第7章:夜明けに咲く未来(後半)
勇輝は梨華の前に立ち、黒服たちを睨み据えた。彼の目には恐れの影はなかった。全身からみなぎる決意が、その場の空気を変えていた。
「女ひとり、守れなくて男が名乗れるかよ」
九条は鼻で笑った。
「若いな。無謀というのは、若さの特権か?」
「そうかもな。でも……間違った大人の都合に、オレたちの未来を壊されてたまるかよ」
勇輝の声は震えていなかった。むしろ静かに、だが鋭く空気を裂いた。黒服のひとりが飛びかかってくる。
──その瞬間、勇輝は身をかわし、相手の足を払って倒した。
梨華もすぐに構えを取った。幼いころから鍛えた空手の型は完璧だった。
ふたりの間に、迷いはなかった。
「やろう、梨華」
「……うん」
ふたりは息を合わせるように、襲い来る黒服たちと応戦した。
数で劣るが、勇輝の身体能力と、梨華の正確な技の連携がそれを補った。倒すたびに新たな敵が現れる中、彼らは一歩も退かなかった。
「USBは……渡さない!」
梨華が叫ぶ。
だが、戦いのさなか、不意に銃声が鳴り響いた。
「勇輝!!」
梨華が叫んだ。勇輝が彼女をかばうように身を投げ出し、肩口に銃弾がかすった。
「っ……くそ、痛ぇな」
それでも彼は、歯を食いしばって立ち上がった。
「お前に傷ひとつ、つけさせねえって決めたんだよ」
梨華の目から、大粒の涙が零れた。恐怖じゃない。後悔でもない。抑えきれない想いが、胸の奥からあふれ出していた。
──そのとき、廊下の奥から警察の突入部隊がなだれ込んだ。
「全員、動くな! 警視庁だ!」
平次警部、夏目警部補、天久警部が指揮を執っていた。小鳥祐介の情報提供により、ついに公安の残党を追い詰めることができたのだ。
黒服たちは次々と制圧され、九条も動きを封じられた。
「勝った……?」
梨華の呟きに、勇輝が微笑む。
「いや、まだ……お前が笑うまでは、勝ちじゃねえ」
その言葉に、梨華は胸を押さえた。
* * *
事件から数日後。
文化祭の舞台『ロミオとジュリエット』は大成功だった。演技中、ふたりの視線が重なるたび、観客席からはため息のような歓声が上がった。
そして舞台裏。拍手が鳴り止んだあと、梨華はゆっくりと勇輝に近づいた。
「ねえ、勇輝……少し、話せる?」
静かな夜の帰り道。ふたりは並んで歩いた。街灯の光が、並んだ影を柔らかく照らしていた。
「母の遺志……守れた気がする。あの文書、ちゃんと司法に渡った。公安は再編されて、被害者の家族も……少しずつ癒され始めてるって」
「よかったな」
勇輝は頷いた。
「でも……」
梨華は立ち止まり、勇輝を見つめた。まっすぐに、迷いなく。
「怖かった。あの時、あなたが撃たれて……私、本当に……もう二度と会えないかもって……」
その目に、再び涙が浮かぶ。
「なのに、あなたは……何もかも、抱きしめてくれた」
「そりゃ……好きだからな」
勇輝の言葉は、あまりにも自然だった。まるで、当たり前のことを言うように。
「梨華。お前がどんな過去を持ってても、どんなに傷ついても……俺は、全部受け止めたいんだ」
梨華の喉が震えた。
そして──彼女は、言った。
「……白川梨華は、真壁勇輝を愛しています。世界中のだれよりも……」
勇輝は目を見開き、それから──
「俺が梨華をずっと守る」
そのまま、梨華を強く抱きしめた。もう、何も言葉はいらなかった。涙が頬を伝い、胸の奥で眠っていた不安が、ゆっくりと溶けていった。
闇の中でも、ふたりでいれば、未来はきっと明るい。
東京の夜空に、一番星が光っていた。
──そして夜が明ける。