Dosアタック 3
夢の中で、これが夢だって分かってる。
僕は大きな梅の木の下で、木漏れ日に溶け込んだ風として存在してた。
「泣きたいときはちゃんと泣く。
疲れたら、疲れたって。痛かったら、痛いって。
……言えるようにならなきゃな」
シンイチが大きな手で、少年の頭をグリグリと撫ぜる。
――あれは、子供の頃の僕だ。
「でも、痛いかどうかわからないし……
どこが痛いのかも分かんない」
少年がそう言ったら。
「それは心の扉に、自分でも気づかない鍵がかかってるからだよ。
あわてないで、いっこいっこ…… その扉を開けていこうか」
シンイチの言葉が風に舞う。
僕はその流れに紛れるように大気と融合して…… 目を覚ました。
――目を開けると、知らない天井がある。
昨夜の事が、頭の中でクルクルとまわり始めて。
「みえを張って、支配人と話したけど。アレが原因かな」
コミュニケーションが苦手な自分に、あきれ返る。
「あの程度で疲れてちゃ、この先が思いやられるな」
ここにはパソコンもインターネットも無い。しゃべらなきゃ、前に進まない。
僕が何とかしなきゃ、ローラさんも葵さんも、大変な事になる。
「しかも、自分でまいた種だし」
頑張って、気合を入れようとしても……
――全身が重たくって、まるで誰かがのしかかってるみたいだ。
なんとか毛布をはぎ取ると。
「うん、そりゃ重いよね!」
長い青髪のスレンダー美女さんが僕の上でスヤスヤ眠ってた。
「あら、キド様おはようございます」
「エメラルダさん…… どうしてこんなトコに居るのかな?」
「気が付くと何処かから、悲しみの心が溢れておりました。
探してみると、キド様がうなされておりましたので……
――私も神官の端くれです。慈しみの心を持ってそれを鎮めようと」
「そ、そう、 ……ありがとう。
でもどうして、なにも着てないの?」
「神の御業をお借りするとき、神官は服を着ません。
それよりキド様? ここは何処なのでしょう。
昨夜気を失ってから、いったいなにが……」
全裸のエメラルダさんは、可愛らしく首を傾げた。
そして体を起こして、ベッドに座り込む。
チッパイだけどスレンダーで均等の取れたプロポーション。
雪のように白い素肌と、ブルーの大きなタレ目……
あたふたしてると僕の手をそっと取って、エメラルダさんは自分の左胸にあてた。
「ここが最も心に近い場所です。人族や魔人はここに魔術回路を宿しますし。
我らは、精霊神との扉を開きます。
こうしていますと、キド様の記憶や感情を読むことも出来るのです」
手のひらに、胸のポッチが当たって…… 僕が緊張すると。
「ふふっ」と、エメラルダさんが嬉しそうに微笑み。
――さらに強く胸を押し付けてきた。
「まあ、昨夜そんなことが。
では、私もフィーアもキド様に命を救っていただいたんですね。
なんとお礼を申し上げたらよいのか」
そして、更に顔を近づけ。
「サディの申しつけで参りましたが……
昨夜のあの甘美な衝撃と、流れ込んだ清く美しいお心。
そして、勇敢にもレコンキャスタから救い出していただいた手腕と、
――なによりもその優しさ」
もうあと数ミリでキスしちゃうような距離で。
「ちょっと本気になってきたみたい」
そうささやいて、目を閉じた。
僕が完全にフリーズしてたら、突然部屋の扉が開く。
「ねえ、いつまで寝てんのよ、もう食事の準備が整ったから!
あんたも、さっさとリビングまで……」
ローラさんがそこまで言ったら、バカみたいに大きな口を開けて。
僕とエメラルダさんを交互に見て。 ――何も言わず。
「バタン!」と、大きな音を立ててドアを閉めた。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
「だから誤解です!
