こかげ⑤
~バレンタインといえば~
「バレンタインかぁ・・・」
「・・・どうしました?」
「あ、熊さん!
おはようございます!
・・・そういえば、ずいぶんとお久しぶりでした?」
「おはようございます。
ええ、ちょっと、シェイディアード様に・・・」
「ジェイドさんに?」
「いえ、何でもないです。
・・・小鳥の餌付け、慣れましたか?」
「はい!おかげさまで。
・・・いいですよね、癒されますよねぇ・・・」
「ええ、小鳥は可愛いです」
「熊さんは・・・」
「くま・・・」
「ん?」
「あ、いえ、何でしょうか」
「お屋敷の、どこで働いてるんですか?」
「・・・それは、勘弁して下さい」
「ええ、どうしてー?」
「そんなに大したことはしてないんです、俺」
「・・・うーん、まぁ、じゃあ、いいです。想像しときます」
「ええ、そうして下さると助かります」
「熊さんは、小鳥が好きなんですねぇ」
「え、ええ。可愛らしいですから」
「つかぬ事をお聞きしますが・・・」
「はぁ・・・」
「男の人にあげる、手作りのお菓子、何がいいと思います?」
「それは、シェイディアード様にですか?」
「うーん、そうですね。ジェイドさんにも。皆さんにも」
「・・・それなら、明日の朝にレシピの本をお貸しします」
「ほんとに?!
ありがとうございます!
・・・あ、ジェイドさんが呼んでる」
「どうぞ」
「じゃ、お願いします!
行って来ます熊さん!」
「・・・あれ、でも何で熊さんがレシピ本・・・?
まいっか・・・ジェイドさーん、お待たせ~!」
「はい、どーぞ♪」
「ありがとう。
おや、今日はカップケーキじゃないんですね?」
「うん、熊さんにレシピ本借りたからね、新しいのにチャレンジしたんだ」
「・・・熊さんというと、あの、小鳥の餌付けの彼ですか・・・」
「うん、そう。
この前久しぶりに朝のお庭で会って・・・で、相談したら貸してくれたんだ」
「相談・・・?」
「・・・あ、えっと・・・その・・・」
「何です、やましいことですか」
「や、あの、ジェイドさん、近い近い、近いってば!」
「何です、言いなさいつばき」
「・・・だから、何をあげたら喜ぶか相談したの!」
「え?」
「ジェイドさんが、喜びそうなお菓子が何か考えてたから・・・」
「・・・なるほど。ありがとう、つばき」
「うん。ジェイドさん、顔が怖い」
「気のせいです。明日の朝は絶対に庭に出ないようにして下さいね」
「えええー?」
「それで、あんなに大量に作ったんですか?私に?」
「ううん、あれは皆さんの分」
「・・・私のじゃないんですか?」
「え?
ジェイドさんのは、あげたじゃない」
「・・・うーん・・・?」
「あ、そっか。
あのね、バレンタイン・・・知ってる?」
「いいえ、何ですそれ。美味しいんですか?」
「違う違うっ。
あっちの世界でね、チョコを配る日があるんだ。
こっちの、いつなのか分からないけど・・・思い出したから、配ろうと思って」
「皆に?」
「・・・ジェイドさんのは、特別なラッピングしたでしょ?
全っ然見なかったみたいだけど」
「あ」
「せっかく書いたのに見ないとか、ありえないー。
ジェイドさんのだけメッセージつけたのに!」
「・・・なるほど」
「ぅわっ、ちょっ、」
「暖炉の前、暑くないですか?」
「え?!」
「ほら、首も額も手首も熱いですよ。
ちょっと冷やしましょうか」
「いや、大丈夫!
押し倒す必要ないよね?!」
「おや、顔が真っ赤ですよ?
これは大変ですねぇ」
「それはっ、ジェイドさ・・・ひゃぁぁっ」
「だって、書いてありましたよ?」
「あれで、何でこうなるの?!」
「・・・ジェイドさんのために心を込めて作りました。食べて下さい・・・って。
だから、美味しくいただこうかと思ってますが、何か?」
「超都合よく受け取ったね?!」
「ちょう・・・って、何です?
意味の分からないことは言わないように。
言い残すことはないですね?
・・・じゃ、いただきます」
「うそっ?!」
「ほんと」
「んーぅぅーっ!
・・・ぷはっ・・・」
「こういうのも、いいと思いません?」
「う、あま・・・っ」
「えー、美味しいって言って下さいよ」
「む、んぅ・・・ん・・・」
「・・・ずいぶん大人しいですね?
本当に食べられちゃいますよ・・・?」
「んー・・・ジェイドさ・・・?
