~運命 ルナside~
『運命とは何か』と問われたら
『今、私が求めているもの』と答えます
~ルナ=サテライト~
「はあ~、疲れた。なんでこんなにも貴族ってパーティーが好きなのかしら。一昨日にもやったばかりというのに……」
そんな愚痴をこぼしているのはこの私、ルナ=サテライト。
たった今お年寄りばかりの退屈な会食パーティーを終えて屋敷の自室に帰ってきたところだった。
綺麗に着付けてもらったドレスがぐしゃぐしゃになるのも気にせずにベットにドサッと横たわる。
「ほんと…….貴族って窮屈で退屈だわ……」
私の家、サテライト家はこのルーカン王国でも随一の富豪であり、その知名度は国民なら知っていて当然と言われるほどである。
そのせいで私は生まれた時からずっと「サテライト家のお嬢様」として育てられた。
毎日高級車での登下校、習い事は週七回、地位の低い家の友達と遊ぶのも許されない。
そんな環境にいたせいで友達は片手で数えられるほどしか居なく18歳という年ごろになっても甘酸っぱい青春の気配もない。
「はぁ、何かこんな生活が変わる出来事がないかしら」
そうつぶやいたときに扉がノックされる。
「お嬢様、そろそろご就寝なさいますか?」
扉の向こうから聞こえてくるのは聞きなれた渋く低い声だった。
「その声は爺や?ええ、そのつもりだけれど」
「そうですか、それならよかった。隣町の話になるのですが少し暴行などの騒動があったようで、この後は出歩かないようにお願いします」
「ありがとう爺や。大丈夫よ。パーティーを楽しみすぎて疲れたからもう寝るわ。おやすみなさい。」
「はい、ごゆっくりお休みくださいませ。では失礼いたします」
今部屋を訪れたのは爺や。私が小さい時からサテライト家に仕えている召使で主に私のお世話担当。
元軍人らしく武術も嗜んでいたので私のボディーガード役としても一役買われたらしい。
爺やには小さい頃からお世話になっているけれど、いまだに謎の多い人でもある。
結婚はしているのか、どこから来た人なのか、実を言うと本名も知らない。
質問しても爺や自身の話になるといつも誤魔化されてしまう。
前まではしつこく聞いていたけれど、この年になり人の事情も分かるようになってからはあまり聞いていない。
……全く聞いていないわけではないけれどね?
「それにしても暴行事件ね。物騒ではあるけれど刺激があるのも確かだわ」
私はこの貴族生活に飽きを感じ始めている。
朝から晩まで「ルナ=サテライト」では無く「サテライト家のお嬢様」として扱われる。
私の存在価値は私には無く、サテライト家にしか無いのではないか。
最近はこんな事ばかり考えている。
「気が滅入ってきたわ。気分転換をしたいのだけれど、窓を開けるぐらいは大丈夫よね?」
爺やからの忠告を気にかけながら私は窓を開ける。
窓を開けるとスラムに繋がる路地裏の不気味な雰囲気が広がった。
光は所々に設置されたライトがあるのだが、それも何個か電球が切れていて路地裏は闇が支配する空間になっている。
奥にあるのがスラムと言う先入観も相まってか見ているだけで心がザワザワする。
窓を開けたとたん閉め切って淀んでいた空気が新鮮な空気と入れ替わる。
深呼吸をして肺の中の空気を入れ替えるとさっきまで沈んでいた気持ちが明るさを取り戻す。
「しかし、なんでこんなところに家なんて建てたのかしら」
親に対する愚痴をこぼすがその理由を私は知っている。
このルーカン王国を代表する貴族、サテライト家はスラムにも補助を出している。
一般街とスラムをつなぐ架け橋になろうという意味を込めてこの館はここに建てられたらしい。
「それで夜にこんな光景を見せられる私の身にもなってほしいけどね」
