最も美しいプログラム
ミキさんが。
「じゃ、またなー! 楽しかったぞ」
と、帰ってしまうと…… 当たり前だけどルビーさんと2人きりになった。
確かに声をかけたのは僕だけど、意図しない方向に爆進してる気がしてならない。
「えーっと、ルビーさんこれから宜しく」
コクコクと頷く彼女に、内心冷汗ダラダラだ。
革のベストを押し上げる胸と、ホットパンツから延びる太ももにどうしても目が行ってしまう。
勝手に脳内カメラがカシャリとシャッターを切る。
――うーん、いよいよ危険度が増して来た。
まず、ローラさんになんて説明しよう。いやその前に、どうしてこうなったか冷静に考え直す必要があるだろう。
問題が発生したときは、初めに戻って間違いの元を探す。
プログラムのチェックの基本だ。
――でもどこが始まりなんだろう?
「どうかした?」
心配そうに覗き込むルビーさんの瞳を、再確認する。
さっき見たハスラーな印象は全く感じられない。気のせいだったかな?
まあ、でも…… 一応確認しとくか。
「さっきの石、ルビーさんの魔力を借りて書き直したんだけど。
あの呪文って見覚えある?」
「呪文? そんなものは見えなかった」
やっぱり、普通は見えないのか……
「言葉や文字ってさ、人と森人と竜人とで同じなの」
「それは同じ。だから、しゃべれてる」
無表情でとつとつと話すけど、会話自体は嫌いじゃなさそうだし。
宿までの道は長いから、少し付き合ってもらおう。
「僕はまだここに来て間もないから、分かんないことが多くって。
いろいろ聞いても良い?」
「いい」
「コンピュータって聞いたことある?」
「ない」
「ソレを操作する命令と、魔力を操作する命令が似てるんだ」
「そう」
「でね、さっき石に書いてあった呪文が、僕の知ってるヤツがよく使ってた命令と同じ内容だったんだ」
「そう」
「それでさ、ふと思ったんだけど。ひょっとして『痩せガエル』って呼ばれる魔法使いとか、いる?」
「いる」
「それ、どんなヤツ?」
「レコンキャスタ。 ――彼らは痩せたカエルの絵を徽章にしてる」
うーん、そー来るかー。
そしてもう1回、ルビーさんの瞳を確認する。
……うーん、そー来るかー。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
借りた部屋の前に着くと、僕は大きく深呼吸した。
「さっき話したけどローラさんは良い人だから、きっと上手く行くと思うんだ」
僕の言葉にルビーさんがコクコクト頷く。
「ちょっと待ってて、先ずは事情を説明するから」
ノックするとローラさんの返事が聞こえたから、そっと扉を開ける。
「ただいま。あのさ、ちょっと紹介したい人がいるんだけど」
ローラさんは僕を見ると、その大きなツリ目をパチリと瞬かせた。
「そう、誰?」
今日の買い物でそろえた装備なんだろうか。
ビキニアーマーって言うのかな?
大きな胸が金属製の鎧におおわれてる姿は…… キャップ萌え?
インパクトがあって、なんだか『美』を感じる。
「今日森であった人なんだけど、事情があって……
――これから一緒に生活しようと思ってる。
もちろん具体的にどうするかは、ローラさんの意見を聞いてからだけど」
僕の言葉に、少し戸惑ってから。
「あ、あたしには決定権なんか無いわよ。
そう言うのはあんたが決めて、命令すればいいから」
「前にも話したけど、ローラさんを奴隷として扱うつもりは無いです。
それよりも、今後どうしたら一番いいか…… いろいろ相談に乗ってほしくて。
まだ、この国の事も良く分かってないから」
ローラさんは、呆れたようにため息をついた。
「分かったわ、で、その紹介したい人って何処にいるの?」
「部屋の外で待っててもらってる。
それから……」
ずっとモジモジしてたローラさんに、思い切って言ってみる。
「その新しい服? 鎧?
ローラさんにとても似合ってますよ、綺麗です」
2番目の父。 ――最初の養父だったシンイチが昔言ってた。
「素晴らしい、美しいと思ったら、声に出して伝えなさい。
特に女性にはね!」と。
最もそれをして、上手く行ったためしがないけど。
なんだか今回は、言った方が良い気がしたから。
「――あ、ありがとう」
ローラさんは消え入るような声でそう言うと、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
やっぱり、言わない方が良かったんだろうか。
「オイラーの等式みたいって意味で……」
どうフォローしたら良いか分かんなくて、ついついそう言ってしまった。
でもこれは、本心だ。
「オイラー?」
「オイラーの等式。
僕がいたところで、最も美しいって言われた数式なんだ。
eiπ + 1 = 0
<自然対数 e 円周率 Π 虚数単位 i 数字の 1 (ないし -1)>
互いにあまり関係なさそうな概念が集まって、
『なんじゃこりゃ~?
