第12話 同郷の香り
芳醇な甘い香り。立ち上る湯気。
――そう、僕の目の前にはホクホクのサツマイモが置いてあった。
すっかり芋の存在を忘れていた僕は冷めてしまった芋を店主に頼んで温めてもらったのだ。
ついでにマヨ用の小皿も換えてもらった。
最初は嫌な顔をされたが銅貨を渡したら二つ返事で受けてくれた。
というわけで温め直しに銅貨を払ったわけなんだけど、貨幣価値に関して今まで言ってなかったから少し話すね。
一番下から青銅貨・銅貨・銀貨・金貨となっている。
大きさは一円玉より小さい直径15mmほどで、形はいびつ。
だけどそれぞれポーズの違う猫のシルエットが刻まれててかわいいんだよね。
外国為替のレートはわからない。外国に行ったことがないからね。
それぞれの貨幣の詳細な価値に関してはまた別の機会に話そうかな。
というわけでふかし芋にマヨをつけて頬張る。はふはふ。うまうま。
あ、そこの「ふかし芋にマヨ?頭沸いてんのか?」って思った君。君はまだまだだね。
スイートポテトサラダを食べた事がないのかい?めっちゃ美味しいよ。
チーズをちぎって混ぜ込むとさらにおいしいから試してみてよ。日本にいるんでしょ?
……と僕が思考の波に捉われていると、メリアから声がかかった。
「その薄黄色いのは何ですか?」
ほう?マヨが気になると?
いいだろう。
お前もマヨラーにならないか?
「これはマヨネーズと言ってお酢と油と卵黄を混ぜたものに塩を少し加えて作った調味料です。美味しいですよ。試してみますか?」
そう言ってまだ手を付けていない芋を半分に割ってマヨの小皿と共に渡す。
怪訝な顔をして受け取るメリア。
恐る恐る芋にマヨをディップ。
ぎゅっと目を閉じて口に運……あ、マヨが鼻についた。
あーもう目ぇ閉じるから……。
鼻にマヨをつけながらも口に芋を運ぶことに成功。
瞬間、メリアは目を見開いて「んーーーーー!」と声を上げる。
両手をグーにして上下にブンブン振っている。かわいい。
「どうです?美味しいでしょう?」
ウンウンと首を振るメリア。
そしてまた目を閉じゆっくり芋を味わうメリア。
幸せそうでなりよりだ。
あーしかし惜しいなぁ。
「バターもあればなぁ」
何気ない僕の呟きにメリアが反応する。
「『ばたあ』ですか?王都に行けばありますよ」
ガチ!?
「姫様が『くりいむ』と共に開発したって聞いてますよ」
「生クリームもあるんですか!?」
僕は思わず身体を乗り出した。
「私の言ってるくりいむとその『なまくりいむ?』が同じかはわかりませんけど」
バターと一緒に開発したならきっと生クリームだ!
ハッ!そうだ!製法は!?
「せ、せ、製法!製法は!?」
「いや、なんかちょっと怖いですよ。えーと詳しくはわからないですけど何かそれ用の魔道具を開発させたって聞いてますよ」
あーーーーーー!そうか!魔法を使えばよかったのか!
マヨもめっちゃ手作業だったわ!
バターは途中で腕が痛くなって諦めたわ!
なぜオレはあんなムダな時間を……。
いやーでも王女様のおかげでバターにも生クリームにもありつけそうだぞ。
すげー!王女様すげー!
あなたが神か!?
僕が感動に打ち震えていると、メリアが補足してきた。
「あー盛り上げちゃったのに申し訳ないですけど、どちらも高すぎて庶民には手が出ませんよ」
oh……。神は死んだ。
いや、そうとも限らない!
王女様のおかげで魔法を使う方法が明示された!
村で使う分くらいは何とかなるんじゃないか?
勝てる!これで勝てる!今夜はドン勝つだ!
「なんか表情がコロコロ変わっておもしろいですねー」
立てた手に顎を乗っけてメリアが苦笑する。
なにおう。
これが喜ばずにいられるかってんだ。
「メリアさんは何もわかっていないようですね」
僕はやれやれを首を振る。
「石焼き芋をバターで食べればそのマヨネーズで食べるのの10倍おいしいですよ!」
「じゅうばいってなんですか?」
あ、そっか。
四則演算が当たり前にできる世界じゃないんだった。
えーとどう説明しようかな?
この場合は数学的な話ではなく概念的な10倍だからえーと……。
「そのマヨネーズのおいしさ10個分です!」
よくわからない解説になってしまった。
メリアはしばらくウーンとひとしきり唸った後、
「つまりこのまよねーずをつけるのより、すごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくすごくおいしいと?」
と言ってきた。
おお、なるほど。そういう表現をすればよかったのか。
僕はブンブンと縦に首を振る。
そもそも石焼き芋がそれ単体でふかし芋よりおいしいのだ。
ん?あれ?てか焼き芋をこの世界で見た事がないぞ?
おう!じーざす!
めっちゃ焼き芋食べたくなってきた。
「まぁそんなわけで王女様とは別に僕にとってもバター製作は最重要課題というわけです」
「姫様の最重要課題はばたあではない気が……」
メリアが何か言ってるけど聞こえなーい。
「ふっふっふ。バター作りの魔道具、3日で開発して見せますよ」
あ、でも遠心分離機の構造全然わからん。どーしよ。
ん?あれ?何かおかしいぞ?
バター……クリーム……。
あ!この世界の名詞じゃないじゃん!
もしかして王女様って地球人なんじゃ?
あ、いやでもたまたまの可能性もあるか。
でもでも地球人の可能性があるならぜひ会ってみたい!
「あっあのっ!オウッオウッ王女様と、あっ、あいっ、めっ、面会できませんか!?」
僕は思わず身を乗り出してメリアに聞いていた。
しかしメリアの返事はすげない物だった。
「無理ですねー」
なんで!?
「まず急に挙動不審になる人を姫様に会わせるわけにはいきません」
むぐ。
い、いや挙動不審じゃないし。
「それにそもそも簡単にお会いできる立場の方でもありません」
くっ!正論を言いおって。
「そして最後に姫様は気ままな方です。普段は研究やら開発やら趣味やらに没頭しているのでもとから会える機会はそうないですよ」
むぐぐぐ。
でもきっと地球人だし何とかして会いたい。
遠心分離機の構造も知りたいし!
何か!何か手はないのか?
――ハッ!
「で、ではせめて王女様に『マヨネーズ』と『パソコン』の2つの単語をお伝えください」
地球人ならきっとこれだけで通じるだろう。
地球人で無かったとしても伝えただけで罰を受けるようなこともない……といいなー。
「ん-まぁそのくらいなら隊長に伝えておきますけど、姫様の元まで届くかは保障しませんよ?」
ひとまずそれで十分だ。
いやー地球人に会えるのかー。
歴史を見ても地球人がいたような痕跡はなかったからてっきり僕だけだと思ってたけど、同郷がいるなら嬉しいな。
「十分です!よろしくお願いします!」
その後もメリアがうんざりするほどしつこく念押しした僕だった。




