走り込み
注)新エピソードです
私にとって人生とは、海を漂うような行為でした。
漂流感とでも表現しましょうか……人間関係、学校行事、アーチェリーの全国大会……それらは遊魚や悪天候のような突発的な出会い、上手くかわして受け流し、平和な海に戻るのです。
人と魚は、価値観が違います。海の温度が何たるかも分かりませんし、プランクトンの気持ちも私には分かりません。
流れゆく時間に身を委ね、淡々と弓を引くだけの人生に、恵みのプロテインが降り注ぎます。
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[ジム]
おはようございます、ジミカです。
目が覚めたら筋肉に包まれていました。
アテナ:「おはよう」
ジミカ:「おはようございます」
なんという包容力…冬場の毛布よりも優しく暖かいです。
他の人間は魚に見えるのに、アテナ様はまるで女神様です。
アテナ:「筋肉痛は大丈夫か?」
筋肉痛は……あれ?
ジミカ:「痛くない…です?」
アテナ:「やっぱりな…これ持ってみろ」
昨日のダンベルですね。触れると違和感、まるで割れ物のガラス細工のような弱々しさを覚えたのです。
ジミカ:「…軽いです」
自分の変化に驚きです。
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朝のジョギングです。
アテナ:「お前の筋肉を見ていたが…回復速度が異常だ」
ジミカ:「はあ…」
1キロ5分のペース、喋りながら走ります。
アテナ:「通常の人間は、筋トレ後2〜3日かけて筋肉を増やすんだ。」
ジミカ:「はい」
アテナ:「しかしジミカの筋肉は、30分で回復する!」
ジミカ:「早っ!?」
アテナ:「しかも、1日で信じられない程パワーアップした」
ジミカ:「は、はぁ…」
そうだったのですね。アテナ様が驚くわけですよ。
アテナ:「そうだ、それ持ち上げてみなよ」
黒塗りの高級車……ヤクザに怒られちゃいますよ。
ジミカ:「どうなっても知らないですよ。ふんっ!」
ググググググググ……
ジミカ:「重い……けど、動きます!」
アテナ:「明日には片手で持てるといいな!」
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朝食は、悪魔の肉でした。
アテナ:「サンダーバードの鶏胸肉だ。食え」
ジミカ:「あ、はい」
もしゃもしゃ もしゃもしゃ
生臭いけど、スライムよりは100倍マシです。
ジミカ:「アテナ様、いつの間に用意したんですか?」
アテナ:「ジミカ、筋肉があれば」ビュン「高速移動ができるんだぞ!」
鳥:「コケー」
うわっ!? …さすがアテナ様、全く目で追えない速度でした。
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ジミカ:「それはプロテインですか?」
アテナ:「ああ。このように作るのだ」
プラスチック容器に水を入れ、プロテインの粉を加え、フタをして素早く振り混ぜます。
ジャクジャク ジャクジャク
アテナ:「綺麗な水じゃないから変な味かもしれないけど、我慢しろよ」
ジミカ:「……」ごくり
昨日のプロテインを思い出してしまいました。
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アテナ:「今日はスピード……よし、走るぞ!」
ジミカ:「はい」
レギンス脱いでランパンに着替えて出発です!
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[ジム前]
今からするのはペース走、陸上の人の練習メニューです。
アテナ:「5km × 10本だ」
ジミカ:「はい」
アテナ:「1本目、よーい、はい!」
ジミカ:「すっ すっ はっ はっ」
アテナ様が一定のペースで先導します。そこそこ辛いですが、普通に着いて行けます。
無人の車道を無言で行きます。
アテナ:「ペース落とすな!」
ジミカ:「すっ すっ はっ はすっすはっは」
すぐに呼吸が乱れ、足が重くなります!
アテナ:「1キロ 3分07」
ジミカ:「すっ すっ はっ はっ すーーはっ」
まだ1キロですか!? これは…あまりに遠い…
アテナ:「200m 先にオーガの群れ、片付けて来るよ」ビュン
構わず走り続けます。
30分に渡る恐ろしい鍛練、乱れる呼吸を制して、重い足を持ち上げる作業の、なんと、辛い事でしょう。
アテナ:「ラスト100メートル」
ジミカ:「があああああーっはーすー」
あー、終わったぁぁ、足がガタガタです!! アスファルトに倒れ伏します。
アテナ:「お疲れ様、はいプロテイン」ちゅっ
ジミカ:「ふぐっ!?」ごくごく
ほわぁぁぁアテナ様の聖水!!!!!