苦笑しつつ窓を閉めようと手を伸ばした時、路地裏でバタバタと誰かが走っている足音が聞こえた。
その足音はランニングやダッシュといった感じでは無く、ただがむしゃらに何かから逃げている様な鬼気迫るものを感じさせた。
その足音はどんどん大きくなり、正面に見える曲がり角からその姿を現した。
「え?子供?」
それはこの時間の薄暗い路地裏に似合わない小さな影だった。
黒いフードを深く被っていて顔は確認できないが、その背丈は恐らく150cmほどしか無いように見える。
影は足を引きずって路地裏の壁に寄りかかりうめき声を上げた。
「あの子怪我をしている!」
そう気づいたときには私の体は動き始めていた。
ベットの横にある棚から救急箱を取り出し、部屋の扉を開けて路地裏に向かって全速力で走った。
私がこの時間に外に出るのは普通、見回りに止められる。
しかし、私はこの時間に見回りが居ないことを把握していた。
私は屋敷の者に見つかること無く路地裏に到着した。
「あの子はどこに?」
周りを見渡すと影は壁に寄り掛かって座っている。
「君!大丈夫!?」
私は遠い距離から声をかける。
するとあちらも気づいたようで反応がある。
「えっ?」
その声は幼さが残る高めの声だった。
「今治療するから!」
救急箱を持ってその子に近づこうとする。
「ダメだ!こっちに来るな!殺されるぞ!」
「えっ?」
そう忠告された時には既に曲がり角から黒いスーツを着た男がこちらに拳銃を向けていた。
「くっそ!『神眼』!」
鳴り響く1発の銃声。
キンッ!という音と共に目の前で散る火花。
私は思わぬ出来事に尻餅を着いてしまう。
「お姉さん!早く物陰に隠れて!早く!!」
「わ、わかったわ……」
力なく返事をして近くにあった廃棄物の陰に隠れた。
すると隣に小さな影が足を地面に擦りながら寄ってくる。
「お姉さん平気?弾、当たってない?」
そう話しながら今まで被っていたローブのフードを外す。
整った顔立ち、右目に付けている眼帯、燃え上がるように真っ赤な左目、月光を反射してキラキラと輝く銀髪。
ローブの下には薄手の黒いパーカーで細身な体を包んでいる。
下はデニムのショートパンツから色白なすらっとした足が伸びている。
抱きしめれば壊れてしまいそうなほど儚いという印象を全身から受ける中性的な子だった。
「え、ええ。大丈夫よ。少し……とてもビックリしたけれど」
「弾は当たってないんだよね?それなら良かった。ボクの名前は……赤烏。よろしく」
安心したように微笑む赤烏と名乗った子と握手を交わした。
「ていうかお姉さん凄い服着てるね」
「あ、これはさっきまでパーティーに行ってたから……」
「そんな綺麗な洋服、汚すわけにはいかないよね」
そう言うと何かを呟き始めた。
「……アイツらの武器の初速は早くない……『神眼』を使えば簡単に撃ち落とせて……こっちの残り弾薬は……大量にあるから大丈夫か……あとは他に敵がいるかだけどその様子はない……足の具合は……うん、アドレナリンが出てるから痛みはそれほど感じないな……よしっ!」
何かの考えがまとまったのか赤烏が顔を上げる。
「それじゃあ少し頑張ってくるか」
そう言ったとき、鋭い眼光が私を貫く。
赤烏の瞳がとても冷たくなり、それを見た私は恐怖から身体が硬直した。
「お姉さんはここにいて、さっさと片付けてくるから」
赤烏は立ち上がり、コートの下に隠れていた真っ黒な拳銃を二丁取り出した。
「えっと、赤烏さん。それって……」
「ああ、これはさっきも使ったんだけど、ボクの仕事道具さ。こっからはお姉さんは目を瞑っておいた方がいいかもしれないね」
そう言って曲がり角に向かって歩きだす。
