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七月十四日の八十センチメートル

作者: 高木直貴

 四月、進級に伴って僕らの学年ではクラス替えが行われ僕と朝井さんの物理的な距離は離れた。こう言うとじゃあ精神的な距離は近付いたと思われるかもしれないけど、ぶっちゃけそれはよく分からない。ホワイトデーの返事のこともあるし、連絡先も交換したし、クラスが変わってもそれなりに会話してるあたり一年生の頃からは進展してるんだろうけど僕らの関係性の名前ははっきりしないままだ。

「おはよ」

「おはよう」

 はっきりしない関係と言えばこの浪本さんもそうだ。三月にあんなことがあったから僕の方は気まずくて話しかけないようにしたんだけど、あっちはなにごともなかったかのように次の日からも話しかけてきて驚いた。友達って言うには趣味も違うし話も合うわけじゃないけど、知り合いって言うには色んなことが有りすぎる。

「岐部くん、浪本さん、おはよ!」

「うぃ」

「おはよう」

 佐山さんとは相変わらず明るく朗らかに友人として接してくれてるけど、これはあくまで表向きの顔なので実は浪本さんへの牽制の意味があったりするんだろう。僕の想像でしかないけど。

 こうして顔の広いクラスメイト二人と頻繁に会話しているおかげでいつの間にか新しいクラスでは僕の周りの人を中心にコミュニティが出来上がり、前のような除け者感は無くなったものの少し居心地の悪さみたいなものを感じてる。というのも浪本さんは女子から憧れられていて、佐山さんは親しみやすい雰囲気で男子からの密かに人気も高いので僕なんかとは住む世界が違うんじゃないかと思ってしまうからだ。たまに「邪魔だな」的な視線を感じないこともないけど、二人とも一年生の頃の朝井さんみたいに接触が制限されてるわけじゃないのでそれも普通の範囲にとどまってる。

「あんた前髪自分で切ったでしょ」

「失敗したんから気付かなくていいよ」

 朝の女子トークはいいんだけど出来れば僕の席から離れたところでしてくれると助かる。二人が居ると周りに人が集まるし注目されるから途中で買ってきたパンが食べられない。

「だって気付くでしょ。コイツだって多分気付いてたよ」

「だとしても岐部くんは気を使って言わなかったじゃん!」

「あたしに気を使って欲しいわけ?」

「うん、とっても! あと出来れば空気も読んで欲しい!」

 なんとも和む女子トークなんだけど、どうしても僕は何か裏があるように感じてしまう。浪本さんも朝井さんと違うクラスになったし佐山さんと計画の上で対立してるわけじゃないんだろうけど、一回お互いの計画の妨害をしあったのを知ってる僕としては自然と色々勘繰ってしまう。

「いや、僕は言われるまで気付かんかったしその程度なら大丈夫やって」

「ほらー、岐部くんはこう言ってるじゃん、浪本さん気にしすぎ。いつも人の粗ばっかり探してると歳とってから困るんだからね」

「ただ単にこいつがあんたのこと興味ないってことじゃないの」

 大分雲行きが怪しいのでトイレに行くふりをして廊下で喋ってる菅達のところに行こう。今だけは僕の心のオアシスはあいつのところにある。普段のオアシスは勿論自宅かトイレの個室だ。背後から「それなら浪本さんは私に興味あるの?」とか聞こえるけど僕には関係ない。逆にこれほどまでに険悪な状態だからこそ僕に注意が向かないから絶好のチャンスだ。一刻も早くこの場から立ち去りたい。ちなみにクラスメイトはこういうやりとりにすっかり慣れていて、険悪な雰囲気を気にせずそのまま談笑してたり中には悠々と朝弁してる奴も居る。僕には無理だ。たとえ自分が当事者でなくてもこういう空気があることを気にしてしまって萎縮してしまう。相変わらずの小心者だ。


