過去の道しるべ
宗は出会った事務所だけでなく、人達が全員が良い人だったとは言い切れなかった。それは龍哉に然りだろう。それでも逃げなかったのはそれなりの理由があるからだとも言われたりするが、そんなものがあるわけでもない。ドアがすっと開いた。
「やぁ、邪魔するよ。」
中肉中背の男性が少しよれよれの服を着ていた。だが、そこには疲れを見せぬような感じもうかがえた。
「親父。」
「宗が大変だって聞いたからな。轟ものんきに情報屋なんて仕事をしているわけじゃないさ。まぁ、俺も聞いたときは驚いたけどな。」
「親父が知っている人なのか。」
明光はそういうとソファにそっと座った。その様子を見た奏斗はコーヒーをカップに注いだ。そして彼に渡した。
「よくできているじゃないか。俺の時なんてろくな時代じゃなかったしな。・・・刑事っていう仕事になりたかっただけに過ぎないな。もらうよ。奏斗君。」
「はい。コーヒーにこだわりがあるのって俺だけなんですよね。明光さんが来てくれるだけうれしいです。だってコーヒー詳しいじゃないですか。」
明光がコーヒーに詳しくなったのは事件がきっかけだった。捜査一課であったこともあって喫茶店を転々と回っているうちに詳しくなってしまっただけなのだ。それが良かったことなのか、今もわからないままだ。今は養護施設での職員として働いているほうが心が晴れる気がした。
「親父は今日、休みなのか。」
「休みだよ。仕事がある時に此処に来ていたら長居をしてしまう可能性があるだろう。それで遅れたなんて子供にどう言い訳ができるんだよ。」
養護施設の子はいろんな子が入り混じってしまう。それだからこそ神経を使うのだが、それは前向きになるためにつながることだが、事件を追っていてもそれにつながるとは一概に言えなかった。なりたかったものになっただけで達成感というのは空っぽのままだったのだ。
「何故か俺にさ、施設の人が相談に乗ってやってほしいっていうんだよ。俺は生活安全課にいた歴なんてないのに・・・。」
「それは親父の人望だろ。俺もそうだけど、龍哉や奏斗のこともわかってくれたじゃないか。だからいっているんじゃないのか。受け入れたらどうだ?遊ぶ時間は減るかもしれないけど・・・。」
「そうだな。俺が息子に諭されるのはどうかと思うが、確かにそうだな。」
彼はコーヒーをすすった。うまいコーヒーに明かりが照らしていた。そこに映るのは前を向く人間だったはずだ。耐えようとして切れた紐っていうこともないのだ。ただ結び目がほどけただけなのだ。それを大げさに言うことなんて馬鹿げているのだ。そっと前を向くと宗がそっと笑った。




