冬の夜に、暖炉の前で(春を運ぶこかげの花より)
「・・・そういうわけで、祈りの夜、というんです」
ジェイドさんが話してくれた内容に、私は相槌を打った。
「ふぅん・・・あ、ふぅ・・・」
欠伸が出てしまうのは、お腹の中ですやすや眠ってる双子のせいだ。きっと。
大きく口を開けるとジェイドさんのお小言が飛んでくるから、咄嗟に噛み殺すのは忘れなかったけど・・・。
寒い寒い、雪の降る夜。
キャンドルを灯して、老若男女が祈りを捧げる。
家族の幸せ、恋人との未来、自分の将来・・・祈りはそれぞれの自由らしい。
歴史的背景はうろ覚えだけど、こっちの世界の人達は、その日を“祈りの夜”と呼ぶんだって。
ちなみに昨年の祈りの夜は、“ジェイドさんと陛下が共謀してシュウさんをからかって、二次被害に遭ったお姉ちゃんが、主犯2人をねちねちお説教した”という逸話が残ってるらしい。
・・・これは、どうやらシュウさんが私に告げ口する前に懺悔しようと思ったみたいで。ついさっき、ジェイドさんの口から聞いた話。
話が脱線してしまった。
夏に双つの命を授かった私は、雪が舞う頃にはすっかり悪阻も治まって。
出産は春と夏の間あたりになるはずなのに、すでにお腹がぽっこり。
お姉ちゃんの妊婦姿を見てた時は何とも思わなかったけど、いざ自分のお腹が膨らんでくると、ちょっと複雑。
出産の後、ぶよぶよのお腹を元に戻せるのかどうか、とか。
・・・だって、ジェイドさんが私のこと女として見てくれなくなったら困る。
というか、そんなの寂しすぎる。家出決定だ。
そんなママの心配をよそに、双子ちゃんは2人一緒で狭くて喧嘩してるのか、それともじゃれ合ってるのか、時々胎動らしきものも感じられるようになった。
「・・・つばき?」
大好きな暖炉の前で、大好きなジェイドさんに寄りかかって。
これ以上ないくらい安心出来る場所に収まった私は、当然眠くもなるというもので。
爆ぜる炎を眺めて、ぼんやり回想に耽っていたら耳元で囁かれて、私はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
起きてますよ、のサインのつもり。
だけどジェイドさんは、そっと息を吐きだした。
「すみません・・・。
本当は夜更かし、体に負担なんですよね」
「・・・ん。
でも、ぜんぜん平気・・・」
私は重くなった頭を、ゆっくり振る。
忙しいジェイドさんと、久しぶりにこうして2人の時間を過ごしているのだ。
それなのに寝ちゃうなんて、もったいない・・・はず、なんだけど。
ジェイドさんの手が緩やかに私の髪を梳くから、それが気持ち良くて仕方ない。
くっ付いてるだけで体から力が抜けてしまうのに、その上優しい声で囁かれたりしたら、もうノックアウト寸前。
「子ども達は、もう寝ちゃいました・・・?」
下りてきそうな瞼に力を入れて、私は首を巡らせた。
「分かんないけど・・・うん、さっきから静かだから、寝てるかも」
私の言葉に、空色の瞳がやんわりと笑みを滲ませる。
そうやって柔らかく目を細めて笑むたびに、目じりに皺が寄るところ、大好きだ。
・・・最近の働き過ぎで、皺が増えたような気がしないでもないけど。
半分見惚れていると、ジェイドさんがそっと口を開いた。
「そうですか。
・・・では、遠慮なく・・・」
「え?」
やたら嬉しそうな声で言うから、どういう意味なのかと口にしようとしたら。
ちゅー・・・。
言葉通り遠慮なくキスされた。長々と。それも頬に。
「・・・ジェイドさん、蚊じゃないんだからさ・・・」
思わず呟けば、彼は口を尖らせる。
「だって本気でキスしたら、自分の首を絞めることになっちゃいます」
「うーん、それはなんていうか・・・」
眉毛を下げた私を、彼は後ろから抱きしめた。
そして髪に鼻先を埋めて、くぐもった声で言った。
「病院の先生は、無理のない範囲でなら大丈夫だ、って言ってましたけど。
でも、やはり罪悪感が。
手を出してしまったら、お腹の子ども達に怒られそうで・・・」
・・・確かに。
それに、欲情したジェイドさんに襲いかかられたら、子ども以前に私がどうにかなっちゃうような気が・・・。
そうなったら大変だ。
「う、うん」
もう眠気なんか、一気に吹き飛んでしまったみたいだ。
私は頷いて、手を伸ばした。
無精ひげでザラつく顎を、そっと撫でる。
「えっと・・・じゃあ夏、じゃ早いか・・・秋まで待っててね」
するとジェイドさんは、言葉に詰まって絶句した。
そして、ゆるゆると息を吐く。
「はぁぁ・・・先は長いですねぇ。
世の父親達が、これを乗り越えてきたかと思うと脱帽します。
今なら、エルもアッシュも尊敬出来そうです」
零れ落ちた弱音に、私は思わず噴き出した。
「酷いです」
ジェイドさんが、むっとした声で言う。
「仕事に打ち込んで、なるべく考えないようにしてるのに」
回された腕が、きゅっ、と力を込めた。
もちろん、お腹を締め付けないように気遣いながら。
私はそんなジェイドさんの腕に頬ずりして、囁いた。
「・・・ごめん。
でも、お腹が大きくなっても、私のこと女性として見てくれてるんだね」
嬉しくて、抑えた声が静かに弾む。
すると彼は私の耳を、はむ、と啄んだ。
歯は立ててないはずなのに、甘い痛みが広がる。
「当然でしょう、何言ってるんですか」
半分呆れたように言われて、私は口を尖らせた。
「だって、どんどん体がボテボテしていくんだもん・・・」
「体の変化は、子ども達が順調に育っている証拠ですよ?
