開示、そして投擲
僕、グリアは入学二日目から風紀委員として学園を見て回ることになった。
原因と言うか理由は二日目の朝の絡まれる一件があって、それを上級生の風紀委員の人に見られていたからだ。見ていたのなら助けてくれても良いのに…と、思ってしまうが、弱肉強食な学園である。僕が悪いのがいけないんだよね…。
と、若干ナイーブになりながらも、風紀委員としてやるべき事を全うすべく、寮の中を先輩のジャスさん(16歳)と一緒に巡回する。
様々な生徒を見ながら一階、二階と見て回る事になっている。
入学初日な為、何を風紀の対象とするのかわからないので規則正しそうな雰囲気があるジャスさんに聞いてみる事にする。
「それは入った時に聞いておきなよ…」
と、若干引かれてしまったが話してくれるみたいだ。僕としても聞きたかったんだけど二日目だよ? そんな新入生に言われてもね…と、風紀委員長に文句を言いたくなってしまうが…残念。風紀委員長を僕は知らないし、知ったとしても役職を与えてもらった立場なのでとやかく言う資格はないと思う。
じゃあ、どうして風紀委員になれたの? と、なるが僕を任命してくれたのは副委員長である。これまたジャスさんと同じ、いやそれ以上に礼儀正しく、規則に厳しい人だった。言うなれば看護師長みたいな感じである。気難しそうな女性だった。名前はメイリーと言っていたけどまた会える機会はあるのだろか?
そんな思考が飛んでいってしまっている僕をジャスさんが顔を覗くようにして気を確かめてきた。
「ん? お前って…」
と、そう言って全身を眉を顰めながら見てくるジャスさんである。気難しい表情になっていたが「まあ、規則では禁止されてないし良いのか」と、そう呟いて解決していた。何だろ、着方でおかしい所があったのかな? と、自分の手鏡で服装をチェックするが…僕が判断できる範囲でおかしな所は一つもない。禁止されていない、の言葉を聞くと微妙なラインがあったのだろう。今度はしっかりとしておこう。そう胸に秘める。
歩くながらに廊下を走る生徒に注意をし、一階の見回りを終える。次は二階である。階段を登る最中、簡単な説明をしてくれた。
「風紀委員はその名の通り風紀を取りしまる委員会だ。身嗜みや言動に注意していない生徒を言葉で、最終的には武力で制圧し、平和を作る活動をしている。だから俺的には君が入るって聞かされた時に少し疑問に思っちゃったんだけど…まあ、メアリーさんの推薦でしょ?」
突然副委員長の名前を出され、うわずった返事になってしまう。
「は、はい!」
そんな僕に不快感を出さず、ジャズさんはそのまま話続ける。
「メアリーさんは特別『話し合い』に力を置く人なんだ。まあ、逆に委員長は武力行使の人なんだけどね。で、そのメアリーさんに推薦される人ってそもそもが強い人で、話し合える心を持った人がほとんど何だけど…もしかしてグリアさんって隠された力を持っていたり?」
「い、いえそんなものは…。あ、でも話し合いで解決するんだったら良いな〜! ってのは常々思っています!!」
「だよね〜。俺もそう思っているわ」
そう柔らかな表情で笑うジャズさんを見ながら、階段を登り切る。少々、いや結構長い切り返しの階段だったなぁ、と後ろを振り返って見るとーー
「ヒェ…た、高過ぎ…?」
「ん? あー、確かに高いよね〜。俺も最初入学したての時とかは腰抜かしそうになったから。まあ、そのうち慣れるよ」
と、若干腰を抜かしそうになった僕の腕を取って引っ張ってくれる。よ、よかった…流石にこの高さは無理だよ…と、思いながら大人十数人分もの高さの階段から離れる。一歩、二歩と、歩き「もう大丈夫?」と、ジャズさんに言われる。
「はい! もう大丈夫です。すみません、引っ張ってもらって…」
「良いよ、別に。風紀委員は助け合いの精神で活動しているからね」
