渡り廊下①
~新居1日目の夕暮れ前に~
「あ、」
「どうした?」
「雪、降ってきたみたい・・・」
「ああ、今日は冷えたからな」
「引越し、雪が降る前に終わって良かったね」
「そうだな。
・・・初雪か・・・今年は少し早い気がするな・・・」
「そうなの?」
「毎年、冬の渡り鳥がやって来た後だったと思うが・・・」
「そうなんだ・・・」
「ま、こんなこともあるだろ」
「じゃあ尚更、蒼の騎士さん達に手伝ってもらって良かったね。
こんなふうに雪が降ったら、足元が危ないもの」
「・・・そうだな」
「もしかして、怒ってる・・・?」
「何をだ」
「寝室に荷物運んでもらったこと、とか・・・」
「別に・・・」
「・・・だって、シュウ1人じゃ大変だと思って」
「・・・確かに時間はかかるが、それだけだ」
「それは、分かってたよ?
シュウは強いし、体力あるもの。
でも、時間がかかっちゃったら、私達がゆっくりする時間もなくなっちゃうじゃない・・・」
「ああ、分かってる。
これはちょっとした・・・、」
「・・・?
ちょっとした、なあに?」
「・・・つまらない嫉妬だ」
「・・・っ」
「匂いがするんだ」
「えっ?!」
「・・・違う、お前に匂いが移ってるわけじゃない。
そんなことする勇気のある奴は、ウチにはいないだろう。
・・・寝室に入ったら、複数の匂いが残っていた」
「・・・そうなの・・・?」
「ああ、その場にお前もいたし、いろいろ想像したんだろ・・・若いから。
特にこの・・・毛布とシーツから匂う」
「・・・?!」
「そういえば、最近子守殿が艶やかになったと、若手が囁いているのを耳に挟んだことがあったな」
「な、なまなましすぎる・・・」
「確かに、生々しいが・・・。
そうしたのは俺だからな。いい仕事をしたと思うが」
「なに言ってるの・・・?!
もう恥ずかしくて蒼の本部行けないよ・・・!」
「・・・まあ、次に手を借りたい時は、妻帯者を選抜するべきだな。
・・・若くて血の気が多そうなのよりは、いくらかマシだろ」
「うん・・・そうだね・・・。
なんかどっと疲れが・・・」
「それから・・・」
「え?」
「手伝いに呼んだ奴らに、何か渡していたな?」
「え?
あ、うん、シュウがお礼にいくらか渡してたのも知ってたんだけどね。
焼き菓子を少し包んだの。
・・・ダメだったかな・・・?」
「いや、それはいい。
でも、メッセージカードは必要ない」
「・・・見たの?」
「たまたま見えた」
「・・・もしかして、ヤキモチ?」
「笑ってもいいぞ」
「ほんとにもう・・・」
「ところで、」
「ん・・・?」
「夕食は、どうする?」
「・・・うーん、まだ入りそうにないかも・・・」
「なら・・・」
「え?
・・・きゃ、わっ!」
「夜がやって来る前に、寝室の環境を整えておくか」
「え?え!?」
「悪いな。
あいつらの匂いがすると、苛々して落ち着かないんだ」
「い、いらいら・・・?!」
「ああ。正常な判断が出来なくなる前に、なんとかしたいんだが・・・。
協力、してくれるよな?」
「あっ、あのっ?!」
「ほら、いつまで目を開けてるんだ」
「ええっ・・・んん、んぅぅー(ちょ、待ってーっ)・・・っ!」
++++++++++++++++++++
「渡り廊下」小話【彼の秘密】と【祈りの夜】の間の会話。
どうやら蒼の騎士団から若手を引っ張ってきて、引越しのお手伝いをお願いしたようです。
どこに魔王スイッチが隠されているのかミナが学習するのは、きっと、もっと先になるんでしょう。
++++++++++++++++++++
~祈りのあとに~
「・・・シャワーを浴びてきたのか」
「うん、おはよ」
「おはよう。
・・・体の具合は、なんともないか・・・?」
「もうくたくただよ・・・。
シャワー浴びるのにこんなに疲れたの、初めてです」
「そうか、悪かった」
「嬉しそうに言わないでね・・・。
うーん・・・それにしても、おなかすいたね」
「ああ、昨日は夕食を摂るのを忘れていたな・・・。
すまない、あそこまで精油が効くとは思わなかった・・・」
「・・・うん、もういいよ」
「せっかく用意しておいてくれたのに、悪いことをした」
「スープは温めればいいよ。
サラダもまだ食べれると思うし・・・」
「・・・なら、先に何か温かいものでも飲むか?
