第1話『オレたち……死んだ?』
気がつくと、見たこともない広々とした部屋にいた。
天井はやたら高く、壁は滑らかな石造り。正面にはバカでかい扉がそびえ立ち、その近くには剣や盾、鎧が無造作に散らばっている。……何これ、ファンタジーゲーム?
いやいや、そんなはずは――と思って周囲を見渡すと、クラスメイトたちが床に転がっていた。全員、体育の後に居眠りして、気がついたら夜になってたみたいな顔をしている。いや、違う。きっとみんな、この異様な空間に理解が追いついていないだけだ。
「オレたち……死んだ?」
誰かがポツリと呟いたその瞬間、空中に光の文字が浮かび上がった。
『あなた達は神によってこの場所に転移されました。この先のボス達を倒し、最後の部屋【神の座】まで辿り着きなさい』
――はい出ました。テンプレ異世界転移系
いやいや、待て待て。まずオレたち何してた? 昨日も普通に寝たし、今朝のことも……思い出せない。やばい、本当に死んだ? いやいや、これは悪質なドッキリだろ。誰が仕掛けたんだ? 今なら怒らないから出てこいよ。
「は? ふざけんなよ」
舌打ちとともに、不良グループのリーダー"アツシ"が立ち上がる。典型的なガラの悪いタイプで、クラスでも問題児扱いされている奴だ。そんなアツシが何の躊躇もなく扉へと歩いていく。
その時、親友のナルミが何かを拾い上げ、オレの方に近づいてきた。
「……ヒトシ、これ念のため持っとけ」
そう言って渡されたのは、床に転がっていた剣。いやいや、剣って何だよ。物騒すぎるだろ。こんなの持たされるくらいなら、さっさと女神様が出てきて「あなたにはチート能力があります!」とか言ってくれよ! 魔王を一瞬で吹っ飛ばせるスキルとかもらえる感じじゃないの!?
――そんな甘い期待は次の瞬間、粉々に砕かれました……
ゴオオオオオオッ!!
地響きを伴う咆哮とともに、上から巨大な影が降ってきた。
「なっ、なんだよあいつ!?」
目の前に現れたのは、ゲームでよく見る緑色の巨漢――トロール……? いや、デカすぎるだろ!? 冷蔵庫どころか、三階建ての一軒家並みにでかい。持ってる棍棒なんて電柱くらい太いし!
「きゃあぁあああ!!」
「逃げろ!!」
耳をつんざく悲鳴が響いた。オレも反射的に後ずさる。周りを見る余裕なんてないけど、みんな同じように逃げようとしているのがわかる。だけど――
ドシャアアアッ!!
たった一撃。一振りの棍棒で、不良の一人が肉片に変わった。血と内臓が床にぶちまけられる。
――あ、これガチのやつだ……
逃げなきゃ。本能がそう叫ぶ。だが、次の瞬間、目の前に何かが転がってきた。
ゴロン……。
それは扉を開けようとしたアツシの首だった。口を半開きにしたまま、何が起きたのかも分からないまま絶命したその顔が、オレを見ている。
「う、うあああああああああああっ!!!」
発狂しそうだった。いや、してる。意味がわからない。理解が追いつかない。ゲームじゃないんだぞ!? 死んだら終わりなんだぞ!?
とにかく逃げなきゃ――そう思った瞬間、隣にいたナルミが剣を構えた。
「一人じゃ無理だ! 協力してくれ!!」
ナルミの叫ぶ声が聞こえたが、オレは震える手で剣を握りながら、頭を横に振るしかなかった。いや、無理だって。こんなの勝てるわけがない。オレたちはただの高校生だぞ!?
ズガァアアアアアン!
「ぐああぁあぁああ!!」
オレの目の前に、モンスターの一撃を受けたナルミが吹っ飛ばされてきた。地面に叩きつけられた身体はボロボロだ。それでも、オレに向かって手を伸ばしてきた。
「ヒトシ頼む、協力してくれ……!!」
――お、オレですか!?
いやいやナルミ、お前は運動部で筋肉バカだから何とか一撃くらいは耐えられたのかもしれないが、オレなんて全て平均値の一般男子高校生だぞ!? あんなバカでかい棍棒で殴られたら、床に落としたプリン並みに飛び散っておしまいなんだが!?
内心で突っ込んだが、親友を見捨てて逃げるのも、それはそれで後味が悪すぎる……。
「……ふざけんな!! やってやるよ!!」
気づけば、震える手で剣を握りしめ、モンスターに向かって駆け出していた――。
しかし、モンスターはその巨大な棍棒を持ち上げると、地面に向けて振り下ろした。
ドゴオオオォォオオン!
轟音と共に地面が爆ぜた。棍棒が床にめり込み、破片が飛び散る。
「くっそ、やべえ……!!」
間一髪で横に跳び、なんとか回避。……無理無理無理! 一撃食らったら即死確定じゃん! これ、オレが知ってるファンタジーゲームなら、せめて回避スキルくらい与えられるやつじゃないの!?
ちらりと横を見ると、モンスターは地面に埋まった棍棒を抜こうともがいていた。その隙に、ナルミがトロールの脇腹に渾身の一撃を叩き込んだ。
「おらあああああ!!」
「ゴォォオオオオオ!!」
モンスターが咆哮し、よろめいた。でも、まだ倒れない。いや、そりゃそうだ。こんな化け物が一撃でやられてくれるわけ――
「ウオオォオォオオオオォオオ!!」
――あるかよ!! むしろ暴れ始めたじゃねえか!!
モンスターは狂ったように棍棒を振り回し、あちこちの床をぶち壊していく。クラスメイトたちの悲鳴が聞こえる。逃げろ、マジで逃げろ!
「ヒトシ危ない!」
ナルミの声に反応して後ろを振り向くと、トロールが野球選手みたいに棍棒を振ってきた。
「うおおお!? 危なっ……!」
オレはしゃがみ込み、ギリギリで一撃をかわす。視界の端で、ナルミがモンスターの足に剣を突き立てるのが見えた。
「っしゃあ! こっち向けや、この野郎!!」
ナルミが叫び、モンスターが膝をついた、今だ――!
「行くぞ、ヒトシ!!」
「くそったれが!!」
同時に跳びかかる。渾身の力で剣を振り下ろした。刃が肉を裂く感触が伝わる。ナルミも叫びながら、何度も剣を突き立てていた。
――そして。
ドォオオオオオオオン!!!!
モンスターが地響きを立てて倒れた。
周囲から歓喜の声が聞こえる。だけど、オレの心臓の音の方が遥かに大きく感じる。必死に呼吸を整えながら、周りを見渡すと――辺りは血と肉片に染まっていた。
――クラスメイトの数、めっちゃ減ってる……半分くらいになってるじゃん……
「これから、どうなるんだ……?」
誰かが呟いた。だけど、それに答えられるヤツなんて誰もいない。
――クソが! なんでこんなことになってんだよおぉお!
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