良いことじゃないですか」
苦笑混じりのジェイドさんが、ぽっこりしたお腹を撫でる。
それは、ものすごく幸せな光景で。
・・・今なら、話しても平気かも・・・。
温かい気持ちに後押しされて、私は口を開いた。
「それは、そうだけど・・・。
世間では、妊娠中は夫が浮気する、なんて話もね・・・」
「有り得ません」
・・・ですよね。ジェイドさんなら、そう言ってくれるって信じてたよ。
頬が緩むのを止められない。ニマニマしてしまう。
私の言葉を遮ってキッパリ言い放ってくれた彼は、息を吐き出した。
「妻の体の変化が原因で浮気するなんて、体に欲情してるだけでしょう。
我慢が限界で浮気するのも、修行が足りないだけです。下らない。
まったく、私をそんなのと同列に扱わないで欲しいものですねぇ」
あけすけな口調に、熱が混じっているような気がする。
だけど次の瞬間、彼は声を落として囁いた。
「体だけじゃなくて、あなたの全部を我慢してるんですから」
「ぜんぶ・・・」
ほのかに灯った熱に浮かされるようにして、私は口の中で繰り返す。
すると彼は、ほぅ、と熱を逃がすように吐息を漏らした。
「そうですよ、まるっと全部。
今はこの子達に譲っているだけで、本当は私のなんです」
ジェイドさんの手が愛おしそうに、おへその下を撫でる。
彼のひと言が嬉しい。
手のひらの感触がくすぐったい。
ふたつが一緒に押し寄せて、私の口から笑い声が零れ出た。
「譲ってる、って・・・!」
言いながら、声が弾む。
「何が可笑しいんです?」
咎めてるような台詞を吐いたジェイドさんの声は、ちょっと楽しそうだ。
ぱちぱち爆ぜる暖炉の音も、耳に心地よく響く。
「だって、ジェイドさん、子どもみたいなんだもん」
「・・・その口が言いますか」
思わず素直に言葉を並べたら、彼に、両手で頬を摘ままれた。
「ふぇぇ」
ふにふに伸ばされて情けない声を上げたら、すぐに彼の手が離れていく。
私は、痛くもないのに頬を擦って呟いた。
「もう・・・なんで抓るかなぁ・・・」
するとジェイドさんが小さく笑って、横から私の顔を覗き込んだ。
間近に迫った空色の瞳が、柔らかく細められたのが見えて。
「・・・それはね。
こういうことを、するためですよ」
言葉と一緒に、唇が降ってくる。何度も、何度も。
繰り返されるキスがくすぐったくて、私は身を捩った。
喉の奥から、笑い声なのか悲鳴なのか分からないものが溢れてくる。
・・・それなのに、なんだか物足りない。
私は、わざとらしく頬に音を立ててるジェイドさんの口を押さえてた。
動きを止められた彼の眉が、訝しげに皺を寄せる。
「む?」
くぐもった声と熱い吐息が当たって、私はそっと手を離した。
するとジェイドさんは、やっぱり怪訝なカオをする。
彼の探るような視線に晒されて、頬が熱い。
私は目を逸らさないように頑張って、口を開いた。
「ジェイドさん。
・・・こっちに、して」
そう言った私が自分の唇を指差した瞬間、ジェイドさんが目を瞠る。
そして、すぐに困ったように微笑んだ。
伸びてきた手が、私の頬を撫でて、包む。
顔が熱い。暖炉にあたり続けて、火照ってしまったみたいだ。
「まったく・・・」
甘く微笑んだジェイドさんは、ため息をひとつ。
「困った子ですねぇ・・・」
詰ってるクセに、我慢する気なんかさらさらないカオをしてる。
そんな彼は、ゆっくりと顔を近づけて。
ふわりと雪を溶かすような、優しいキスをくれた。
何度も何度も、角度を変えて。啄むように。
そんな夜をいくつも過ごして、庭の雪が溶け、新緑が目に眩しい季節になった頃。
私は元気な男の子と、女の子の双子を出産したんだけど・・・。
それはまた、別のお話。