大腿四頭筋に染み渡ります。
アテナ:「いいねいいね。筋肉増えてるよ!」
足と肺にパワーがみなぎってきました!! 今なら自動車を追い越せそうです!
アテナ:「じゃあ2セット目、さっきの2倍速でいくぞ!」
ジミカ:「はい!?」
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アテナだ。
弱みにつけ込む事になったが、無事に頭のネジが外れたようだ。
ジミカの筋肉は育て甲斐がある。見てて楽しいよ。
これから私と筋トレの事しか考えられなくなるんだ。ふふふ、どこまで強くなるのか…楽しみだ。
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ジミカ:「あ゛〜〜ぁぁぁ……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
ジミカです。ようやく10セット終わりました。
ジムの入り口に、仰向けで倒れます。
肺が、ヒリヒリ!
筋肉が、熱い!
手足も胸も腹筋も筋肉痛!!
アテナ:「お疲れ様」ちゅっ
ジミカ:「ん…」ごくごく
あぁ、至福の時……白い思考がアテナ様に染まります。プロテインで満たされますッ!!
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アテナ:「もう歩けるのか。再生時間が短縮されてる…」
ジミカ:「そうなんですか?」
歩きながら喋ります。筋肉痛がジワジワ響きます。
アテナ:「このペースだと…あと5分で治るな」
ジミカ:「5分ですか」
早いですね
アテナ:「休んだら…音速くらいは出せるんじゃないかな?」
ジミカ:「そんなにですか!?」
アテナ:「試してみようか?」
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[ジム前の国道]
アテナ:「100メートル走だ。」
ジミカ:「いきますよー」
クラウチングスタートです。位置について……バァン!
ギュゥゥン!
アテナ:「0.51秒、およそ時速700キロ」
ジミカ:「ほえぇ……」
アテナ:「すごいじゃないか、もうすぐ音速だぞ」ナデナデ
ジミカ:「え、えへへ、そうですか〜」
嬉しい、我ながらチョロいですけど、嬉しいです。
ドドドドドドドド ドドドドドドドド
おや、何でしょう?
恐竜:「ギャーオ!!」
恐竜の群れですね。高速道路を走っています。
アテナ:「時速300キロか」
ジミカ:「降りて来ますよ?」
心なしかジムに近づいて来ます。
ジミカ:「どうします?」
アテナ:「もちろん、ぶん殴る!」ニヤリ
さすがアテナ様です。今のニヤリ、かっこいいです。
恐竜が300匹、次々と国道に飛び出してきます。
ガオォ、ガオォ、と雄叫びを響かせ、ドシンドシンとアスファルトにヒビを入れます。
当然、時速300キロという事は、F1カー並、巨体に反して俊敏です。
アテナ:「そうだ、ジミカから殴ってみなよ」
ジミカ:「わ、私ですか?」
怖いですがアテナ様が言うなら…
腹にパンチしてみましょう。アスファルトを蹴って、急接近です!
ジミカ:「えいっ」ポス
[3]
モヒカンサウルス 7697/7700
恐竜:「ガルウゥゥゥゥ!!」
ジミカ:「うわぁ!」
速ッ!? 音速で噛み付いて来ます!!
包丁みたいなキバが右手をかすめます。噛まれたら大怪我間違いなし!
バキバキィィィ!!!
うわぁ、電柱がへし折れました!
ジミカ:「助けてアテナ様ー」
アテナ:「うーん、まだ筋肉が足りなかったかー」
アテナ様が瞬時に歩いて割り込みます。
そして指先一本で恐竜のキバに触れます。
あの恐ろしい恐竜はピタリ!
アテナ:「いいかジミカ、よく見てろ! 筋肉があれば何事も、殴って解決できるんだ!」ドゴォ
拳を一振り、恐竜は鈍い音と共に霧揉み回転、遠くのビルを粉砕し、空の彼方へキラリ!
ジミカ:「すごい…です…」
流れるような筋肉、理不尽なまでのパワー、まるで筋肉の女神です。
素敵ですアテナ様、一生着いて行きます!
そして、自分の手を見て、足を見て……足りない。もっと筋肉を鍛える必要がありますね。