「また修羅場?」

 菅は新学期になったら髪を伸ばし始めた。純朴な野球少年っぽい雰囲気は消えて軽薄な感じが更に増した。まあこの方がこいつっぽいと言えばこいつっぽい。分かりやすく言うなら性格と見た目のギャップがなくなって薄っぺらい台詞を言っても「もしかしていいやつなんじゃないか」と思うことなくイラつけるようになった。

「修羅場ちゃうわ、地獄や」

 ハムとマヨネーズのロールパン、メンチカツサンド、新発売の大人のクロワッサンに飲み物はカフェオレ。ここ数日の僕の朝食はこのラインナップと決まっている。

「まあ、その方が正しいわな」

 酒井は相変わらずそこそこ爽やかなルックスと何となく僕らの手綱を握ってるようなポジションどりのおかげでぼちぼちモテている。私服に流行も取り入れるようになったけど、基本的に私服はローテーションで着回してる僕と菅のファッション弱者の中では浮いて見えるので可哀想だと思わないことはない。

「美少女二人に囲まれて羨ましいよほんとに」

「囲まれてもええことだけあるわけでもないからな」

 井上は二年からの僕しか知らないからそう言うのかもしれない。少なくとも他の二人から「女難」だの「修羅場」だの言われることはあっても「羨ましい」と言われることはない。

「でもいいことはあるって認めるんだな」

「そらお前パンチラの一回や二回くらい」

 井上の考えは基本ゲスだ。可愛い子の近くに居る時に起こりうる「いいこと」の第一候補がパンチラなあたりもう取り返しがつかない。

「それはないな。絶対にない」

「だな」

 酒井と僕が井上のガッカリ想像力に呆れるのももう定番になりかけている。

「でもさ、じゃあお前の言ういいことってなんなの? パンチラっていうとあれだけど割とエロって分かりやすいメリットじゃん」

 菅は相変わらずいいやつなんだけどちょっとリアクションがしんどい。この場合その話題を突き詰めたところで何の実りもないのに引っかかってる感じがしんどい。ついでに言うなら僕らの「ない」はそういう「ない」ではなくその発想しか出てこない井上の思考回路が「ない」んだ。

「あれやな。休みの日に外に出るようになったとか、ちょっとした時に相談出来る相手が増えるっちゅうのは結構なメリットちゃう?」

「お前それ、女の子と仲がいい時のメリットじゃなくて友達が居るメリットだぞ」

 酒井の言葉に井上も菅も僕を可哀想な人を見る目で見てくる。確かに少ないけど友達が居ないことはない。鶴岡とか、松井とか、全員関西に居るから会えないけど。

「でも他の女子ならまだしもあの二人と一緒じゃあ結構えげつないことはありそうだな」

 井上はわかったようなことを言ってるけど佐山さんと浪本さんの間に居るというのは井上が想像する倍はしんどいと思うし、井上は一年の頃の朝井さんの件のことはカウントしてないだろうからきっとトータル十倍はしんどいし最近は夜中に酔った鶴岡の姉ちゃんから電話がかかってくることもあるからそれも合計すると井上の想像する百倍はしんどいことになる。目先のエロに食いつく様な思春期丸出しの発想では彼女達には邪険に扱われて終わりだ。特に浪本さんなんて恋愛に対してマイナスのイメージしか持ってないから本当にひどい目に逢わされると思う。

「でも二人ともそこそこ可愛いから傍に居るだけで得してんじゃねーの?」

 ケラケラと軽薄に笑いながら菅は視線を窓の外に向けている。僕もつられて窓から裏門を見ると丁度朝井さんが登校してくるところだった。一人で歩いていた。いくら取り巻きと言えども登校中は節度を守っているのかそれとも朝井さんが朝は一人にしてくれと頼んでそうさせているのかは分からないけど、なんだかとても落ち着いていて静かだった。

「そろそろ戻んねーと」

「そうだな」

 スマートフォンで時間を確認するとたしかにそんな時間だった。なるほどこんな時間にわざわざ裏門から登校すれば人と遭遇する確率が低いってことか。相変わらず息苦しい学校生活だ。

