第24話 できることと、できないこと
じゃあ、魔法について少し話そうか。
もっとも、これは学者がまとめた理論でも、魔導書に載っているような話でもない。
あくまで僕が、今まで魔法を使ってきた中で「こうじゃないかな?」と考えている仮説だし、魔法というものの一部分しか僕はわからない。
その前提で、
魔法は大きく分けて三種類に分類されている。
① 在る物を操作する魔法
② 現象を再現する魔法
③ 物質を生成する魔法
まず①。
これは一番わかりやすい。
水、土、石、空気――その場に“在るもの”に干渉し、動かしたり形を変えたりする魔法だ。
世の中で使われている魔法の大半はこれに該当する。
僕が使っている風の結界や、土のトゲもこの分類だ。
風は、風魔法と呼ばれているけれど、実際には空気を動かしているだけなので、空気魔法と言った方が正確かもしれない。
この①の魔法は、魔力消費がとても少ない。
理由は単純で、すでに存在しているものに「力の向き」を与えるだけだからだ。
次に②、現象を再現する魔法。
発火、発光、加熱、冷却――いわゆる“現象系”の魔法だ。
僕が魔獣を焼いたり、肉を殺菌したりしたのがこれにあたる。
理屈の上では①の延長に見えるのに、なぜかこの魔法はあまり使われない。
理由は、魔力消費が重いからだ。
最後に③、物質を生成する魔法。
水や金属を、何もないところから生み出す魔法。
理論上は可能とされているけれど、実際に使えた人間は存在しない。
魔力消費の感覚で言うなら、
① < ② <<<<<<<<<< ③
くらいの差がある。
在る物を操作する魔法を「1」とした場合、
現象の再現はその数十倍から数百倍、
物質の生成は……正直、比較するのも馬鹿らしいほどだ。
ただ、最近になって思う。
これは単純に「エネルギー量の問題」じゃない。
魔法は、魔素――世界に遍在する何かを、流れとして整えたものだ。
その流れに向きと偏りを持たせた状態を、僕らは魔力と呼んでいる。
例えるなら、近いのは電気だ。
厳密には違うけど、魔素→電子、魔力→電流でイメージしてもらえるとわかりやすいんじゃないかな?
在る物を操作する魔法は、その魔力の流れで「押す」「引く」「支える」だけで済む。
とはいえ、魔力の流れと力の方向は何故か違うから、魔法を使うのは難しいのだけれども。
兎も角、やることは単純なうえ、対象も大きく、挙動も安定している。
でも、現象の再現は違う。
熱なら分子の振動。
光なら微細な励起。
火なら、無数の反応が連鎖する状態。
どれも細かく、勝手に散らばり、元に戻ろうとする。
だから、魔力の流れを“維持し続ける”必要がある。
結果として、気を配る場所が桁違いに増える。
それが、②の魔法が重くなる理由なんじゃないか――
僕はそう考えている。
そして③。
物質を生成する魔法が、なぜ使えないのか。
正直に言うと、これはまだわからない。
物理の先生から、高エネルギーを集めれば何かが生まれる、という話を聞いたことはある。
けれど、それで作れるのはせいぜい粒子のようなものだという。
安定した“物質”には程遠い。
そもそも、魔力は「在るもの」に干渉することはできても、「在らざるもの」を成立させることができるのか?
このあたりは、まだ霧の中だ。
魔法には、できることと、できないことがある。
その境界線がどこにあるのか――
それを知るためには、たぶん、ちゃんと調べる必要がある。
……いつか、時間ができたら、研究とかしてみたいな。
そんなことを考えながら、
燃え尽きた魔獣の亡骸に、もう一度だけ手を合わせた。




