【閑話】 暁の不死鳥と盗賊団
「すっかり囲まれちまったねえ…… こりゃー、引くことも押すことも出来そうにないさね。覚悟のキメ時かねえ」
ドーバー・クルコックルはトサカを揺らしながら、自分の団員達の数を数える。
ここまで聖騎士達の追い込みを何度もかわし、殺しはしない誓を守りながら、幾つもの峠を越えた。
多少の疲労はうかがえるものの、死人はおろか、大きなケガを負った者すらいない。
なぜか団員たちは、例の事件以来ケガの直りが早く、疲れ知らずだ。
「姉御! あたいら、まだまだいけるよ。
……だから、変な気は起こさないで」
筆頭に立つのは、繰士のアンナだ。一番最初の襲撃で例の少年から技を受け継いだらしく、今では大型の木偶を複数体操り。 ――最近の戦いでは、大きな功労者となっていた。
「ありがとうよ、アンナ。
しかし、後ろに聖騎士20人。前にいるのは、ありゃー魔人だね。
50は超えてるだろう。
連中も背に腹は代えられなくなったんだろうねえ。
ひそかに教会と通じてるのは噂になってたが、こうも堂々と討ってくるとは」
「魔人50は、俺達には荷が重いが……
後ろの聖騎士なら、蹴散らせねえか?」
若い団員が、吠える。
「待ちな! あれは誘導だよ。
後詰で魔人の軍がいるはずさ……
あたいらが後ろの聖騎士に総攻撃をかけた瞬間、連中は逃げて。
――その後ろに隠れてる魔人軍と前方の軍とで挟み撃ち。
それが狙いだろ。
だったらそれを逆手にとって……」
アンナの作戦を聞きながら、ドーバーの心は固まる。
この世に生を受けて、120年…… 良い事も悪いこともあった。
しかし幼子から育てたアンナが成長し、ここまでの判断力もついた。
魔術の実力も統率力も、目に見えて向上してきている。
もう少し手元で成長を見ていたい気もするが、そうそう贅沢も言えないのだろう。
団員ひとりひとりも自分の大切な子も同然だ。
ゆっくりと見回し、決意を語る。
「じゃあ、やっぱり正面突破だねえ。
先陣は任せな。アンナは殿をとってくれ」
「姉御…… まさか」
「アンナ、フェニックスは死なないから不死鳥なのさ」
ドーバーは、団員に発破をかけた。
「いいかいお前ら! 何があっても人を殺めるな!」
「ヘイ!」
「そして、何が起きても生き残れ!」
「ヘイ!」
団員たちの決死の言葉にドーバーは頷き、近くにいたアンナに小声で話しかけた。
「アンナ、後は頼んだよ」
――その言葉にアンナは、深く頷いた。
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「ヒグルス大尉、この布陣で問題ないのですか?」
魔人軍50の兵士の後ろに、さらに50の兵を隠す。
そう指令され、この狭い街道で賊を前後から挟み込んだが……
前軍50を守るマーズとしては、不安な布陣でならない。
後方の守りが薄すぎるからだ。
「マーズ少尉。 ――あれはただの賊じゃないよ。
報告を受けて不思議に思っていたが……
キミはこの気配を感じて、なにも気付かないか?」
「確かに、先ほどから異様な魔力の増幅を感じますが」
「そうか、キミは先の大戦では西南方面の担当だったね」
「はい、 ……それが?」
悩むマーズ少尉に、ヒグルスはたるんだ腹の肉を揺らしながら、楽しそうに笑った。
「アレは不死鳥族の戦士の気配だ。
魔人とも人族とも交わらん『亜人』の中にも、骨の折れるやつらがいてね。
東方面の戦禍を引っ掻き回した、有名な部族さ。
あの賊の長は、その不死鳥族だろう。
こんな所で再戦が果たせるとは、思ってもみなかった。
いけすかん人族教会からの依頼だったが…… 来たかいがあったというものさ」
「では、50の前衛はおとりですか?」
「ああ、ヤツ等なら定跡通り、数が少ない聖騎士の後ろに後詰がいると考えるだろう」
「しかし…… 魔人軍50を亜人ひとりが突破など」
「暁の不死鳥と呼ばれた戦士がいてな。
ヤツはたったひとりで新魔法軍と俺達の軍、合計60人を戦闘不能にした事がある。
寝首を掻かれたんだが…… それでも戦闘レベルは半端じゃなかった。
――まったく、苦い思い出だよ。
不死鳥族をなめちゃ危険だ。ヤツ等は、滅多な事では死なんからな……
新魔法の『銃』では歯が立たん。
直接剣で首を斬るか、大魔法で跡形もなく焼き払うしか術はない」
「では、どのように?」
「賊が攻めてくると同時に、作戦通り左右に展開して道を開けろ。
そして、逃げようとする賊だけ狙え。
――正面は俺が行く」
「しかし、あの狭い街道……
左右に展開したら、ヒグルス大尉の兵も入れないのでは?」
「何度も言わすな、俺が直接行くんだよ。兵は動かん」
大戦の英雄と言えど、今はすっかり太った中年だ。
マーズは、止めようと声を出しかけ……
ニコリと微笑んだヒグルスの顔をみて、背筋に冷たいモノを感じた。
それは、大戦の頃『惨殺剣のヒグルス』と敵から恐れられた、S級魔人の冷めた笑いだったからだ。