「あーあ、またエロ上の馬鹿話で時間無駄にしてもうたわ」

「なんだこいつ。女子から逃げてきた癖に」

「でも確かにエロ上のゲス話も飽きたな」

「めちゃくちゃ言われてんな。次から頑張れよエロ上」

「なんで最後の最後で俺メタメタに言われきゃいけねぇんだよ」

 井上改めエロ上と菅と別れて酒井と二人で教室に戻る途中、朝井さんと廊下ですれ違った。

「岐部くん、酒井くんおはよう」

「おはよう」

「よっす」

 何故か酒井の方が親しげに挨拶しているが、こいつは元から挨拶のしっかり出来ない子なのである。無愛想で主張はしない、でも相槌は一級品で筋さえ通っていれば意見を否定しないから優しく見えてモテるという男だ。

「じゃ、またあとでね」

 朝井さんは基本的にじゃあねとは言わない。またねとかあとでねとか再会することを前提とした挨拶をする。これに関しては佐山さんも浪本さんも一緒だ。ちなみに手の振り方も似ている。

「じゃあ、また」

 このやり取りは何度か繰り返しているはずなのに毎回どう返していいかわからず曖昧に笑って誤魔化している。なんなら僕より酒井の方がこういう時は自然に対応している。

「童貞かよ」

 ちなみにこう言われるのも恒例になっている。酒井も体は童貞なんだけど、やはり女子に対する免疫みたいなものがあるらしい。


 正直なところ朝井ミカと別のクラスになるのはあたし的にはそこまで嬉しいことじゃない。っていうのも一年の時にあそこまでやった以上朝井ミカの居ないクラスでトップになっても達成感がないというか、とにかくこのクラスの実権を握ったところであたしにとっては何の意味もないことだ。とは言っても実際あのギョロ目のぶりっ子カメレオン女のおかげで苦労しなくてもクラスの中心という椅子に座れたっていうのはあたしにとって結構なメリットで、岐部も去年までのあの状況からは解放されたし朝井ミカから離れて過ごしやすくなったみたいだから今のところこのクラスも悪くないと思ってる。

「絵美ちゃん、今日カラオケ行かない?」

「あ、ごめん塾あるからパス」

「え! 塾に通ってるの?」

「まあ受験のことも考えなきゃだしね」

 嘘だ。塾に通ってもなければ受験のことも考えてない。単にカラオケがめんどい。というかまずこいつの名前を知らない。こんなことになってるのもあのカメレオン女のせいだ。あいつが所構わず愛想を振り撒くせいで『友達の友達は友達』だと思ってる奴らがあたしのことも友達だと思って話しかけて来るようになった。そもそもあたしはあの女を友達だとは思ってないんだから仮にその『友達の友達は友達』理論が正しいとしてもあたしがさっきのあいつの友達ということにはならない。

 あのカメレオンのせいで周りに人が増えたのはあたしだけじゃない、岐部にもぼちぼち人が増えてる。まあ良くも悪くもあいつは有名人なわけだし隣にあの女が居なきゃ嫉妬を向けられることもないし、興味本意で芸能人の素顔なんかを聞き出そうと近付く奴が居てもおかしくない。

 最近岐部とは「お互い急に親しい人が増えて大変だ」という会話をすることが多い。多分あたしたちは人嫌いというかあまり多くの人と関わることに向いていないんだと思う。岐部の場合はそれが一年の頃の周りの視線や除け者同然の扱いが原因で、あたしの場合は自分の性格が原因だけど表層に出てる結論は同じ、自分はこのグループには不釣り合いな存在だと思ってる。そう思ってても周りにあわせてるメリットの方が大きいから仕方無くそうしてるだけで、望まなくても動かなくても人を動かせるようなカリスマがあるなら好き勝手に振る舞いたい。だからこそ苦もなく色んなグループにいい顔が出来る擬態女がよりいっそうムカつく、嘘と建前でうまく人を言いくるめるしどんなグループにも佐山優子っていう存在を挟み込んで対応する。結局最後は自分の本音を言って強引に押し通すあたしとは違う器用なそういうとこが本当にムカつく。

 考えてみたら朝井ミカなんかよりもよっぽどあの女の方がやっかいだし、出し抜いてやってポカンと口を開けたマヌケ面を見たい。決めた、あたしは朝井ミカからクラスの関心を奪うことはもうしない、代わりに佐山優子を出し抜いて泣きべそをかかせてやる。あいつの計画より先回りして必ずメチャクチャにしてやる。


 朝井ミカ、矢内丈と渋谷で熱い抱擁!?

