捜し人
その当時の奏斗には輝きをもたらしていた光を失っていたのだろう。それをいやす力を持ち合わせている近くの人もいなかった。
「俺は会社を辞めて何もかも失ったんですよ。それでひきこもっていたんです。」
「会社を辞めたことで近くの人が絶望したってことか?」
「そうですよ。俺はまだ北見さんよりはよかったとも思いたいんですよ。此処に拾ってもらったことでやるべきことが決まった気がしたんです。」
マスターがテーブルに置きづらそうにケーキをもっていた。おすすめのケーキというのはチーズケーキだった。その時々によって変わってくるのだが、マスター自身がもともとはパティシエであったのだ。海外で修行の経験を持ち合わせている。
「宗さん、此処のケーキはおいしいんですよ。マスターはケーキが先でコーヒーが後なので、ケーキに合うコーヒーを探すのがうまいんです。」
「そうなのか。・・・此処は前の会社の職場に近いのか?」
「近くはないですよ。むしろ、遠いんですよね。」
奏斗は今の探偵事務所の依頼者である北見のことを気にした。北見はあれから疑いがかからないのか、一向に連絡がないままなのだ。それではできることが限られてしまっているのだ。北見はすぐに立ち上がることができなかったと思ってしまうのだ。
「奏斗は此処に入れて幸せか?」
「幸せですよ。一言でいってしまうとそれだけになってしまうんですよね。けど、それ以上のものがあるのにうまく言葉にできないのが煩わしいと思ってしまうんです。」
彼はそういうとチーズケーキを食べ始めた。甘いものを食べるのはもともと好きではあったが、前の会社では休憩の時に甘いものが常にないと頭が回らなくなってしまうとその時の上司がいってくれたのだ。その時に癖になって食べるようになっている。
「あの会社にもいい人はいたんですよ。それでもそれだけでは対抗できないものがあると感じてしまったんですよ。その人は俺が辞めると決めたときに同時にやめたんです。求めているものが残っていないといって・・・。」
それ以降会うことはなかった。連絡先を知っていないので、今どうしているのかも知る由もないのが奏斗にとって残念で仕方ないのだ。
「探してほしいのならお前が此処の依頼者になれ。無償でやる。名前さえわかればいいから。」
「この事件が終わった後に調べてほしいんです。前川総一郎。俺のことをよくしてもらった上司の人です。」
「わかった。」
宗の真剣な顔を見て奏斗は思わず笑ってしまった。此処までの関係性が出来上がっているにも関わらず知らないことばかりにあふれているのだという事実を突きつけられた気がしたのだ。まして、紛れもない事実と戦うことの証でもあった。




