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『100秒の不死身たち』  作者: HAKOBI
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序 かたちのない命令

そこに、一冊のカタログがあった。男はそれを手に取りパラパラとページをめくる。そうして男はそばに居た女に声をかけると、カタログの中からひとつを指差した。このようにして男は、宇宙の終わり方を選ぶ。



女はそれを聞くと、すぐさま準備に取りかかる。まず手始めに、「小さいもの」と「大きいもの」を分けることから始めた。


「あなた、これは大きい方かしら?」


女は男に尋ねた。


「いや、それはどちらかというと小さいんじゃないかな」


男は優しく答えた。


女はそれを手に取ると、穴の中へそっと投げ入れた。穴はちょうどブラックホールの特異点(についての仮想模式図)のように、すり鉢状のなめらかなカーブを描いている。円形の穴の浅いところは直径が大きいのだが、深くなるほど穴は急激に長細くなって小さな点になる。女はそこへ次から次へと「小さいもの」を柔らかい手つきで落としてゆく。反対に「大きいもの」は、女から見て穴の反対側にある「振り子皿」の上へ乗せられる。その皿は、細い糸のようなもので吊られた楕円形の皿で、常に一定の間隔で振り子運動をしている。ゆりかごのように静かに揺られるその皿の上に「大きいもの」たちを崩れないよう丁寧に積んでいく。



男はその間何をしているかというと、特に何もしていない。ただ女の所作を横目に眺めるだけである。男にとって、カタログからひとつ「終わり方」を選んだことだけが彼にとって大切なのであった。


女は慣れた手つきで、「大きいもの」と「小さいもの」を分けていく。時たま男に、これはどちらかと尋ねる。男はぶっきらぼうにどちらかを選び、小さければ穴の中へ入れ、大きければ皿へのせる。この反復が、幾度となく繰り返された。



「林檎」は、大きい。「亀」は、小さい。


「塩」は大きい。「夜」は小さい。


「稲」は大きい。「鳥」は小さい。


「壁」は大きい。「床」は小さい。


「手首」は大きい。「砂糖」は小さい。


「氷」、「滝」、「羽毛」、「春」、「くさび」、「庭」、「指」は、大きいので皿へのせる。「杖」、「針」、「巣」、「いばら」、「貝」、「寝言」、「砂」は、小さいので穴へと落とす。皿へ、穴へ、皿へ、穴へ……



「月」を穴へ投げ入れたそのあとだった。次に選ぶものを選ぼうとしたとき、あるものが目に入った。それは一見大きく見えたが、どこか小さそうに見えた。手に取り、様々な角度からそれを眺めてみるが、どうしても判断ができない。女は例の如く男に尋ねた。


「あなた、これは…大きいかしら?」


「それは…どちらかというと…」


男は珍しくそれをまじまじ見つめると、女の持っているそれを手で掴み、さらによく見つめた。それでも判別しかねるらしく、男はそれの匂いを嗅ぎはじめた。さらには、それを強く握ったり、こすったり叩いたりしてみた。しまいには、それを口に入れ、舌でよく舐めまわし、とうとう飲み込んでしまった。


「あなた、まさか食べてしまったのではありませんでしょうね」


「…いや、まだこの辺りにある」


男は自分の首の付け根の喉の辺りを指差した。女は呆れたようにため息をつくと、諦めて次の仕分けを始めた。「朝」、「膝」、「猫」、「洞窟」……



しばらくして女が、


「疲れましたので、今はここまでにします」


と言って立ち上がった。女は瞼を閉じ、眠りの体勢に入った。最後に、


「あなたが先ほど口に入れたあれは、結局どちらでしたの?」


と尋ねた。男は、


「あれは…小さかった。だがわたしの喉を通る途中で、大きくなったのだ」


「それは、つまりどちらですの」


「つまりだね…あれは本当なら、穴の中にある皿へうまく載せなければならなかったのだろう」



女が眠りについた後、男は自分の腹の辺りにまだあるのかもしれないそれのことを思った。男は、穴の中に皿などないことを知っていた。女もまた、それをわかっていた。もし飲み込んでしまわなければどうしたのだろう。そのとき、ふと思った、「もしこれを穴に落としたとして、それが間違っていたとしたら、穴と皿は私たちに、どんな命令を下すのだろうか?」。思いながら、男も瞼を閉じ深い眠りについた。穴の底は相変わらず静かで暗く、皿はゆっくりと揺られていた。



穴と皿の命令が男に下されたのは、ふたりが宇宙の終わり方を実行し終えるまさに直前のことだった。

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