 現役高校生女優朝井ミカ(16)は俳優の矢内丈(22)に渋谷で抱き締められたと語った。「矢内さんはすごく力が強くてちょっと痛いくらいだったんですけどすごく気持ちが伝わってきて、離れた後に『大丈夫?』と言って気遣ってくれました」と語る朝井ミカの顔からは思わず笑みが溢れていた。一般の人にはバレなかったのかという記者の質問に対しては「そういうのはあまり気にしなかったです。でも近くに居たアイのすけ(畠山アイ)からはすごい茶化されました」

 一昨年デビューしたばかりで未だイオンプラスのCMの白いワンピース姿が記憶に新しく清純派女優のイメージが強い朝井ミカだが、敢えてそのイメージに反した行動にうって出たのはそうした世間のイメージを壊し業界で長く生き残る為の生存戦略なのかもしれない。


 ネットニュースを見ていたら朝井さんの名前があったので開いてみたが、どうやらこれはスキャンダルでもなんでもなく単に映画のプロモーションらしい。しかもこの取材を受けたのも舞台挨拶での一幕だったと書いてある。生存戦略に必死なのはこのネットニュースサイトの方じゃないか。だけど朝井ミカの名前の方が矢内丈よりも先に出てくるってことは世間も朝井さんにそれだけの注目を寄せてるってことだからまあ朝井さんにとっては良いことなのかな? なるほど朝からなんとなくクラスメイトの視線が可哀想な奴を見るようなものだったり、朝井さんがわざわざあんな時間に裏門から登校してきたのもそういうことだったのか。後者に関してはどうか分からないけど。

「岐部、あんた今日の放課後暇?」

「暇やけど」

 いつの間にか左隣に立ってた浪本さんが急に声をかけるもんだからびっくりして首が肩に埋もれそうになった。いやむしろ埋もれてた。おかげで首がつりそうだ。

 僕らが居るのは東階段の踊り場。何故か少しだけはみ出していてベランダのようになっているが、これまた何故か窓の方向が北だから薄暗くて僕ら以外の誰もここにたむろしようとは思わない。

 浪本さんと僕がここで二人きりで話すようになったのは二ヶ月くらい前からだ。まず僕が男子の連れションに耐えられなくなってここに逃げてきて、それから一ヶ月後にうまいこと周りに溶け込んでいるように見えた浪本さんも自称浪本さんの友達から逃げてここにやってきた。僕らが賑やかな学校生活を送れるのも佐山さんのおかげなんだけど、僕と浪本さんみたいなうまくはしゃげない人間には結構辛い。

「んじゃ、四階の自習室集合ね」

 浪本さんは壁に背中を擦り付けるようにしゃがんで俗に言ううんこ座りの体勢になった。当然スカートの裾は重力に従って下がるわけだから僕から見える肌色の面積も大きくなる。

「何すんの?」

 なるべく浪本さんの方を見ないようにスマートフォンを右手に持ちかえてその画面を見ながら話を進める。

「部活」

「はあ?」

 予想していなかった返答に思わず間抜けな声を出しながら振り返ってしまった。ということは必然的にディフェンスラインをギリギリまで下げたスカートから伸びた浪本さんの健康的な太ももが視界に入るわけで、僕は慌てて目をそらした。

「つっても、まだあたし以外は正規の部員じゃねーしあんたが入っても真面目に活動する気なんかねーからただ集まって喋るだけの部活だけど」

「そんなら部活入らんでもええやん」

 そもそもなんで夏休みも間近にせまったこの時期に部活なんか入らなきゃいけないんだろう。というかそもそも何で浪本さんが部活?