エメラルダさん、もう一度ちゃんと説明してください!!」
リビングに並べられた食事はとても豪勢で、5人では食べきれそうにない程だった。
しかもテーブルの後ろには2人もメイドさんが控えてる。
コップの水が無くなると、急いで継ぎ足しに来てくれた。
そんな贅沢な朝食だけど……
葵さんとローラさんの視線が冷たく、食事の味が分かんない。
フィーアさんは、そっぽを向いて我関せず状態だし……
エメラルダさんだけが、ニコニコと笑ってる。
僕が林檎と桃が合わさったような果物をとろうとしたら。
「ゴメン」
葵さんに、フォークで刺された。
「ぐわっ!」
手を見ると…… 出血してる。
「まあ、たいへん!」
エメラルダさんがあわてて僕に近付くと、葵さんが無表情全開で僕の手を握りしめ。
「もう大丈夫。
――痛みが10倍になってから治る回復魔法をかけたから」
全身に激痛が走りましたが、怪我は跡形も無くなりました。
「あ、ありがとう」
でも、なんか黒くなったよね、葵さん…… 僕はそこが心配だよ。
「まあ、話は分かったから……
そろそろ昨日棚上げになってた作戦会議しない? メンバーは、コレで良いの」
食後のお茶を飲むローラさんも、まだムッとしてる。
「エメラルダさんとフィーアさんも、命を狙われてるみたいだし。
もうほっとけないから、5人で話し合おう」
「ふーん。あんたも参加するんだ」
相変わらずの冷めた視線でそう言い放った。
いやん、ローラさん。ハバにしないで! ビミョーに傷つくんだから……
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食事を片付けてるメイドさんに、
「この街の地図や歴史書ってないですか」って聞いたら。
観光マップと、聖書と、絵本を持ってきてくれた。
ローラさんが、それをパラパラめくって。
「ここはね、聖書にものってる『伝説の勇者』の生誕の地なのよ。
マップにあるのは、その勇者の由来があるトコかな。
――こっちの絵本は『カエルの勇者様』ね。
その勇者様が、カエルみたいだったからそう呼ばれてるの」
「じゃあ、レコンキャスタはその勇者様を信仰してるの?」
僕の問に。
「逆、逆! レコンキャスタってのは、その当時勇者様と敵対してた魔族の勢力の名前で……
あのマークは、死したカエルなのよ。伝説では勇者様に滅ぼされたから……
――反旗として、あんな徽章を付けてんじゃない?」
「ふーん、復活してなお怒り心頭なんだ」
「ま、今『合同歴2千8百17年』でしょ。
3千年近く前に勇者様も本家のレコンキャスタもなくなったのよ。
……だから、どっちかって言うと思想的な意味かな?」
暦と没歴が同じって事は、前の世界のキリストみたいな聖人なんだろうか。
「本の方は文字の勉強も兼ねたいから、後から読んでくれないかな」
葵さんとローラさんとエメラルダさんが同時に頷く。
――誰かひとりで良いんだけど。
「地図の方は…… 昨日の携帯から逆探知した情報と照らし合わせたい。
襲撃したヤツらの居場所を知りたいから」
僕が通信ログを閉じ込めた青い石と、魔人から奪った携帯電話をテーブルの上に置く。
「とりあえずそれが終わってから、全員の情報共有をしよう。
――葵さん、また魔力を貸して」
葵さんが僕の隣に来て、おもむろに胸のボタンを外し出した。
「いや、あのね、いつもみたいに手でいいから!」
鉄板のギャグなんだろうか?
「ちっ!」
えっ? 今、舌打ちしたよね……
「あの女のは触ったのに」
葵さんは無表情のまま、小声でそう耳打ちすると、ギリギリと僕の手を握りしめた。
――えーっと、けっこう痛いんですが。
なんとか気を取り直して……
地図の距離と方角を合わせながら、青い石のログを線で結んで行く。
葵さんの魔力で可視化された光が一点をさした。
「ここは、教会よ……
魔族を嫌う彼らが、そんなバカな」
ローラさんが不審げな表情で地図を見詰めた。
「昨日ここの支配人と話したときに、探りを入れたけど。
レコンキャスタと森の関係を、彼は知ってたみたいだし。
森でも、人族の魔導士がどうこうって言ってたから…… 間違いないと思う」
――どうやらこの件は、かなり根が深そうだ。
葵さんの手を放して、僕はレコンキャスタの徽章と携帯を並べる。
「実は、この携帯もマークも前の世界で見覚えがあるんだ」
葵さんが、ふと僕の顔を確認した。 ……僕はそれに頷き返す。
「じゃあ、情報共有は僕の話からね。
このマークは、前の世界じゃ『痩せガエル』って呼ばれてた。
――僕はそいつを追い込んで、再起不能にしたんだ。
まあ、相手が個人なのか団体だったのか分かんないけど。
どうやら相当の恨みを買っちゃったみたいだ。 ――僕達を殺すぐらいのね」
そこまで話すと、葵さんが……
――震える手で僕の手をもう一度握った。