第2章:動き出す捜査、揺れる心
警視庁捜査一課のベテラン刑事・平次勘太警部は、鋭い目つきで現場を見渡していた。千代田学園の校舎裏、用具倉庫の中で発見された女子生徒の遺体。顔見知りだった教員によって、身元はすぐに判明した──二年A組、北川沙耶。陸上部所属、快活で人望も厚かった。
「生徒の証言によると、昼休みに一時的に姿が見えなくなったって話や。だが……ここで何があったんや?」
大阪出身の平次は、ぶつぶつと方言混じりに独り言を呟く。隣には、夏目みゆき警部補。タブレットにメモを取りながら、的確に現場を記録していた。
「死因は頭部強打による即死。外傷の形状からして、凶器は角のある鈍器かと。遺体の硬直状態から、死亡推定時刻は午前11時半から12時の間。つまり──昼休みですね」
「その時間は……犯行可能な人間が限られるな」
校舎の廊下では、教師と警察官による事情聴取が進められていた。だが、生徒たちは皆動揺し、明確な証言は得られない。中には混乱から泣き出す者もいた。
教室の一角。白井梨華は机に座ったまま、静かに目を閉じていた。あの瞬間、倒れ込むようにして教師の腕にしがみついた朝倉みな。恐怖に顔を歪めた彼女の姿。そして──自らのスカートが濡れていることに気づいたときの、絶望のような表情。
「……彼女は被害者じゃない。ただの目撃者」
そう呟く梨華の隣で、真壁勇輝は窓の外を見つめていた。
「なあ、白井さん。あの子、朝倉って子……なんか変やったと思わへんか?」
「変?」
「そう。あの倉庫に、どうしてあんな時間に行ったんやろって。用もないのに倉庫に行く理由、ある?」
「確かに……」
梨華は頷いた。勇輝の疑問は、まっとうだった。
「何か、あるのかもな……あの子が気づいたこと」
ふたりは、知らぬ間に事件に引き寄せられていた。
翌日。
勇輝は下校時、ふとした思いつきで一人で校舎裏に戻った。封鎖された現場のテープを越えることはできなかったが、倉庫の外周をぐるりと歩いて観察した。
「……あれ?」
倉庫の裏側、地面の隅に、何かが落ちていた。小さなピンバッジ──学園の校章だった。それは、血のような赤い染みが付着していた。
「警察、これ見てるんかな……?」
そのとき、背後から誰かの足音がした。
「真壁くん……何してるの?」
驚いて振り向くと、そこにいたのは梨華だった。
「白井さんこそ……って、え?それ……」
梨華の手には、何かが握られていた。小さなノート。見慣れない、表紙に猫のイラストが描かれたもの。
「これ、北川沙耶さんのロッカーの裏に落ちてたの。先生には見つからなかったみたい」
ふたりは顔を見合わせた。
「もしかして、遺品……?」
「中には……日記みたいなものが」
そのページには、数日前の記述が残されていた。
『──あの噂、本当かもしれない。私は見てしまった。夜の理科準備室で、あの先生と……』
ページはそこまでで途切れていた。
「白井さん……これ、警察に出すべきやな。でも、出す前に……」
「自分たちで、調べてみる?」
「──うん、そうしよう」
その瞬間、ふたりの間に一つの決意が芽生えた。
彼女の過去に触れることになるとも知らずに。