こんな式、成り立つ訳ないだろう!』
って言う驚きと。
式の論理的根拠が理解できてくると、
『なんて精密で、意味があって、奥が深いんだろう』
て言う感動が同居するんだ」
ローラさんの頭の上に ?が、3つぐらい並んだ気がする。
「まあ、あんたが喜んでくれるんなら……
お礼って訳じゃないけど、こう言うカッコ好きそうだったし。
それにほら、あたしみたいなスピード重視の剣士には、急所だけガードできる軽装の方が有利だしね……」
そう早口でまくし立てた。
やっぱりチラ見はバレるんだな。以後気を付けよう!
そう言えば僕が小学生の頃、オイラーの等式に感動してたら。
シンイチが、
「じゃあ、最も美しいプログラムって何だと思う?」
って、聞いてきたっけ。
「なにそれ?」
僕の質問に。
「ハート!」
親指で自分の胸をつついて、笑った。
「シンイチはAIプログラムの研究をするより、哲学者か宗教家になればいい」
僕が笑うと。
シンイチも無精ひげをさすりながら、一緒に笑ってくれた。
――僕の数少ない、楽しい記憶のひとつだ。
ローラさんの胸元に目が行くのを堪えながら。
「ハートか……」
ひとり言がこぼれる。
その謎を解き明かすことは、僕には無理だろう。
縁が無いって言うか、まずそのプログラムに触れるチャンスが訪れない気がする。
そっぽを向いてしまったローラさんを見ながら、僕はそう確信した。
■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■
ルビーさんを部屋に通して事情を説明する。
その後、2人は時折笑顔を交えながら話をしてた。
まあ、これなら心配ないかな。
問題は、ローラさんの新しい服はミニスカートのような鎧だから、都合美しい太ももが4つ並んでる事だ。
脳内データベースを検索しながら、ルビーさんの太ももの危険度について考察してみる。
――あの、艶も形もかなりヤバい。
「もういい時間だから、食堂に行こう」
お昼ご飯はミキさんに略奪されたから、けっこうお腹が空いてる。
僕は一度思考を切り替えてから、笑顔で2人に話しかけた。
何時までも太ももばかり見てたら、また前世みたいにキモイって言われそうだしね。
「じゃあ、16歳ならあたしと同じだね。
森から出るの初めてなんだ、これから宜しくね」
ローラさんはお酒を注文してたけど、今日は元気よく肉に食らい付いてた。
「よろしく。 ……ローラ様」
「ははっ! 様はいいよ、ローラって呼んで。あたしもルビーって呼ぶから」
「わかった」
「でも凄い魔力だね、近くにいると感じるモノがあるわ……
――森では上位の魔術師だったの?」
「魔人とのハーフだから、魔力があるだけ。
森では下働きだった」
ルビーさんも結構パクパクと食べる。これは、追加の注文が必要かな?
「いま森で治療を受けてるあの2人は、有名人なの?」
意外と2人で話すより、3人いた方が会話が弾む。
だから、ローラさんに聞きたかった事を質問してみた。
「繰姫パティも、剣王キースも『転生者』よ。
あいつらは、チートって呼ばれる規格外の能力を持ってて……
まあ、強いから有名よ」
「ねえ、転生者って嫌われてるの?」
「なんだろ? 生まれつきの強者だから、嫌われ者が多いかな?
知識も豊富だし、頭の回転が速いのも多いしね。
最近は転生者ばかり集まって、なんかしてるって噂もあるしさ」
「僕も転生者なんだけど」
「あー、確かにそれっぽい話? だけど…… 冗談でしょ。
何人か転生者にあったけど、オーラって言うか、魔力量って言うか。
そーゆーの。全然あんたから感じないもん」
ローラさんは、面白そうに笑った。
――それをどう評価したら良いか悩む。
まあここは前向きに「好意が持てる」と言ってくれたと、理解しておこう。
「ルビーが転生者なら、信じるけどね。森人と魔人のハーフかー。
今まで大変だったかもしれないけど、その生い立ちはこれから凄い武器になるよ!」
ルビーさんの笑顔が、ちょっとだけ歪んだ。
「転生者って、別の世界からの生まれ代わりなんでしょ。
って事は、その前生きてた時と、容姿とかも似るのかな?」
僕の質問に、ローラさんが少し考えて。
「そーね、あたしが知ってるヤツが『子供の頃は別人だったけど、大人になったら前世に似て来た』って、愚痴ってたのを聞いたことがある。
でも、人生を2度繰り返すって、どんな感じなんだろ」
ローラさんが、ぐいぐいとジョッキを空ける。
昨日とは違って楽しい感じの食事だったから、特に止めないで追加のオーダーを取った。
ルビーさんも何か食べたそうな感じだったし。
――確認のため、声をかける。
「ねえ、葵さんも何かたのむ?」
「うん」
コクリと頷いた後に……
――ウソがばれた子供みたいな顔をして、僕を見つめ返した。
うーん、そー来るかー。
この問題を解決するには『最も美しいプログラム』の謎を……
――僕は解かなくてはいけないのだろうか。