「内申点の為に必要なの」

「だったら普通に部活入ったらええやん」

 僕は不用意にまた浪本さんの方を向いてしまい、生足が目に入ると同時に首を元の位置まで戻した。まったく僕は学習しない男だ。

「あんね、仮に普通にバレー部に入ったとしたら他の奴らと一年ラグがあるし、それにバレーしなきゃいけないから色々めんどいじゃん? あたしはわざわざ放課後に疲れるような活動をしないで部活に入ってたっていう結果だけ欲しいの、出来れば部長っていうポストも。だからわざわざ今年度部員ゼロだけどギリギリ部活として認められてる社会科研究部っていう興味もない部活を見つけてきたわけ」

 なんというか、浪本さんらしい理屈ではないと言って良いのかわからないけど、これ以上ないくらい分かりやすく打算的な行動だと思った。ここまで自分の気持ちを正直に言ってくれるのは僕に心を開いてくれた証拠なのか、もしくは僕には内緒の別の目的があるのか。

「とにかく、部員はあんたみたいなのじゃなきゃあたしが困るの。どっかの誰かさんみたいな騒がしいのじゃ気を使ってばっかで疲れるから。じゃ、放課後四階ね」

 浪本さんは自分の言いたいことだけ言って立ち上がりそのまま階段を登る。浪本さんは僕の目線より上に居て、なおかつ紺のスカートは壁と腰の間に挟まっていた時の癖がついたままだ。僕は後ろ髪を引かれつつも爽やかなスカイブルーを視界から排除した。しかし、その時見た夜明けの空のような深い紺とスカイブルーのコントラストはしばらく僕の頭に焼き付いて離れなかった。


 放課後、浪本さんは先に自習室に向かったみたいだ。というか廊下を歩いてるところすら見なかったってことはホームルームが終わったらすぐ出ていったってことになる。なんだかんだ言ってやっぱり部長だから気合い入ってるのかな?

「あ、こんにちは」

「あぁ、うん」

 何事もなく四階の自習室に着いたけど言い出しっぺの浪本さんはまだ来てないみたい。その代わり普通の教室より多めに机が並んだその部屋には見知った先客が一人、それも幸運なことに今朝またねと挨拶をしたその人が居た。

「岐部くんも浪本さんに?」

「うん、ほぼ無理くりやけど」

 もしかして部活っていうのは建前で最初から二人きりにするのが目的だったのかもしれない。いや流石にそれは都合よく考えすぎかな。昼間言ってたことも嘘だとは思えないし、それに何よりあの浪本さんがこんなことするはずないし。

「なあ、朝井さん浪本さんってどこに居るか分かる?」

「ううん聞いてないよ。どうしたのかな?」

 来ない方が都合がいいのに、二人きりで居たいのにわざと浪本さんを待ってるふりをした。久々に長く会話出来るのが嬉しいけど、久々過ぎて会話が途切れる度に必死に話題を探してしまう。

「そういえば、前髪どしたん?」

「役作りなんだ。ヘンでしょ?」

 右目が隠れるように斜め一直線に切られた前髪は確かにヘンだ。でも案外こういう個性的な髪型は嫌いじゃない。

「でもええやん。僕はそういう髪型も全然アリやと思うで」

「ありがと。実はわたしも結構気に入ってるんだ」

 同じ嗜好をしてるっていうだけでこんなに嬉しくなるのはそれだけ相手に好意を持っているってことなんだろう。

「立ち話もなんやし、座って待とか」

「そうだね」

 二人で横並びに座る。数ヵ月前まで当たり前にしていたことだけど、なんとなくいつもよりドキドキするのは今まで離れてた反動かそれとも普通の教室よりも机の距離が短いからなのか。お互いの心臓同士の距離は多分八十センチくらい、鼓動が早くなってるのを悟られるんじゃないかと不安になる。また余計なことばっかり考えて会話が途切れた。もっと話したいのに。