と、そうにっこり笑いーーーー表情が一転する。
「じゃあ、ここからが風紀委員の大仕事場だよ。気を引き締めないと……お昼ご飯食べられなくなっちゃうよ」
真剣な表情に変わったジャズさんの奥、廊下の向こう側で断末魔のようなものが聞こえ…
「(あ、僕完全に入る場所間違えたな)」
そう思いながらジャズさんに守られるような形で進んでいく。
基本的に寮は上に行けば行くほど危険度が増す、階級戦のような構造である。五階まであるこの寮は二〜三階が地獄と言われていて、常日頃断末魔が絶えないのだという。逆に、四階や五階は落ち着いた階層で、静かだと言う。まあ、地盤が実力至上主義であるのでそんな上層の人達の階層でも断末魔に似た音は聞こえるんだと。その場合は爆発音や、何かが壊れる音と同時に聞こえるので…まあ、それはもう、下層と比べると圧倒的な地獄になると言う。
そんな話を聞かされながら最大三階までしか見て回る権利が無いジャズさんと進んでいく。こんなに強そうな人でも三階までなんだ…と、一種の絶望感を感じ、あれ、僕が入っていい学園じゃなかった? と、再確認する事になる。これでも村では一番の実力だったんだけどなぁ。
断末魔に向かい、BGMとしながら解決していくジャズさんと一緒に着々と進んでいく。無情の再会を果たすのはもう少しである……。
・・・・・・・・・・・・・
案の定絡まれたのは二階の散策に移ろうと、階段を登り切った時だった。妙に高すぎる階段だよなぁ、とヒイラギと喋っていると、突然首を狙うようにして木刀が飛んできたのだ。通路の角からフルスイングである。これ、俺じゃなかったら首吹っ飛んで無いか? と、そう思ってしまうそうな一般的な身長の男子生徒の攻撃である。
ヒイラギを掴んで一緒に一歩下がる事で回避したが…異様にいい音で風を切るのだ。木刀と評したが…
「なあ、ヒイラギ? アイツが持ってるのって真剣じゃね? 俺の見間違いじゃねえよな…」
と、照明に照らされ、木とは思えない輝きを出す剣を指さす。ヒイラギはさっきまでののほほんとした表情ではなく、真剣そのものな顔付きに変わっていた。
「そう、だな…ごめん、ヴェリル君。ちょっと、危ない階層かも知れない…」
そう言ってファイティングポーズをとる。え、これそんなダンジョンみたいなノリだったの? と、若干着いていけない俺を置いて、ずっと無言の男子生徒がゆっくりと距離を縮め、ヒイラギは俺を庇うようにしてジリジリと下がる。さっきまではそんな綱渡りな感じはなかったんだけど…と、蚊帳の外である俺を置いて、進んでいく。まあ、だけど。
「戦闘可能なんだろ? …先に手を出したのはお前だからな」
無遠慮に近付き、その事に驚いた男の一歩遅れた一刀に半身でずらす事で回避し、空いた顔を掴み、全力で壁に叩きつける。ある程度は手加減をしたが…手加減をミスってしまい、壁にめり込むような形になってしまった。ちょっと、冷や汗をかいたが…どうやら寮の中も『死なない』の魔法が聞いているのか気を失ってはいるが、出血は見られない男にホッと息を吐く。
「(ちょっと、帰りが遅くなりそうだな…)」
異様な程に手加減が必要な相手に悩み、これならクーリアとのお遊びの方が良い戦いになるんじゃないか? と思ってしまう。まあ、所詮は人である。努力をしない人間ほど容易な相手はいないのだ。
そんないきなりの人外COを心の中でするがヒイラギはそんなことは知らない様子である。
まあ、ヴェリルの見てくれはちょっと色が白い美男子であるのだ。
吸血鬼の要素である耳長も、日差しに弱いも、ニンニクも十字架も全くと言って良いほど影響がないヴェリルを見て、誰が吸血鬼と思うのか。唯一の吸血鬼要素である犬歯はヴェリルにもあるが…まあ、八重歯だよって言えば十分誤魔化せる範囲である。
