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うつくしいもの

作者: 江夏鈴

 私は、その美しさから逃げることができなかったのだ。


「……はじめまして。西園寺櫻子です」

 表情を全く変えずに、そう自己紹介をした少女は、誰もが認めるほど美しかった。

「私、瀬川美里っていうの。よろしくね」

 私はその美しさに惹かれ、気がつけば声をかけていた。

「ねえ、櫻子って呼んでもいいかな? 次、教室移動だし一緒に行こうよ」

「……」

「早く行こ。遅刻しちゃう」

 私は、半ば強引に櫻子の手を取り、理科室へと向かった。


「おかえりなさいませ。櫻子様、美里様」

「こんにちは、椎葉さん。いつも私まで乗せてもらってすみません」

「いいえ。櫻子様のご友人であれば、当然のことです」

 椎葉さんは櫻子の従者のようなものらしく、櫻子を毎日学校まで送り迎えしている。

西園寺という苗字からお金持ちそうだなとは思っていたが、櫻子は丘の上に豪邸を構えているお嬢様だったのだ。

 そして、私はいつしか櫻子の家に呼ばれるほどの仲になっていた。

「……椎葉。今日はアールグレイの気分だわ」

 櫻子がいつもさしている日傘をたたみながら、そう言うと椎葉さんはふっと微笑んだ。

「かしこまりました。家に着きましたらすぐにご用意いたします」

 車が走り出し、やがて櫻子の家に着くと、いつものように櫻子の部屋へと通された。アールグレイの紅茶とマカロンを椎葉さんが運んできてくれ、いつものようにおしゃべりを楽しむ。一度、「今日は庭で紅茶を飲まない?」と言ってみたことがあるのだが、櫻子はかたくなに室内でのティータイムを望んだ。それ以来、ティータイムは櫻子の部屋で行っている。


 その日の夜、私たちの住んでいる町で殺人事件が起こった。

「遺体ぐちゃぐちゃだったらしいよ」

「私は血がほとんど抜かれてたって聞いた」

「ぐちゃぐちゃすぎて誰だか判別できなかったらしいね」

「こわー。まだ犯人捕まってないんでしょ?」

 翌日、学校はその話題で持ちきりだった。

「櫻子、おはよう」

「……おはよう」

 私が声をかけると、櫻子は読んでいた小説から目線を上げ、こちらを見た。

「櫻子は昨日の殺人事件のこと気になったりしないの?」

「……別に。興味ないわ」

「あいかわらずクールだねえ」

 町中を震撼させたその事件の犯人は捕まることはなく、一人、また一人と犠牲者は増えていき、連続殺人事件として扱われることとなった。

 私は事件のことが気になり、調べてみることにした。

「ごめん、櫻子。今日は一緒に帰れないや」

「……」

 私がそう言うと、櫻子は無言でうなずいた。


「こんにちはー。部長いますか」

「おお、瀬川くん。久しぶりじゃないか」

「オカルト研究部にふさわしい議題を持ってきました」

 私は、オカルト研究部のいわゆる幽霊部員というやつで、所属してはいるものの滅多に部活に顔を出したことはなかった。

「最近の連続殺人事件についてなんですけど……」

 ぐちゃぐちゃにして、血をほとんど抜くという殺し方になにかオカルトっぽさを感じた私は、部長に相談することにしたのだ。

「ふむ。確かに僕も連続殺人事件については疑問を抱いていた」

 部長は少し考えこんだあと、部室の奥の方からファイルを引っぱり出してきた。

「何年か前に同じような事件が隣町で起こったことがあった。当時の部長が調べていたようだが、『犯人は吸血鬼かもしれない』という書き置きを残して、姿をくらましている。もしかしたら、軽率に首を突っ込んでいい問題ではないのかもしれない」

 私は部長にお礼を言い、家に帰ったあとも、部長の言葉がぐるぐると頭の中に渦巻いていた。

 次の日、いつも通りティータイムを過ごしているうちに、私はつい昨日の部長とのやり取りを櫻子に話してしまった。きっと一人で抱えるよりも、誰かに聞いてほしかったのだと思う。私の話を静かに聞いていた櫻子は、たいして興味がなさそうに小さく「……そう」と呟いただけだった。

 私はその時の櫻子と、後ろで控えていた椎葉さんの冷めた目に気がつくことができなかった。


「……今日は一緒に帰れないわ。用事があるの」

 ある日、珍しく櫻子からそう言われた。私から言うことはあっても、櫻子から言われたのは初めてだったので驚きつつも、了承した。

 突然放課後の予定が空き、どうしようかと悩んだ私は、なんとなく、本当になんとなく少し遠回りをして帰ろうと思いついた。いつもは通らない道を通って帰るのは新鮮で、普段よりゆっくり歩き、家へと帰った。家に着き、玄関のドアを開けた瞬間、違和感を覚えた。私が帰ると、必ず玄関まで迎えに来てくれるはずの犬が来ない。それだけだったら、ただ寝ているのかなとも思ったが、なにか家の中の様子がおかしかった。嫌に静かだった。

「……お母さん? いないの?」

 私の脳裏に嫌な考えが浮かぶ。血の匂いがする。私はリビングへと駆け込んだ。

「お母さん!」

 次の瞬間、私の目に飛び込んできたのはぐちゃぐちゃになったお母さんらしき肉の塊と、傍らに静かに佇む櫻子の姿だった。

「どう……して……」

 櫻子はちらりと私のほうを見たあと、肉の塊へと目線を移した。

「……吸血鬼は血を飲まないと生きていけないのよ。血だけもらうと怪しまれるから、死体をぐちゃぐちゃにして誤魔化してみたけど、結局バレてしまうのね」

 恐怖と驚きと他にもさまざまな感情で、動けなくなった私に向かって櫻子が歩き出した。

「せっかく仲良くなれたと思ったのだけど、残念だわ」

 櫻子は、今までで一番はっきりと聞こえる声でそう言った。その顔はあいかわらず無表情で、全く残念だと思っていなさそうだった。

「……さよなら」

 私は死ぬ間際、櫻子が微笑んでいるのを初めて見た。


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