第3章:密室の猫、消えた証拠
翌日の放課後、千代田学園の空は鉛色に曇っていた。雨の気配を含んだ湿った風が、校庭の桜の花びらを揺らす。教室の窓際で、梨華と勇輝は小さな秘密の作戦会議を始めていた。
「北川さんの日記、途中で切れてるのが気になる。『あの先生』って誰やろう?」
勇輝が眉をひそめる。
「理科準備室って言えば、あの古い棟の2階……普段は鍵がかかってるはずよ。生徒が勝手に入れる場所じゃない」
梨華の言葉に、勇輝は目を輝かせた。
「なら、そこに何か重要な手がかりがあるんちゃうか?」
「でも、学校の誰もが立ち入り禁止の場所に、どうやって北川さんが入ったのか……?」
「何か裏があるんやろな」
ふたりは決心した。真相に迫るため、理科準備室に忍び込もう。
その晩。
勇輝は持ち前の運動神経を活かし、校舎の裏口からこっそりと潜入した。梨華は空手で培った柔軟な動きで、勇輝の後ろを静かに追う。
「気をつけて……音を立てたら終わりや」
二人は階段を上り、鍵のかかった理科準備室の前にたどり着いた。勇輝はポケットから細い針金を取り出し、かぎ穴に差し込む。
「これで開かなかったらどうする?」
「そうなったら……また考えよ」
数分後、かすかなクリック音が響き、扉がわずかに開いた。
中は薄暗く、埃っぽい薬品の匂いが漂う。棚には使い古された試験管やビーカーが無造作に置かれていた。
「北川さんが書いてたこと……ここに証拠があるかも」
二人は机の上や棚の裏を丹念に調べ始めた。
その時、梨華がふと棚の下に落ちていた一枚の紙切れを拾い上げた。
「これ……」
それは、見覚えのある校章のピンバッジのコピーのようなメモだった。そこには細かい文字で、誰かの名前と日時が書かれている。
「『7月1日 19時 校庭裏で待つ』」
「誰の名前だ?」
「……川面陽太。梨華のクラスメイトよ」
勇輝は眉をひそめる。
「なんや……これ、ただの約束のメモちゃう。何か企んでるんやろか」
「でも、川面くんは確か、梨華に片想いしてるんだよね……?」
「複雑やな……」
その時、突然、理科準備室の扉がバタンと音を立てて閉まった。
「しまった!誰か来たんや!」
勇輝は焦りながらも扉を引っ張ったが、頑丈な鍵は簡単には開かなかった。
「閉じ込められた!」
梨華は冷静に落ち着きを取り戻す。
「焦らないで。勇輝、携帯は持ってる?」
「もちろんやけど……電波が入らへん!」
二人は狭い部屋の中で暗闇と戦いながら、鍵を開ける方法を探し始める。
「……このままじゃ、警察も学校も気づかないかもしれない」
「誰か来るまで、何とか耐えよう」
閉ざされた密室の中で、二人の心は互いに近づいていった。