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第3話 弟子にして下さい

 ――今から十年前。

 まだあの子が、魔法の“ま”の字も知らなかった頃の話だ。

 

 コンコンコン

 

 棚の薬箱に積もった埃を払い終え、朝の店番を始めようかと思ったところだった。


 ここはタキンチ村で唯一の魔法使い──魔法オババの家兼店舗。

 朝の空気はまだ少し冷たく、薬草の乾いた香りが鼻をくすぐった。

 棚には数々の魔道具や乾いた薬草、それに少しばかりの護符が並び、朝の光が木の床を斜めに照らしていた。


 表のプレートはまだオープンにしていなかったはずだが、小さい体で一生懸命扉を開けて男の子が入ってきた。

 その姿があまりにも一途で、思わず手を止めてしまった。


「おや?レイかい。今日はお使いかい?」

 

 あたしは村の外から魔道具なんかを仕入れているんだが、粗悪品は危ない。

 だから検品と注意喚起は欠かせないのさ。


 仕入れ先はあたしに恩を感じているようで、粗悪な物などありはしなかった。

 だけれど、そうだとしても危険が全くないわけではないため、検品と村人への注意喚起は必須だった。 

 そんなマジックアイテムを親のお手伝いで子供が買いに来ることは珍しいことでもなかった。

 

 今回もまたそんないつものお使いだと思っていたのだが、その予想は裏切られた。

 

「弟子にして下さい。オババに魔法を教えてもらいたいんです」


 数日前までのレイとはだいぶ雰囲気が違うじゃないか。驚いたねぇ。

 

 レイは確かまだ5、6歳くらいだったかねぇ。 

 数日前まで村の子等と走り回っているのも見ている。 

 それが今日は妙におとなしい。 

 落ち込んでいるわけでもない。


 けれどその瞳を見た瞬間、背筋に小さなざわめきが走った。

 まるで()()にでもなったかのように静かな瞳だった。

 とても幼少の子の瞳とは思えないじゃないか。


「あたしゃ構わないけどねぇ、お父さんとお母さんはこの事を知ってるのかい?」


「両親には話しましたが本気にされませんでした」


 なるほどねぇ。

 確かに5、6歳くらいの子がそんなことを言っても「まぁそう言う時期だもんな」くらいにしか思われないかもしれない。

 現にあたしもいつもとの雰囲気の違いが気になっていなければ同じように思ったはずさね。


 目を閉じ考える。

 

 今までは弟子を取るとか後進の育成だとか、そんなことを考えたこともなかった。

 だがなんとなくだがこの子は化ける気がする。

 昔研究職をやっていたため理論を大事にしているが、それと同じくらい勘も馬鹿にできないことも長い人生の経験から知っている。

 

 育ててみたい。

 そんな気持ちが沸き上がってくる。

 魔力のお陰で体にガタは来ていないとはいえ、だいぶ老いた。

 自分が修めた知識や技術を誰かに受け継がせるのもいいかもしれない。


 それなりの時間待たせたがレイはこちらを急かしもせずじっと待っていた。

 あたしはゆっくりと目を開くとレイの目を見ながら告げる。


「とりあえずはお前さんに魔法の適正があるかどうかをテストする。なければ弟子にはしない。あれば弟子にする。いいね?」


 頷くレイ。

 

「それと、弟子にする場合はお前さんの両親にはあたしが話をしに行ってやる。ご両親の許可をもらったら晴れてお前さんはあたしの弟子だ」


 そう言うとあからさまに目を輝かせるレイ。


(なんだい。こういうところはしっかり子供だね)

 

「じゃあ着いてきな」


 そう言い残し、リビングへ移動する。

 レイもそれを追いかけてきた。



  

 この後、レイはあたしの弟子となった。

 ――この小さな選択が国を揺るがすほどの大きな波になることを、あの頃の私たちはまだ知らなかった。

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