叫びを無として
情報屋に訪れるのは己の弱さに負けたからだとも言いにくいのだ。
「轟さんは聞いたことありませんか?前川総一郎って。」
「聞いたことあるよ。刑事の時だけどな。その名前を売った奴くらいなら簡単に見つかるだろうな。もっているだけでも怯えるような名前を売ったんだ。むしろ、それを買うやつのほうが稀だよ。」
ただでさえ追われる人間がまさか同じような追われるような立場になるようには思わない。知らずに売るよう輩もいるだろうが、それでも裏社会を生きているとしても伝えるだろう。それを探るのに時間はかからない。何故なら真っ白な戸籍を得てのうのうと生きているからだ。
「それも今の総理大臣の身内の名前を名乗っていると知ったらばれるに決まっている。マスコミは取り上げるし、週刊誌も面白がるだろうから。その名前を持ったままの情報屋が前川総一郎から名前を買った奴だ。」
「その人を探すのは簡単じゃないだろう。」
「俺にとっては苦じゃないさ。靴底をすり減らしてまで歩いていた刑事のころに比べたらそれほど動いていないさ。ましてや、笹田が抱えた重さよりも軽いからな。」
轟は笹田の苦悩を知っていた。警察にいて天下り先に行くよりも養護施設に就職することを選んだのだ。天下り先にいったとしてもいい未来が待っているとも限らないのだ。そこでご機嫌を窺ったところで答えがあるわけでもない。笹田は捜査一課にいることに誇りをもっていた。その誇りは警察官であることよりも人を救えたかもしれない未来だった。それを轟が知ったのは警視庁を互いにやめると決意した日に飲みにいった時だった。いまだに事件に巻き込まれたとしても犯人が捕まったとしても消えない過去として残ってしまうものがあるのだ。
「笹田は抱え込むものが多いんだ。それでも宗に会って変わっていっていたな。・・・笑った顔を見えるだけでうれしいし、もっと明るい未来が待っているんだと余計に思ったってな。」
「そうか。親父がそんなことをいったのか?」
「笹田はそういったんだよ。養護施設に就職するといった時も決意しかなかったんだ。俺は疑わなかった。それで導ける光があるからとも思っていたから。・・・彼なりの意地を見せているんだよ。それを否定される筋合いなんてないだろう。」
轟はそういって窓を見た。窓には鏡のような感じになっていた。生き写しを描いているようなものなのだろうからと思ってしまったのだ。轟はそこに伝わるような感じがあった。