ヒイラギはヴェリルと同じ人である、と思っているので戦闘とも言えないこの戦いが終わった瞬間、弾けるような笑顔でヴェリルに近付く。
「やっぱ凄えんだなヴェリル君って!! めっちゃ強くて優しくて…こんな強い人が身近に居るなんて…世界は意外と狭かったんだなぁ」
全力で喜びを示すヒイラギにヴェリルも同じように喜びを感じていると……感受性豊かなヴェリルは気付く。そして特に隠す要素も…無いと言ったら無いので明かす事にする。
「ヒイラギ、俺は人じゃなくて吸血鬼だぞ? ほら、ヴァンパイヤ」
百数年生きているヴェリルである。ただ吸血鬼ですよ、と言っても昔のようにゴキブリのように蔓延っていた世界では無いのだ。多少犬歯が目立っていても「八重歯? かわいいよね」で終わってしまいそうな世界で、最もらしい吸血鬼要素を出しながらヒイラギに近付く。
「きゅ、吸血鬼って…そんな御伽噺おとぎばなしじゃあるまいし」
と、キョトンとするヒイラギの目前で、前髪を掻き上げ、深紅な目を見せる。
ヒイラギはいきなり力の目標とする憧れの人がキスする寸前、のような近さにびっくりしたが、どうやら目的は違うようだと気付いたので受け入れるように深紅の瞳を見つめる。それはまるで恋人のように…! は、若干盛った雰囲気である。どうやら奥の方が煩いようで、そちらに人が集まって居る事でもぬけの殻になり、この光景の一般的な意見は出ないが…まあ、居たのであればそれは『捕食』行為であると容易に想像しただろう。
数秒と見つめ、合点がいった様子のヒイラギから顔を離す。
「どうだ、吸血鬼って納得いったか?」
言葉の中に、表情が変わったヒイラギを見て、どこか憧れに近い感情がなくなったのを知ったヴェリルは、落胆したか? と、そう含ませる。
強い理由は絶え間ない努力ではなく、恵まれた種族故、だと。最初はクーリアにも罵倒されたなぁ、と昔を思い出す。
どこか強い言葉を待っていたヴェリルの考えとは逆にヒイラギは、落ち着いた声色で話す。
「…その目に浮かぶ紋章は吸血鬼の証。馬鹿道場主に昔話で見せてもらった本と同じだから吸血鬼ってのは理解したけど、ヴェリル君が…? でも、それなら数十年前に聖騎士達が吸血鬼を殲滅したってのは…」
と、想像以上に冷静で、知識があるヒイラギの返答にびっくりしながら、答えを出す。
道場主…? と、何故そこで出てくるのか疑問になったがまあ、今は置いておこう。
「昔々は吸血鬼は地下で暮らしていたんだ。日の光が苦手だからな。で、夜になったら地上に出る。殲滅したってのは吸血鬼が地下に戻っただけじゃ無いのか? 実際、俺生きているし」
今でも光景が容易に思い出せる、あの戦いを元に正解を出す。あの時は対する人間も、味方とも言えない内ゲバだらけの吸血鬼も強者だらけだったよなぁ、と懐かしい気持ちになる。まあ、結果としてそれは過去の産物になってしまったが。
見た目のやんちゃぶりと、相反するような知的なヒイラギにびっくりしながら、だけどそれ以上に過去をしる人に会えた事による喜びでなんでも話せそうだ、と内心一人で盛り上がっていると、
「でもそれじゃあ、ヴェリル君が外に出られるのは? 今は普通に太陽が出てるけど……あっ、大戦で太陽が堕ちた…?」
話が飛躍したヒイラギが目の前にいた。
確かに昔は太陽すら落とせるんじゃ無いかって程に強い種族も蔓延っていたし、ドワーフの作成物とか時代錯誤だろ、と思わせんばかりの物しかなかったけど…。太陽を堕とす事へのメリットデメリットを考えた結果の
「いや、太陽は太陽のままだぞ。外に出られるのは純粋に俺がハーフの吸血鬼って話」
「…あー、そう言う事?」
腑に落ちた表情になるヒイラギ。
