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理由と決意1

 黒い巨大狼を討伐した翌日、アークとイリスは、再び魔獣が出現した森の近くまで来ていた。だが、今度の目的は魔獣討伐ではない。


「本当にこんなところにあるのか?」

「うん。お姉ちゃんが言ってたもん」

「あの人はまた、余計なことを」


 アークの脳裏に、よく見知った女性の嗜虐的な笑みが浮かぶ。


「え? 何か言った?」

「何でもない」


 イリスに言葉を返し、地図に目を落とす。このまままっすぐ進み、森を抜ければ、目的地だ。しかしアークの中では、本当に地図にある通りの建物が魔獣が出没する土地に存在するのか、疑う気持ちの方が強い。

 数分後、緑ばかりの景色に変化が現れた。森が途切れ、おどろおどろしい赤い文字で『ヴァンデルランド』と書かれたアーチ状のゲートが見えた。

 目的地――魔獣討伐後にイリスと一緒に行くと約束していたテーマパークだ。

 眼前のゲートは、吸血鬼の館をモチーフとして作られているようだ。目が痛くなるようなカラフルな装飾以外は、普通のテーマパークと変わらない。


「ここか」

「うん!霧が濃いところの近くだから、ちょっと不安だけど、お姉ちゃんが本部の人ならアトラクションは無料だからって」


 イリスの話によれば、このテーマパークは本部が運営しているという。故に本部の人間は無料で利用できる。見るからに悪趣味な場所に立ち入りたいと思う人間がいるかは別だが。


「あの人は本当に甘いな」

「え?なに?」

「何でもない。行くぞ」


 イリスの呟きを無視し、アークはゲートをくぐった。受付には女性の係員がいた。女性はイリスの風貌に少し驚いたようだったが、すぐに笑顔を作って言った。


「ヴァンデルランドへようこそ。当テーマパークは、本部の方はどなたでも無料となっております。所属証明書をお持ちですか?」

「あぁ。彼女も一緒に入る」


 アークはしまっていた証明書を取り出す。黒い革製のカバーに包まれた小さな手帳を開き、顔写真と所属者の情報が記載されたページを女性に見えるように提示した。

 受付の女性は証明書を確認し、丁寧な口調で言った。


「はい。ありがとうございます。こちらがフリーパス券です。楽しんできてくださいね」


 差し出された赤色のカードを受け取り、入り口へと向かう。

 ゲート付近の係員にパスを提示すると、待機していた係員がゲートを開けた。


「わぁ!すごい!」


 園内に入った瞬間、まばゆい光と明るい音楽に包まれる。

 園内は思いの外広く、様々なアトラクションがあった。定番のものから、どんな内容なのか想像もつかない変わり種のものまで多種多様だ。

 辺りを見回す。アークとイリスの他に客はいないようだ。明るい雰囲気のわりに閑散としていた。あの外観を思えば、それも当然と言えた。


「あまり遠くに行くなよ」


 アークの忠告に、イリスは不満げに頬を膨らませた。


「もう!子供扱いしないでよね」

「どう見ても子供だろ」

「子供じゃないもん。あれにも乗れるんだからね!」


 びしっと指差す先には黒い小型のジェットコースターがあった。ところどころ血がついたように赤く塗られているデザイン以外は、いかにもお子様向けである。


「じゃあ、まずあれに乗るか」

「うん!」


 若い男性の係員にパスを提示し、乗り場へ移動する。レールを見上げるが、今は誰も乗っていないようだ。

 黒いコースターに乗り、安全ベルトを締める。アークの隣に座ったイリスも同様にベルトを締めた。

 発車を知らせるアナウンスの後、ブザーが鳴り、コースターがゆっくりと動きだしーー


「うわああああ!」


 ーー急加速した。

 絶叫を置き去りにする速さだ。ファンシーな見た目とは裏腹に、かなり激しく動くようだ。コースターががたがたと揺れ、レールが軋む度に、テーマパークの安全管理が心配になるほどだった。アークはこのアトラクションに誰も乗っていない理由が分かった気がした。


「あはは!たのしー!」


 一方、イリスは満面の笑みでアトラクションを楽しんでいた。やはり彼女には恐怖心というものがないらしい。

 地獄のような時間の後、おぼつかない足取りでコースターから降りる。

 その後も、超高速回転するメリーゴーラウンドや得体の知れない何かの死体が放置された腐臭漂う幽霊屋敷など、過激なアトラクションが続いた。

 満身創痍になりながら、作り物の巨大な蝙蝠の背中から降りる。


「うっぷ」


 吐き気がこみ上げ、アークは口を抑えた。


「アーク、大丈夫?」

「ちょっと休んでくる」

「うん、あっちで待ってるね」


 アトラクションから離れ、倒れるようにベンチに座り込む。降り注ぐ日差しが心地良い。もう何日も日の光を見ていないことをアークは思い出した。

 その時ふと、どこからか視線を感じた。

 魔獣が狙っているのかと辺りを見回すが、それらしきものの姿はない。


「気のせいか」

「気のせいではありませんよ」


 後方から聞こえてきた呟きにぎょっとして振り返る。すぐ目の前に見覚えのある顔があった。


「なっ、お前は衛生管理部の」


 中性的な顔立ちの少年だ。肩に触れるほどまで伸びた藍色の髪が、余計に男らしさを薄れさせていた。黒いローブに先の尖った帽子を被り、骸骨のついた杖を持っている。

 両脇には太った男とガリガリに痩せた男が立っていた。

 いかにも怪しげな格好だが、彼らはアークの所属する魔獣討伐部隊の衛生管理部に所属する歴としたメンバーだ。負傷した兵士の治療の他にも、精神衛生の観点から、部隊が保護する人々に娯楽を提供している。