うぇ・・・なにこれ・・・にがぁい・・・」
「・・・まさか。
これ、お酒入ってますか?」
「ん~・・・?」
「・・・ああもう・・・。
駄目ですよ、つばき・・・こんなとこで寝ちゃ・・・よっ、と・・・」
「ん・・・Zzz・・・」
「・・・あなた、何て物を貸してくれたんです」
「す、すみませ・・・」
「つばきにはアルコール厳禁ですからね。
私を苛めて楽しいですかあなたは・・・」
「・・・はぁ・・・すみません」
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「こかげ」つばきとジェイドのバレンタインでした。
つばきのバレンタインは「チョコを配る日」なのだそうです。
そして、熊さんは一体何者なのか・・・。
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~匂いが消えると~
「そういえばさ」
「ん?」
「あんた、いつだったか子守ちゃんに匂い消されてたよね」
「ああ・・・あれには、かなり参った」
「でも、無事に結婚したじゃん」
「・・・それは、お互い歩み寄ったからだと思うぞ。
何もなく上手くいくわけがないだろ」
「・・・何の話をしてるんです?
はい、お茶どうぞ。
ああ、そのラグの上は土足禁止ですよ。つばきが転がるので。寝る前に」
「お前、リアと何してるんだ・・・」
「え?
いたって真面目なお付き合いをしてますよ?
何です、ミナの従姉妹だからってあなたが兄貴面しちゃうんですか?」
「そういうことじゃなくてだな・・・」
「なーなー、ジェイドはさ、」
「はい?」
「雑用ちゃんに、匂い消されたことある?」
「・・・聞いてどうするんです」
「あるのか?」
「エルあなたまで・・・」
「あるんだ・・・」
「ええありますよ。いけませんか」
「いやー、ちょっと意外・・・」
「いつだ?
・・・あ、あれか・・・あの、紙切れの件か」
「そうですっ。
・・・あの時は、本当に驚きました。
まだ番でもないわけですから、匂いが消えることは想定内でしたけど・・・。
帰って来て彼女の部屋に行ったら、自分の匂いがすっかり消えてるんですから。
・・・いなくなったのかと錯覚しました。恐怖ですよ、あれは」
「紙切れって、あの、紅と白から1名ずつ処分されたってやつ?
・・・ふぅーん・・・あんなに懐いてるのにな。意外・・・」
「だから、お前も頭を冷やせと言ってるんだ」
「そうですよ。
ルルゼさん素直な良い子ですから、拗れたら面倒そうじゃないですか」
「・・・分かってるよ」
「ま、つばきが話を聞いてくれてますから。
連れ出してくれたら、ゆっくり話をすればいいでしょう」
「・・・彼女たちが結託しないといいけどな」
「え、そんな可能性もあるの?」
「あー・・・ロウファがつばきに嫌われてると、起こり得ますよね」
「えええ・・・!」
「だからいつも、つっかかるなら相手を選べと言っているでしょうに・・・」
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「こかげ」61話、つばきとルルゼが部屋で話をしている間の、ジェイドさん、シュウ、ロウファの会話。
実は紙切れのショックで一度、つばきはジェイドさんの匂いを消していたことが判明。
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~補佐官殿の、知られざる戦い~
「・・・お姉ちゃんが戻ってきたら、ってことで!」
「そんなぁ・・・」
「そうなんですっ。
今はそれに集中したいんだもん」
「それって、万が一失敗したら、半永久的にお預けってことですか?
つばきが良しと言うまで?」
「・・・何でそういうこと言うかな」
「仮定の話ですよ。
そうなるだなんて、誰も思っても望んでもいないでしょう」
「もし・・・もしそうなったら、泣くだけ泣いて・・・」
「つばきが?」
「うん、たぶん泣いちゃうと思う・・・」
「それは困ります。
泣いても可愛いでしょうから、個人的には大歓迎ですが」
「・・・じゃあ絶対泣かない。ジェイドさん嫌い」
「はいはい、ちゃんと上手くいきますから。ね?」
「ほんとに・・・?」
「ほんとです。
戻ってきたら、何をしましょうか」
「お姉ちゃんが戻ったら?」
「そうですよ。
久しぶりの再会でしょう?
何か、一緒にしたいことはないんですか?」
「したいこと・・・かぁ・・・。
まずは、謝るでしょ?」
「何を?」
「私、お姉ちゃんの話、ちゃんと聞かなかったから。
・・・大事な人のこと否定されたら、傷つく、よね・・・」
「じゃあ、謝った後は?」
「うん、と・・・。
お買い物、かな?」
「買い物・・・」
「そう。ベビー用品そろえなくちゃね。
女の子だったら、レースのいっぱい付いた可愛いので・・・」
「それは、エルが張り切ると思いますよ?」
「あ、そっか。
じゃあ・・・」
「それに、」
「ん?」
「そういうのが欲しかったら、喜んで買ってあげますよ?
その前に、必要なことがありますけれど、ね」
「・・・今、何かすごい色気を振りまいた?」
「おや、分かりましたか?
何なら今すぐでもいいですよ?
幼馴染として一緒に育てたりも出来ますよね?」
「・・・だからそれはっ」
「分かってます。
ちゃんと待ってますよ」
「・・・は、ハイ・・・」
「・・・ほんと、自分の鋼の理性に感服します・・・」
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「こかげ」65話と66話の間の会話。
誰も知らない、彼の静かなる戦い。
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