が石井を睨む。
「なぜ公平でないとわかる?」
「俺なら先輩にも勝てる!」横山が嘯いた。
「なにっ!」
石井が気色ばんで立ち上がった時、福が石井の前に進み出た。
「先輩は僕たちを目の敵にしている!」
「なんだとっ!」
石井は咄嗟に竹刀を鷲掴みにして、福の頭の上に思い切り振り下ろした。
乾いた音が響き渡たり、体育館中が静かになった。
「しまった」石井の顔に後悔の念が浮かんだ。
痛くはなかった。だが福は悔しかった。みんなの前で叩かれたのだ、目に涙が浮かんでいた。
石井は動揺を隠すように言った。「なら、試合で決めよう。さっき発表したメンバーとお前たちが選んだメンバーでだ!」
試合は三日後だと言って、石井は体育館を出て行き、メンバーに選ばれた者達が続いた。
残った部員たちにも二年の部員が数名いた。
横山は二年生に向かって頭を下げた。「ご覧になった通りです、でも先輩たちを巻き込みたくはありません」
「俺たちも、石井のわがままには困っていたところだ。立場上中立を守るがお前達の意思は尊重する」二年の池田が言った。
「そうだな、俺たちは審判をやろう」同じく二年の中垣が言う。
「主審は藤田先輩にお願いしてはどうだろう?」瀬戸も応じた。
「よかったら俺から石井に話してみるが、どうだ?」池田は一年たちを見回しながら言った。
「よろしくお願いします」横山が言いみんなが頷いた。
残った二年生達も全員出て行った。
残ったのは全員一年生である。公民館三人のほかは、中学に入ってから剣道を始めた佐藤と山本だ。
「佐藤、山本、協力してくれるか?」横山は二人に訊いた。
「ああ、あんまり頼りにゃならんがな」佐藤が言った。
佐藤は運動神経が抜群で、多少の経験者なら遜色なく戦える。
「なんか面白くなってきたなぁ!」
いつもひょうきんな山本は面白がっている。
「じゃぁ、順番を決めよう」
「俺は、切り込み隊長だ」小柳は先鋒を志願した。「伊藤は虫が好かない」
「俺は次鋒がいい、敵のメンバーの中では吉田が一番弱い」佐藤は冷静に観察している。
「俺は中堅だ、確実に勝たなければならないからな」横山は石井を福に譲るつもりだ。「福、お前石井とやるか?」
「もちろん」福に異存はない。
「なら、必然的に俺が副将だな、かっこいい〜」山本がおどけて言った。
「勝っても負けても後悔は無しだ、全力で戦おう」
「おう!」