よそ様とうちの子08
二人きりの休日など何日ぶりだろうか。どうか誰も邪魔しませんように、とリクスが祈る。
それがフラグだとも知らず。
「サラちゃん、聞いて聞いて聞いて聞いてぇぇぇ!!!!」
チャイムを鳴らすことすらせず、家主のリクスを無視して突っ込んできたのは異世界の女性だった。リビングにいるサラを発見して、肩を掴んで揺らしている。聞いてとばかり繰り返して本題に入る様子はない。
「亜里沙さん……、その、聞いているわ。聞いているから揺らさないで頂戴」
「うわぁぁぁん! サラちゃん! あの馬鹿キセトがぁぁぁ!」
キセトさんがどうしたの?
サラがそれだけ言うのに十数秒かかった。亜里沙が力強く揺さぶり続けたからだ。リクスが亜里沙の腕を掴んで何とか揺さぶるのをやめさせる。
「キセトさんのことなら自分たちで解決してくれないか。俺たちは休日を楽しんでいて――
「男は黙ってて!」
サラに抱きついて離れようとしない異世界の女性、愛塚亜里沙はぴしゃりと言い放つ。家主であるリクスに対してひどいいいようだ。
「キセトがひどいの! あの馬鹿! 付き合いだした記念日に仕事入れやがった! ありえない! ありえなーーーい!」
サラに抱きついて、離れるどころかグリグリと顔を押し付けている。よほど荒れているのか、聞いてる? とありえない! ばかり繰り返している。
「亜里沙さんはどうしてほしかったの?」
引き離すことを諦めたサラが話を進めるために質問するが、亜里沙は突然拗ねた。先ほどまではキセトへの怒りを叫んでいたのに、突然静かになって言いにくそうにしだしている。
「一日空けろとは言わないから……、夜だけでもデートとかしたかったの。なのに用事聞いたらすでに埋まってるのよ!? 信じられない!」
「それだけ?」
「……依頼主が美人だった、って連夜君が言うんだもん。私、お世辞にも美人とは言えないし。キセトだって美人のほうがいいのかなーとかありえもしないこと考えて勝手に傷ついちゃったの! でもキセトなら否定してくれると思ってたんだもん。美人だったっけ? とかそんなこと言うと思ってたの! そしたらね、聞いたらね? 『確かに美人だったよ』って! なにそれ、なにそれぇぇぇ!!」
「あらあら」
再びキセトへの怒りに燃え出した亜里沙は、またサラを揺さぶり始める。サラにはどうしようもなく素直に揺さぶられておいた。
「ぐすん……。羅沙にいたらすぐキセトに居場所分かっちゃうんだもん! 一晩でいいの。泊めてくれないかしら?」
「どうしましょう、リクス」
何度も言うがこの家の家主はリクスだ。この家に泊まる泊まらないをサラが決めるわけにはいかない。
「駄目だ。今すぐ帰って仲直りしてくれ。そしてこれからはそういうときに俺たちと関わらないでくれ」
休日を潰されたリクスの反応は冷たい。亜里沙は次はリクスに泣きついた。サラ相手の時のように抱きつきはしなかったが。
「うわーん! せめてサラちゃん連れてきていいかしら! ひどいって言ってキセト殴ってきちゃったんだもん! 帰りづらいよぉ!」
「サラも巻き込むな!」
「リクス、普段からキセトさんたちとは仲良くさせてもらっているんだから、それぐらいなら私はするわ」
「サラちゃーーーん! ありがとう!ありがとーーー!」
リクスに詰め寄っていたのは幻かと思うほど簡単にサラに戻った亜里沙は再びサラに抱きつく。コレを機会に抱きつきたいだけではないかとリクスが思うほど切り替えが早い。
「付いてきてくれる? サラちゃん、途中で帰ったりしないでね?」
「わかったから、行きましょう? キセトさんだったらすぐに仲直りできるわ」
「そうよね? そうだよね!? たとえ馬鹿と叫びながら腹部を握りこぶしで殴った後に大嫌いと罵倒したとしてもすぐに仲直りしてくれるわよね!?」
「それは……、どうかしら」