朝食の準備が出来るまで、お前はもう少し横になっているといい」
「そういえば、なんで陛下とジェイドさんはシュウにあんなの飲ませたんだろうね?」
「ああ、それは・・・」
「ん?何か知ってるの?」
「俺が尋ねたからかも知れないな。
騎士団で話題になっていたんだ、その精油のことが」
「・・・蒼の騎士団って、いつもそうなの・・・?」
「いや、違うんだ。
最初はまともな話だったんだ、一応」
「ならいいけど・・・それで、シュウがジェイドさん達に訊いたのね?」
「ああ。
興味があると言ったから、用意してやると言われた」
「・・・興味があるって言ったの?!」
「そうだ。
男は皆、興味があると思うがな。
・・・まさか、飲まされるとは思ってもなかったが・・・」
「・・・ああもう、とにかく、あの精油はもう禁止します!」
「まだ残っているんだ、もったいないだろう」
「・・・禁止なの」
「・・・俺はまた使いたい」
「ダメ。ゴミの日に捨てます」
「結構高かったんだぞ、あいつらにふっかけられた」
「・・・嘘でしょ・・・」
「それにミナも、それなりに楽しんでいたように見えたが・・・」
「た、たの・・・?!
そういうこと、思ってても言わないの!
・・・シュウの馬鹿・・・!」
「・・・悪い」
「もう絶対に使わないからね!」
「・・・どうしても?」
「どうしても!」
「・・・まだ怒ってるのか・・・?」
「・・・・・・・」
「・・・ミナ・・・?」
「・・・・・・・」
「これで機嫌を直してもらえないか・・・?」
「・・・なにこれ?」
「ストールだ。女性は髪を結い上げているから、首元が冷えやすいだろうと・・・」
「・・・これも、蒼騎士たちの入れ知恵?」
「いや、これは俺が1人で選んだ」
「ひとりで?」
「ああ。
想像するのは俺1人で十分だろう」
「・・・これを売ってるお店に1人で入ったの?」
「そうだ」
「・・・いつ?」
「仕事の合間に」
「制服のまま?」
「ああ、祈りの夜に渡そうと思っていたんだが・・・」
「・・・そっか、そう、だったんだ・・・」
「ん?
どこに行くんだ」
「うん・・・ちょっと、忘れ物」
「・・・はいこれ、私からもプレゼント」
「プレゼント・・・」
「うん。本当は、昨日のうちに渡す予定だったの・・・」
「そうか、ありがとう」
「うん・・・。
シュウも、ありがとう」
「ああ・・・気に入ってくれたなら良かった」
「うん、綺麗な色だね・・・」
「一番似合いそうな色を選んできた」
「ありがと・・・。
私も、制服の時寒そうだからマフラーにしたの。
ちゃんと暖かくして、ずっと元気でいてね」
「・・・年寄りに言う台詞だな、それは」
「でも、ずっと元気でいて欲しいの。
ずっと一緒にいて、2人で長生き出来ますようにって、祈ったんだけど・・・ダメ?」
「・・・昨日の祈りか」
「うん・・・シュウは、何も祈らなかった・・・?」
「祈っても、何かが変わるものではないと思っていたからな」
「またそういう、夢も希望もないことを・・・」
「でも」
「でも?」
「・・・今年は、祈りたいことが沢山できた」
「たくさん・・・」
「祈りの数だけ、と思って用意したら、キャンドルがこんなことになってしまったがな」
「・・・それは、なんていうか、いきなりですごい量の祈りになったね・・・」
「祈りは、現実逃避に似たものだと思っていた。
・・・だが、本当に祈りたいことがあると、人は変わるんだな」
「シュウは、変わったの・・・?」
「ああ・・・変わったな。
こうでありたい、こうなったらいい、そう思うことが増えた」
「・・・そっか」
「嬉しそうだな」
「うん、嬉しいよ。
来年はもう少し忙しさも緩むだろうから、2人で祈ることを考えようね」
「ああ、そうだな。
・・・それじゃあ、支度をしたら出かけるか。
そろそろ結婚指輪を注文しに行こう」
「・・・うんっ」
++++++++++++++++++++++++++++++
「渡り廊下」小話【祈りの夜】翌日の会話。
途中ミナが、精油に振り回される原因がシュウの抱いた興味にあったと知って、機嫌を損ねる場面も。
こんなちょっとした喧嘩もありながら、2人は新居での生活を始めました。
このあと2人は、春に控えている結婚式で必要な結婚指輪を注文しに行きますが・・・。