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ドーバー団が一気に前方の軍に駆け寄ると、隊は真っ二つに分かれ、その奥からひとりの剣士が現れた。
ちょっとぽっちゃりしているが、並々ならぬ魔力を感じる。
「図られたねえ……」
ドーバーが後ろを振り向くと、左右に別れた隊が後方へ下がるのを阻むように銃を構えた。
「姉御!」
アンナの悲痛な叫びに、ドーバーが笑う。
「作戦通り行くよ、しっかりあたしの後を付いてきな!」
炎をまとい、獣人化の魔術で両手を翼に変え。
「やはりお前か…… 暁の不死鳥」
「あらあら、惨殺剣のヒグルスじゃないかい。妙な運命もあったもんだねえ」
その変わってしまった体格については、言葉を飲んだ。
「どうしても聞いておきたいことがあってな。
何故、前の大戦で俺達の隊を奇襲したとき、誰の命も奪わなかったんだ?」
「はっ! そんな事かい。
もう、殺しをするのも、同族同士が殺し合うのを見るのも。
――飽きただけさね」
ドーバーのセリフに、ヒグルスは楽しそうに笑って……
「良いことを聞いた」
剣を抜きはらった。
2人のバケモノが衝突すると、辺りは眩いほどの光に包まれ、その戦いを見ることすら叶わない状態となる。
……ただ激しい剣戟と、獣の悲鳴が山々に響き渡った。
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「ヒグルス大尉。ヤツ等をどう致しましょう」
そこには、賊の死体が散乱していた。
新魔法の弾丸に倒れた盗賊も数人いるが、そのほとんどがヒグルスの剣によるものだ。先頭で戦った不死鳥族の獣人も首を切られ、完全に息絶えた状態に見える。
「集めて馬車に詰めておけ。
人族教会の連中には、どうしても生死を確かめたければ、今やれと伝えろ」
「はっ! 了解いたしました」
マーズは急いで人族教会の騎士達に伝言を走らせた。
……アレが惨殺剣。
死体は無残に切り刻まれ、生前の面影はみじんも無い。
レコンキャスタが台頭しなければ次期将軍とまで言われた魔人の実力に……
――マーズは、嬉しさや誇りよりも、恐怖を感じていた。
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人族教会の騎士団やマーズ少尉の小隊が去ったのを確認すると、ヒグルスは賊の死体を詰め込んだ馬車の幌を開けた。
中には森から集めたであろう、枝木が散乱している。
「面白い魔術だな…… 繰術と言うのは。
――もう大丈夫だ、隠れてないで出てこい」
岩陰や崖沿いからひとり、またひとりと、盗賊が顔を出す。
中には、街道沿いの草木に擬態した者までいた。
「しかしねえ、惨殺剣のヒグルスや。
何故助けてくれる気になったんだい?」
ヒグルスは土の中から現れたドーバーに、ポケットから携帯電話を取り出して、放り投げる。
「俺も、殺しに飽きてきたのかもしれんな。
それに…… 今の魔王の動きには少なからず疑問を持ってる。
自分を神だと言ったり。 ――この魔道具も、どうも腑に落ちん」
ヒグルスはニヒルに笑ったつもりだろうが……
たるんだ二重あごが微妙すぎて、ドーバーは時の流れの残酷さを思い知った。
「こりゃ、なんだい?」
「通信魔道具だよ。それで知ったんだが……
サイクロンの都と、その近くの森でおかしなことが起こってる。
そこで、俺達にこの命令が来た。
どうせ、お前ら一枚かんでんだろ?」
そしてヒグルスは親指をクイッと上げる。
なんの合図か意味不明だったが…… ドーバーはとりあえず頷いておいた。
「良いのかい、もらっちまって」
「あの時お前がレコンキャスタを戦闘不能にしてくれなきゃ、俺達の部隊は後ろから闇討ちされてたからな。
なるほど、同族同士が殺し合うのを見るのも飽きた…… か。
だが、さっきのとソレでもう貸し借りはなしだ。
――次出会った際、敵味方であったら容赦はしない。
覚えときな!」
もう一度ニヤリと笑って、歩き去るヒグルスを目で追いながら、アンナが呟く。
「姉御。 ――良く笑わなかったね。
アレで痩せてりゃ、まだましなんだけど。
デブのおっさんがやっても、なんかカッコ悪いだけだね」
ドーバーは聞こえていないか、ひやひやしながら……
「静かにおし! 男ってのはバカだから、いくつになっても格好付けたがるものなのさ。
イイ女ってのはね、それを知ってて、持ち上げてやるもんなんだよ」
きょとんとするアンナを、横目で見る。
――まだまだ教えてやんなきゃいけないことが山ほどあるねえ。
そう考えながら、そっとため息をついた。
「それで姉御、この後はどちらに向かいます?」
団員たちの声に。
「進路を戻すよ! 行き先はサイクロンだ。
ぼーや達が心配でならない」
ドーバーが答えると、全員イキイキと準備を始めた。
アンナも……
「やったね!」
と、喜び勇んでいる。
――ああ、やっぱりまだまだ死ねないねえ。
そんな可愛い子供達を見ながら……
ドーバーはもう一度こっそり、深いため息をついた。