その時の周囲の気温は心做しかひんやりと冷えている気がした。
「行くぞ『黒鎌』、二つの魂を刈りに」
赤烏が歩いていると突然曲がり角から黒いスーツの男が2人拳銃を構えながら飛び出してくる。
「『神眼』」
赤烏がそう呟き、右目の眼帯を外す。
右目には赤い瞳では無く、銃の照準の様なマークの掘られた光沢の無い義眼と思われる物があった。
2人の男がそれぞれ赤烏に向けて銃を撃ち、路地裏に銃声が鳴り響く。
その間に赤烏は黒い二丁の拳銃を構えて発砲していた。
赤烏の持つ拳銃からは銃声が全く聞こえず、直後に空中でキンッ!キンッ!という音と共に火花が2回散る。
その光景を見て、先ほど私が狙われた時に目の前で散った火花が男の撃った銃弾を赤烏が撃ち落としたときのものだと理解した。
「ほら、もっと狙わないと。このままだとキスできる距離になっちゃうよ?」
神業を行っている本人はおちゃらけた様子でどんどん2人と近づいて行く。
それから男達は赤烏を狙って何度も発砲するのだが、全て同じ様に撃ち落とされてしまう。
「あれ?その銃って装填8発だよね?それ、カラッポなんじゃない?」
その時赤烏が浮かべた笑みは私が今まで見てきた笑みの中で最も見る者の恐怖を駆り立てる笑みだった。
「う、うあああああああ!!助けてくれぇぇぇええ!!!!」
その圧力に我慢出来なくなった1人の男が曲がり角を曲がって全力で走り始めた。
「逃がす訳ないじゃん」
そう言ったかと思うと赤烏は突然壁に向かって発砲した。
「ぐっ、足が!足があああぁぁぁ!!」
赤烏が撃った銃弾は壁に反射し、奥に逃げた男の足に当たった。
更にもう1発赤烏が発砲するとドシャッという音と共に男の悲鳴は聞こえなくなった。
「後はアナタだけだね」
真っ青になり身動きの取れない男に近づき銃口を眉間に突きつける。
「や、やめてくれ。助けてくれ……」
命乞いを始める男、赤烏はそれに構わず引き金に指をかける。
そこでつい、私は声を掛けてしまった。
「あのっ!」
その声に反応してこちらに目線を向ける赤烏。
その時……
「バカめっ!」
突然男が懐からもう一丁の拳銃を取り出し、零距離から赤烏の腹部に向けて発砲する。
路地裏には乾いた銃声とカンッ!と言う金属がぶつかり合う音が響いた。
男の構えた銃の先には赤烏の黒い銃があり、銃弾を弾いていた。
「ふ〜、あのさ、アナタ今の状況わかってる?」
赤烏は男に話しかける。
返事を待たずに銃口をもう1度男の眉間に押し当て、冷たく告げる。
「アナタの命はこの拳銃の引き金よりも軽いんだよ」
「うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そして路地裏には男の悲鳴も聞こえない、静寂が訪れた。
「あ、あの……」
私は躊躇無く引き金を引いた赤烏に恐怖を抱き、震えていた。
「ごめん。怖がらせちゃったかな」
赤烏は私に笑いかける。
その笑顔は直前に人を2人も殺しているとは思えないほど柔らかく、優しい笑顔だった。
「おっと……」
こちらに向かって歩こうとした赤烏が地面に膝を着く。
「『神眼』を使いすぎたかな……ははは……」
赤烏は足に力を入れるが、ガタガタと震えて上手く立つ事ができない。
そのまま自身の体を支える事ができず、赤烏は地面に倒れ込む。
倒れたまま私に向かって話しかけてくる。
「お姉さん、ボクのことはほっといていいよ……普段の生活に戻った方がいい……アナタはこちら側に来てはいけない存在だ……」
どんどん赤烏の声から力が抜けていく。
瞼も下がっていき、全身から力が抜けているように見える。
「ボクらは影だ……逃げるようにしか生きれない……」
最後にそう呟いて赤烏は意識を失った。