何故腑に落ちたのか疑問が残るヴェリルである。こう、想像していた反応は「きゅ、吸血鬼!? ば、バケモノ〜〜!! ヒィいいいい」である。そんな風に取り乱さないで、冷静に関わってもらえると此方としても有難い次第であるが…。
と、思っていると
「あー、私の道場主…まあ、父親なんだけど、それが吸血鬼のハーフなんだ。確か父親の叔父? が吸血鬼だそうで…昔の話は何度か聞いたことあるから納得いった。吸血鬼って言うなら私にも少なからず吸血鬼としての血が混じっているし…まあ、ほんの誤差ってレベルだと思うけど。まあ、結果として吸血鬼の力は出せず、飛び出してきた訳だけど…」
こんな出会いもあるんだな。と、とびっきりの笑顔を見せる。笑った口から少し長い犬歯が見え、その話の信憑性が強くなった、とヴェリルは突然の事ながら妙に冷静な思考で判断する。
え、ヒイラギに吸血鬼の血が混じっている? ヒイラギの親父がハーフで、叔父が吸血鬼? 確かにヒイラギの見た目は綺麗な黒髪をボブカットのように切り揃え、良く見れば目も少し赤っぽいかな? とレベルの赤黒い目である。…いや、言われないと吸血鬼の血が混じっているって分からないぞ。
他種族との子供、ハーフは産まれる率が少ない、と、希少だった筈だが…目の前にハーフのハーフが居るのか、と妙に難しい気持ちになってしまう。いや、ハーフの子供は別に…なのか? と、出生に関して考えてしまっているが…問題は目の前である。
小さく、「じゃあ、私とヴェリル君は遠い親戚でもあるのか…いや、親戚といっても種族が同じってだけで…」と呟いているヒイラギ。まあ、種族の地は混じっているので親戚といっても過言では無いけど…。
と、今までヒイラギが俺に仲良くしてくれた理由がわかった。
昔の名残りである『王種』
吸血鬼の王は純潔の気高き吸血鬼同士の共食いで発生した通常より‘血の扱いが‘うまい上手い生物であり『吸血王』
…ドワーフの王は『技王』であり、エルフは『魔王』である。
王種とはその種族の中で、自然に誕生、もしくは技術を高めた先にある頂点。それが『王』であるのだ。同種内では無条件で従える事ができ、他種族の王種以外とでは勝負にならないほどの力の差がある。
まあ、吸血鬼の場合は『従える』事は出来ないのだが。
この事実をどう伝えようか、どう言えば良いのか悩んでいると、奥の方から謎に血塗れな一人の男と、見覚えのある人物が歩いてきた。
「…お、グリア? だっけ、おーい! どうした、そんな血塗れな奴と一緒に行動して〜」
と、取り敢えず話題を変える為につい最近できた知人に手を振りながら近づいて行くと…スパっ、と見慣れた右手が肘から落ちるのが見えた。
「ヴェリル君っ!?」
今すぐにでも向かっていきそうなヒイラギを手で静止させ、落ちた腕を拾う。
「確かに、初対面で血塗れとか言って失礼だったかも知れねえけど…初対面で腕を切断してくるのが相手なら、別に礼儀はいらねえよな?」
と、そう言いながら切断面を合わせ、接合する。思いっきり血が吹き出していたが、普段の健康的な生活が功を制したのかそこまで接合に時間がかからず、つなぎ合わせられた。
妙に伸びる短剣を握る男に視線を向けながら、ゆっくりと近付く。そこら辺の奴等とは違って多少は楽しめそうだが…
「ヒイラギ、今から『王種』の戦いを見せる。…お前ならわかるだろ。それで判断してくれ」
王種、の発言に反応を見せたのが二人。
昔話を何度か聞いたなら確実に『王種』の話もであるだろう。そして、出たなら『王種』の持つ同種を惹き寄せる能力も知っているだろう。それで判断して欲しいが…。
まあ、取り敢えずが目先である。初対面で腕を切り落とす野蛮なやつは…ちょっと、手加減は出来ないぞ? と、茶目っ気を出しながら、自分の血で染まった絨毯から血を取り出す。数秒と経たずに右手の中に血でできた長い槍が形成される。
開戦の一投は、ヴェリルの投擲で始まった。