沈んでいく町
突然、ドアをノックしている音が聞こえた。明らかに音の主がわかっているのか、宗は素知らぬふりをしていた。相手は何処かそれすらも分かっているのかそっとドアを開けた。
「やっぱり所長か。」
「やっぱりってどういう意味よ。・・・1つ忠告しようと思ってきたのよ。」
「村上にか?」
彼には該当しないかのような関係ないような口調を張り付けていた。そこに生まれていくものがあるのだろうかと思った。尚子の手には大学ノートがあった。読んでいた最中だったものだが、調べていた張本人が表れたとなると問いただす人は限られてゆくというわけだ。
「違うわよ。貴方よ。笹田君。」
「それはあれか。親父を悲しませるようなことをするってか。わかっているよ。」
「それもあるけど、貴方があえて選んでいる道が荒野にしか見えないの。それは開拓しているつもりなのかどうなのかは知らないけれど危ない道だって言っているの。あの時もそうだった。わかっていて落ちたっていうのはいけないから。」
彼女には何処か笹田から預かっているつもりがあるのだろうか。ぬぐい切れない何かにあらがうことは容易ではないのだろうから。嘘に染まることもよくないが、真実をたどり続けたあまり見えなくなってしまっても困るのだ。正義を振りかざして見えなくなってしまっては何もつながらないのだ。正義すら振りかざすことのない人間も多いわけだが・・・。偽善すら持たなくなるっていうのも問題になってしまうのだが・・・。
「親父はうすうすわかっているよ。増岡について調べていたことも。あの人は元警視庁捜査一課の刑事だからな。」
「だからこそよ。貴方が選ぶ手段にも問題があるの。」
尚子は検事だったときにあらがうことができなかったことの後悔があるのだ。生まれては沈んでいるものを眺めることは簡単じゃないということだ。新しい情報にも戦う価値を見出せることも大切なのだと思ってしまうのだ。彼女の言葉は重くなってしまった。




