焦らないとき
奏斗は全くもってパソコンを打つ手を止めなかった。それは宗が求めているだけでは終わっていないこともわかっている。彼自身、プログラミング少年とかちやほやされたときには思っても見なかった扱いを受けたのだろうから。それからわかっていることもある。此処にいることで求めているものがはっきりするのだろう。
「少し休め。・・・急ぎだとしても2、3日にできればどうにかできるんだから。」
「そうですね。コーヒーでも飲みますか?」
奏斗は立ち上がるそぶりをしたが、それを阻止した龍哉がコーヒーを入れ始めた。龍哉は喫茶店というほどの腕ではないが、それでも好きでよく飲んでいるのだという。
「以前いた弁護士事務所じゃあこんなに裁判の資料なんて読むこなんてできないんだよ。だって、顧問弁護士だからとかいってさ。会社に媚びを売るためだけの行為もあるんだよ。うんざりだよ。此処はそれがない。依頼も受けたければ受ければいいスタイルだから着飾らなくてもいい。」
「龍哉さんはいったい何処にいたんですか?」
「名前は確か・・・。忘れたな。」
「名前は忘れても大手だってことはわかっているんだからな。」
宗から茶々を入れるように言われている。龍哉は今では白竜と呼ばれている弁護士だが、その大手に居座ってしまっていたとしたらこのように腕を認められることもなかったのだろう。だが、様子を見ているとテレビや雑誌の取材を全くといって受けている様子はない。名誉だからといってはじける人もいるだろうが、そうではないらしい。
龍哉はコーヒーを淹れ終わるとみんなに配り始めた。その様子からも何処かで偉ぶる事もないのだろうから。
「宗、北見さんの件はどうするんだよ。」
「まだ、この件は解決もしていないから伝えないよ。今の状況を伝えたところで真っ白のキャンパスが黒でもないとんでもない色に染められて終わりだ。それならはっきりするところまで待つのがいいんだよ。」
宗はそういうところからするとキチンと見えてくるまでは伝えないのだろう。村上は龍哉が入れたコーヒーを飲んだ。苦味と酸味が入り混じった中に甘味を感じるものだった。甘くもない苦いばかりの世の中をあざ笑っているようにも感じてしまった。強がりもなかったのだろうか。
「龍哉さん、いい文献を見つけたら教えましょうか?」
「頼むよ。裁判の資料を見ても検事が早めているのはわかっているから。伸ばしているだけで解決にもならないからな。手を打たないと・・・。」
奏斗は2人を見ていないように見えてちゃんと見ているのだ。