「キセト君がかわいそうだから早く帰ってあげなさい……」
サラとリクスにすら本気で落ち込むキセトの姿が浮かぶ。主に大嫌いという言葉に対して。
そもそもそこまですることでもないだろうに。
「実はこの家に来るまでに出会ったニックって言う人にキセトを説得して欲しいって言っちゃったの……。ニックさんにも申し訳ないから、帰ろうとは思うんだけどね」
「……次からは本当に関わらないでくれよ。特に痴話喧嘩のときは」
「早く行きましょうか。ニックが可哀想だわ」
ごめんねと謝る亜里沙も流石に申し訳なさそうだ。帰りにくかっただけらしい。
* * *
「おー、見事に死んでる」
なぜかニックがナイトギルドに向かうことになって数分。
無事到着したニックが一番に見たのは、灰になっているともいえるキセトだ。机の上でのびきっている。男にしては長い髪も机の上でぐしゃぐしゃになっていた。
「あ、兄貴じゃん。お久しぶり」
その横でいつも通りの晶哉がニックを迎える。なんでこんなところにいるんだよ、と聞かれる始末だ。そんなことニックが知りたい。
「よっ、ショー。で、なんでこのガリガリ、見た感じから落ち込んでるんだよ」
「んー、夫婦喧嘩?」
「なんだよそれ。俺帰っていいかな」
「まーまー。このギルドのやつらはめんどくさいこと関わりたくないし、あの女帰ってくるまでよろしく」
ニックの肩を軽く叩いた手と、すぐに立ち去った晶哉。
異世界の地で夫婦喧嘩で落ち込む夫を慰めるなど、なぜ、なぜニックがしなければならないのか。
「はー。まぁあんたんとこの奥さん、リクスの家に向かってたから、変なことに巻き込まれることはねーだろ。サラとリクスと俺が巻き込まれてるけど」
「……スイマセン」
「喋った!? まぁサラとリクスなら帰るように言うだろうからそのまま待ってろよ」
「……スイマセン」
「おーい? 死んでないかー?」
「……スイマセン」
「駄目だ。死んでる」
「……スイマセン」
声に反応して謝るだけの人形が机の上でのびている状況に、ニックもため息を漏らさずにはいられない。いつまでこの状態でいなければならないんだ。
「キセトさん? いらっしゃる?」
入り口からした声は、この凛とした且つ女性らしさを兼ね備えている美しい声は。
「サラ! 待ってた! 今日ほどサラが恋しかった日はなかったぐらい待ってた!」
「キセトさん、倒れてるの?」
「…サラ? 俺は?」
「あらニック。キセトさんはどうなっているの?」
「あ、うん…。反応無し。たぶん死んでるな」
無視しているわけではないあたり、わざとではないのだろう。逆に辛い。
「キセトー? キー君? きーせちゃん?」
サラの後ろから顔を出した亜里沙は探り探り声をかける。ニックがなにその位置、羨ましいと叫んだのは女性二人に無視された。追加でキセトにも無視された。
「亜里沙ぁぁぁぁ!」
「うわっ!? さっきまで死んでた癖に」
「亜里沙ゴメン! 仕事キャンセルするから! 何がいけなかったのかよくわかってないから、そこから教えてくれ! もう二度と同じ理由で亜里沙を悲しませないと誓うから!」
「うわぁーーん! 私もごめんなさーーい! おなか殴ってごめんね! 馬鹿なんて言ってごめん! 嫌いじゃないよ大好きだよ!!」
一目会えばこの通り仲直りするのなら、巻き込まないで欲しい。
それは遠く離れたところにいるリクスも同じ思いだろうに。
「……夫婦喧嘩」
「帰りましょうか、ニック」
「俺たちも夫婦喧嘩する?」
「私たちが喧嘩しても夫婦じゃないわ。ただの喧嘩ね」
「……そうだな」
キセトと亜里沙が一段と仲良くなった喧嘩だが、サラとリクスの二人っきりの休日は潰され、ニックはサラに冷たくあしらわれて傷ついただけだった。
サラはともかくニックとリクスは、これからはもう巻き込まれませんようにと祈ったという。




