第35話 あっぷるじゅーす
「いやー。この宿に泊まれるなんてツイてますねー」
メリアは上機嫌だ。
僕らは受付で木札を見せてチェックイン。
部屋に荷物を運んで戻ってきた後だ。
「僕は落ち着かないですね。緊張しすぎて自分が何の飲み物を頼んだのかすら思い出せないですよ」
ウェイトレスって感じじゃなかった。
なんていうの?コンシェルジュっていうの?
ピシっとした服に身を包んだ格好いい女性がメニュー表を持ってきた時は生きた心地がしなかった。
逆にメリアは堂々としたものだ。
「どでーんと構えてればいいんですよ。道中でも言いましたがレイさんにはこれだけもてなす価値があるんですから」
そう言われても僕は小市民なんだ。
こんな場所に来るだけでも緊張して心臓がずっとバクバク言いっぱなしだというのに。
ここでドリンクが運ばれてきた。
何これ?薄いベージュみたいな色なんだけど。
メリアの方を見ると、どう見てもアップルジュースですうらやましいずるい一人だけ安パイでずるい。
「僕、一体何を頼んでました?」
「くるみとミルクのジュースを指さしてコクコク頷いてましたよ。ぎこちない動きで面白かったです」
ぎこちない動きは余計じゃい。
くるみとミルクか……。
ダジャレでもあるまいし――チュルッ。
ストローに口をつけて吸い込む。
なんと、ストローは金属製である。金かけてるなー。
一拍遅れてくるみの香ばしい香りとミルクのなめらかな舌触りが僕の口の中を満たす。
え?おいしいんだけど?
「これ、めちゃくちゃおいしいですよ!メリアも試してみます?……あっ」
しまった。
ついつい日本や村での癖で聞いてみてしまった。
しかしメリアの反応は素早かった。
「え?いいんですか?ちょっと気になってたんですよね」
言うが早いか僕が差し出したグラスを取って飲んでいた。
あー間接キスくらいね?気にしませんよ。今更。
でもメリアは嫌じゃなかったのだろうか。
まぁ、嫌ではなかったんだろうな。
嫌だったらそもそも受け取らないだろうし。
でもまだ問題は残っている。
「あ、あの、こういうシェアみたいなのってマナー違反になったりしませんか?」
そう。
日本の庶民感覚では普通。
でも上流階級とか、海外ではマナー違反かもしれない。
じゃあ、この世界では?
村ではOKだった。
でもここはいかにも格式高そうなお宿。
「しぇあ?まなあ?」
あ、そっか。そうだよね。
「ええと、一つの飲み物や食べ物を共有するのって、礼儀的に大丈夫なのでしょうか?」
「ああー」
メリアは少し悩むそぶりを見せ、
「まぁ、大丈夫なんじゃないですか?あなたは国の賓客ですし、何かあれば言ってくるでしょう」
メリアさん、あっけらかんとしてるなぁ。
それにしても、いつまで僕のドリンクを飲んでいるのでしょう?
「あの、そろそろ僕も飲みたいんですが」
「あ、それ、飲んでいいですよ」
メリアは飲みかけのりんごジュースを目で示してきた。
そんなに気に入った?
でも本当においしいんだよね。
また後で頼もうかな?
しかしメリアは本当に気にしていないんだなぁ。
異性として見られてないんだろうな。
まぁ、僕もメリアを異性としてあんまり意識してないけどさ嘘です馬に乗るときは少し緊張しましたごめんなさい。
とはいえ、僕はいまだに芽結のことを引きずってるし、メリアとどうこうなろうとは思ってないけども。
そう思いつつも、僕は少しドキドキしながらアップルジュースを口に含んだ。
芽結は10話に名前だけ出てきたキャラです。
気になる方は読み返してみてください。
りんごジュース、アップルジュースと表記が揺れてるのはレイの動揺の表れです。
小市民ですし。
タイトルは……後は分かるな?