「あのさ、部活一緒になったらさ。また会う機会が増えるってことだよね」

「まあ、普通に考えたらな」

「だからってことではないんだけどさ。また岐部くんに、暇な時で良いから勉強教えて欲しいなって」

「別にええよ。朝井さんに教えるんは僕にとってもプラスやし、それに飲み込みも早いからイラつかへんし」

 話してる途中で自分の声が上ずってることに気がついた。前にテレビで見たけど人は好きなものについて話す時に声がワントーン高くなるらしい。つまり今みたいに普段より高い声で話してしまう時っていうのはその人と話せることがすごく嬉しいってことになる。

「やっぱ岐部くんは優しいね」

「そんなことないって」

「そういえば何で部活なんか」

「あー、わたし出席日数とかギリギリだし部活に入って少しでも内申点のプラスにでもなればなーって」

 自分の声を意識すると自然と相手の声も気になってしまう。なんだかいつもより高い気もすれば、友達と話す時に比べて低い気もする。

「まだ明るいね」

「もう七月やからね」

「夏休みは撮影で忙しいんだ」

「僕も一ヶ月近く実家で過ごす予定やし」

 まるで元々二人で過ごす予定だったような会話。向こうも一緒にプールに行きたいとか思ってくれてたのかな。

「遅いね、浪本さん」

「しりとりでもする?」

「やだよ、岐部くんいじわるだもん」

 決して見た目で好きになったわけじゃないけど、今の見せている茶化すような笑顔が一番好き。

「今回は手加減したるって」

「言い方が上からだもん、やだよー」

 二人のスマホが同時に振動する。浪本さんからかな。会話を一旦中断して二人とも画面を注視する。

「浪本さん、急な予定がはいったみたいだね」

「せやな」

 お互いの視線はまだスマホの画面に向いている。

「肝心の部長さんが来られへんみたいやから今日は解散しよか?」

「えっ」

「だって言い出しっぺが来んかったら話も出来へんやん」

 口実がないと一緒に居られないってことはどこかで後ろめたさを感じてるってこと。なるほど、じゃあ部活に誘ってくれた浪本さんに感謝しなきゃ。真意はどうあれ、わたしたちに口実ときっかけをくれたことにね。

「じゃあ、そうしよっか」

 岐部くんに無理させても仕方無いし今日のところは許してあげよう。

「これからよろしくね、岐部くん」

「ん、よろしく」

 お互いの心臓同士の距離は一メートルもないのになんで気持ちは伝わらないんだろう。

「そいえばこのあと予定ある?」

 あまりのことについ長いため息を吐いてしまった。そういうのは解散しようかの前に言ってほしかったな。

「まったく人の気も知らないで」

 不思議そうに首を傾げる岐部くん。あえてしばらく問いに答えずに数分間わたしのことで頭を一杯にさせてやる。

 自分でもどうかしてると思う、きっと知らないうちに頭どっか打ったんだろう。こんないじわるする必要ないって分かってるのに。今だけはこの男の子にわたしのことだけを考えて欲しかった。

お久しぶりです。

本来は五月に投稿する予定だったんですが前の二つと違ってラブコメ的イベントが何もなく締めの展開をどうするかで悩んだ末こんな時期の投稿になってしまいました。

密かに毎回ネット関連の話題と食べ物の話は無理矢理ねじ込んでたり、ちょっと新しい試みというか技術というか表現や作風に挑戦したりしてるんですが今回はソフトでライトなエロと、視点のミスリードに挑戦してみました。

あと登場人物の名字で言えばゲームセンターCXのスタッフの中でも随一の知名度を誇るイノコMAXと同じ井上さんが出ました。

出来れば次は10月あたりに投稿したいんですがその前に友達と撮った旅動画と連動した紀行文(?)を片付けてからになるので遅れそうです。

もし見かけたらそちらも是非読んでいただければと思います。

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