八百万の神々 第四話 選ばれしはプー太郎
時折目を白黒させてこちらを見てくる通行人の視線や言葉をすべて無視して、大樹は着物少女を抱えたまま自宅への帰還を果たした。
「あれっ、兄貴帰ってきた―――って、何、その子誰!?」
「とりあえず質問は後にしてくれ」
とりあえず自分の部屋まで戻った大樹は、そこで着物少女を横に寝かせ、そこでふと我に返った。
「あれ、この状況って」
ふと、美桜神社から自分の部屋までの道のりを思い返してみて、大樹は徐々に血の気が引いていくのを感じた。
まず、小柄で苦しそうにしている少女を抱きかかえてここまで戻ってきたわけだが、冷静に考えてみればこの時点で不審者、もしくは変質者扱いされてもおかしくない。
そして今は、苦しそうにしていた少女をベッドの上に……って、あれ?
「どこを見ておる」
「え、あれ」
冷めた声のしたほうへと顔を向けると、着物少女が冷めた目をしてこちらをじっと見ていた。
確か、さっきまで苦しんでいたはずじゃ…。
「何を首をかしげておる」
「いや、だってさっきまで苦しんでたはずじゃ」
「なーに、あれは久々に力を行使したためにおきたものじゃ。人の子で言うところの貧血のようなもの、とでも思っておけばよい。あくまでも一時的なものじゃ」
神社で突如少女が倒れかけた瞬間を思い出して、大樹は訳が分からず内心首をひねっていたが、それに反して少女はしれっとよくわからないことを口にした。
「?よくわかんないけど、とりあえず大丈夫ってこと?」
こちらの質問に、偉そうに「うむ」なんて言っているのを見て、大樹の頭の中で加速度的に疑問符が増えていく。
分からないことだらけだ。
「何が何やらわからん、そういう顔をしてるな」
「えっ」
思っていたことを言い当てられて思わず動揺してしまった。
少女はにやりと笑うと、なんでも問うてみよと口にしてちょこんと座布団に座った。
見た目は小学校三年生位のかわいい女の子なのに、大樹は先ほどからずっと年上の人を相手にしているかのような気分になってきた。
「じゃ、じゃあとりあえず。君の名は?」
「名などない」
はい、会話終了。
初っ端から名前がないなど質問するのも馬鹿馬鹿しくなってくる。
「とまあ名がないのは事実だが、それではお主ら人の子はいろいろとやりにくかろう。周りから儂は茜と呼ばれておる。よって儂の事は茜とでも呼べばよい」
「へえ、良い名前だな」
茜と言えば、確か赤色の事だったように思う。
そういわれてみれば、着物少女の身に着けている着物は、赤を基調とした鮮やかでありながらも華美過ぎない絶妙な色合いの美しい着物だ。
自分の乏しい語彙力ではこの着物の良さをきちんと説明できないのがもどかしい。
「名前ではない。人の子で言うところの通称、愛称のようなものだ。それで、先に儂が使って見せた力については何も気にならんのか?」
ん?と着物少女改め茜は、何やら笑みを浮かべて聞いてくる。
確かに気になる。気にはなるが、あれはもはや自分のこれまで見聞きしてきた常識の範疇ではとても説明しきれない。
荒唐無稽な話ではあるが、目の前の茜が神であれ何であれ、不可思議な力を使うということだけは理解せざるを得ない。
それに…
「気にはなるけど、もし俺がさっきの現象を否定したら茜はまた無理をするかもしれないだろ?」
「ほお、それは良い心がけじゃな」
先ほど神社で苦しげにしながら膝をついた茜の姿が大樹の脳裏にフラッシュバックする。
少女の苦しむ姿など見たくはない。
うむうむ、と満足そうにうなずく茜を見ながら大樹はそう思った。
「では本題に移ろう、先も申した通り審議の結果お主が観察対象の人間に選ばれた」
「え?選ばれたって何?」
取り敢えず茜が神であるか否かはともかくとして、選ばれただのなんだのというのはさっぱりわからない。
「今を生きる人の子の考えを知りたいのだ。この世で反映し、地上の統治者として君臨している人というものを深く知るために、観察対象が必要なのだ」
「観察対象って、そもそもなんで俺なんだよ」
茜はさも当たり前のように言っているが、そもそもなんで俺が選ばれたのか分からない。
「そのようなこと、儂は知らん。儂が知っているのは、お主が選ばれたことと、その観察のために儂が地上に派遣されたということだけだ」
知らないってどういうことだよ。
観察するって何をだ。
「ではよろしく頼むぞ」
「宜しくも何も、何もわからないんだが…」
ふんぞり返っている茜を見ながら、先行きへの不安から大樹は茜に見えないようにそっとため息をついた。