「お久しぶりですアークさん、イリスさんとデートですか?」

「な、何を言ってる!」


 澄ました口調でとんでもない発言をする彼に、アークは思わず突っ込んだ。


「冗談ですよ。これも任務の一環なのでしょう?」

「そんなものだ。それより、ここの運営は衛生管理部がやっているらしいが、あのアトラクションもお前らが作ったのか?」

「ええ。お気に召して頂けましたかな? ひひっ」


 少年は整った顔に似合わない不気味な笑みを浮かべた。


「俺はできれば二度と乗りたくないな。まぁ、あいつは楽しんでたみたいだが」

「そうですか、それは良かった。では私たちはこれで」


 衛生管理部のメンバーはそろってわざとらしくお辞儀をすると、ふっと姿を消した。


「いつ見ても不思議だな。あれもジェネレーターの応用なんだろうが、転送装置はどこに」

「あ、アーク、手伝ってぇ」


 独り言の続きは、泣き出しそうな少女の声にかき消された。顔を上げると、ぬいぐるみやカラフルな小物を山のように抱えたイリスが、園内の店から出てくるところだった。


「何をやってるんだ」

「だ、だって欲しかったんだもん」


 アークの呆れた声に、イリスが言い訳をするように呟く。


「それにしたって買いすぎだ」

「お小遣い貯めてたからいいの!」

「お小遣い?」


 アークは魔獣討伐の報酬を受け取ってはいるが、それを直接イリスに渡した覚えはなかった。怪訝な顔をするアークに、イリスは相変わらず明るい声で言った。


「おじちゃんのお手伝いしたらくれるの。おつかいに行ったり」

「またあの人は」


 お小遣いとは、アークの上司カルギンから渡されるものだろうと遅れて納得した。


「まぁ、お前が貰った金なら好きにすればいい」

「うわー、なんかえらそー」


 イリスが冷めた目つきで抗議する。笑ったり拗ねたり、よくこんなに豊かに感情を表現できるものだとアークは思った。同時に昨日の戦いで見た、何の感情も宿していないイリスの顔が浮かぶ。

 アークは脳裏に浮かんだイメージを打ち消すように、無理矢理笑みを作って言った。


「実際偉いんだよ。お前よりはな」

「ふーんだ。将来ぜったいアークより偉くなって、アークにお手伝いしてもらって、アークにお小遣いあげるんだからね」

「途中で目的が変わってるぞ」


 アークの冷静な指摘にイリスは顔を赤く染める。


「べ、別にいいでしょ! アークが偉そうなのも、私がアークの力になりたいのも本当のことだもん」 

「じゃ、俺より偉くなる予定の奴は、自分で自分の荷物くらい持てるよな」

「もー、それとこれとは話が別でしょ」

「冗談だ。ちゃんと持ってやる」


 イリスの前に空高く積み上げられた箱を抱え上げる。イリスの苦しそうな表情が和らぎ、アークのよく知る笑顔が戻った。


「ありがと。じゃあね、これあげる!」


 腕に抱えた荷物を下ろし、イリスはポケットから何かを取り出した。


「なんだこれは」

「キーホルダー! 私のとお揃いだよ」


 イリスから手渡されたのは、手の平サイズの濃紺のキーホルダーだった。銀色のリングにぶら下がるデフォルメされた蝙蝠を見つめる。可愛らしい顔とは裏腹に、むき出しの牙とそこから滴る血がやけに生々しい。アトラクションと同じく悪趣味なデザインだが、突然の贈り物に自然と顔が綻んだ。


「ありがとう。大事にする」

「あれ? 今度は偉そうじゃないね」

「うるさい。変なこと言うと、貰ってやらないからな」

「じょ、冗談だよ。それよりアーク、お腹空いてない?」

「そう言えば昼飯がまだだったな。どこか場所は」


 入り口で貰った園内の地図を取り出そうとした時、アークはふとあることに気付いた。

 イリスの身体は魔獣の血肉しか受け付けない。それ以外のものを一定量以上摂取してしまうと、拒絶反応を起こし、最悪の場合は命を落としてしまう。しかしイリスはそのことを気にする素振りもなく、アークの手を取って言った。


「あっちにお店があったよ!行こ」

「ちょ、まだ俺は行くって言ってないぞ。それにお前」

「いいからいいから」


 イリスはアークの言葉を遮り、園内を迷うことく進んでいく。

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