7話 最深部の決戦
葵との探索が始まってから数時間。道中のモンスターを次々と片付けながら、奥へと進んでいった。彼女の経験と的確な判断力は頼もしく、これまで一人で挑んでいた時とは違う安心感があった。
「この先には、『ファングウルフ」が出るはずだ。」
「ファングウルフ?」
「牙の鋭い狼型モンスターよ。群れで行動することが多いし、動きが速いから厄介なんだ。」
「それってFランクのダンジョンにしては強くないか?」
「確かにそうだけど、このダンジョンの最深部にいるモンスターだからね。油断しないで行こう。」
俺はうなずき、気を引き締めた。ここに来て、初めての本格的な連携戦になりそうだ。
少し進んだところで、葵が手を挙げて静止の合図を出した。
「前方、6匹。気配がする。」
「6匹も...!」
視線の先には、薄暗い通路にじっと身を潜める6匹の狼型モンスターが見えた。暗闇に光る赤い目が、不気味さを増している。
「突っ込んだらやられるわ。こっちから仕掛ける。」
葵は素早くピッケルを取り出し、俺に指示を出した。
「私は右側から回り込む。あんたは正面を引きつけて。できる?」
「正面で引きつけるって...それ、かなり危なくないか?」
「そりゃそうよ。でも、あんたならやれると思ってる。」
葵の自信ありげな言葉に、俺は不安を感じながらも頷いた。
「わかった。やるよ。」
俺は目立つように石を投げつけ、ファングウルフの注意を引く。狙いは成功し、群れがこちらに向かって突進してきた。
「来たな...!」
迫りくる狼たちに突進スキルを発動。弾丸のように動き、前方にいる1匹を突き飛ばす形ですませた。
その隙に葵が右側から現れ、ピッケルで2匹の頭部を叩き潰す。
「ナイス!」
だが、油断はできない。残りの3匹が一斉に俺たちに襲いかかってきた。
「一旦引くぞ!」
葵の声に従い、距離を取ろうとしたが、後方から1匹が急接近。振り返る暇もなく、その鋭い牙が迫る。
「まずい...!」
咄嗟に伸びるバグ技を発動。右腕を長く伸ばし、モンスターの首元を掴んで強引に地面へ叩きつけた。
「...何、それ?」
葵が驚いた顔でこちらを見ている。
「いや、これは...!」
動揺したが、説明している暇はない。再び2匹が襲いかかってきた。葵は素早く1匹の前足を狙い撃ち、動きを封じる。その間に俺は腕を再び伸ばして、残る1匹を壁に押し付ける形で動きを止めた。
「ふう....何とか終わったな。」
俺がを考えていると.葵がこちらに近ついてきた、彼女の日は真剣そのものだった。
「ねえ、さっきの技、何?」
「あれは...」
ごまかす言葉が見つからない。葵の視線は鋭く、嘘をついてもすぐに見破られそうだった。
「...実は、少し特殊な力を使えるんだ。普通のスキルじゃなくて、なんというか...!異常な力で。」
葵はしばらく考え込んでいたが、やがてため息をついた。
「まあ、いいわ。あんたがそれで私を裏切らないならね。」
「もちろんだ。」
「それにしても、便利そうな力じゃない。もう少し使いこなせるようにしたら?」
「そうだな...努力するよ。」
葵は俺の力について深く追及することはなかった。それどころか、少し頼りにされているような雰囲気さえ感じた。
「次は最深部かもしれないわね。準備はいい?」
「もちろん。」
俺たちは互いに頷き合い、ダンジョンの深部へ足を進めた。
「ここが最深部か…」
奥へ進むにつれ、空気が変わったのを感じた。道中の薄暗い雰囲気とは違い、最深部は広大な空間が広がり、天井から不気味な光が差し込んでいる。壁面には奇妙な紋様が浮かび上がり、ただの自然の洞窟ではないことを物語っている。
「気を抜かないで、健斗。何が出てくるかわからない。」
葵がピッケルを構えながら周囲を警戒する。俺も改めて武器を握り直し、慎重に一歩を踏み出した。
突然、空間の中央に黒い霧が集まり始めた。その霧は徐々に凝縮され、巨大な影が姿を現す。
『ダークホーンビースト レベル:8』
そのモンスターは大きな一本角を持ち、漆黒の体毛が異様に光っていた。筋肉質な体躯と赤い瞳が威圧感を放ち、ただ立っているだけで圧倒的な存在感がある。
「これが最深部のボスか…!」
「レベル8…。私たち二人で倒せるかしら。」
葵が不安げに呟くが、すぐに目を鋭くして構え直す。
「でも、ここまで来た以上、やるしかない。」
「だな。作戦はどうする?」
「私は右から回り込むわ。健斗は正面で引きつけて!」
「了解!」
俺はダークホーンビーストの注意を引くため、突進スキルを発動して一気に距離を詰める。
「いけぇぇぇっ!」
体が加速し、ボスの側面に攻撃を叩き込む。しかし、硬い外殻が衝撃を吸収し、大したダメージを与えられなかった。
「硬すぎる…!」
その瞬間、ボスが雄叫びを上げ、巨大な前足を振り上げてきた。咄嗟に身を翻して回避するも、衝撃波で吹き飛ばされる。
「ぐっ…くそ、強い!」
葵がタイミングを見計らい、ピッケルをボスの背後に叩き込む。しかし、それでも有効なダメージには至らない。
「このままじゃジリ貧だ…!」
状況を打開しようと腕を伸ばすバグ技を使おうとするが、相手の動きが速く、思うように狙いを定められない。
「こんなときに…!」
次の瞬間、ボスが大きく後退し、口を開けて黒いエネルギーを溜め始めた。そのエネルギーが放たれれば、全滅するのは目に見えている。
「やばい!葵、下がれ!」
俺は再び突進スキルを発動してボスに向かって突っ込む。しかし、距離を詰める途中で足元の地面が崩れ、バランスを崩してしまった。
「しまっ…!」
倒れ込んだ拍子に腕が異常なほど伸び、ボスの角を掴む形になった。予想外の展開に動揺するが、これがチャンスだと直感的に理解する。
「これだ…!」
腕の力を最大限に引き出し、ボスの頭を地面に叩きつける。ダメージを受けたボスが一瞬怯むのを見逃さず、葵がすかさず背中に飛び乗ってピッケルを突き刺した。
「今よ、健斗!」
「おおおおっ!」
俺は腕をさらに伸ばし、ボスの体を強引に引き倒す。隙を作り出した瞬間、二人の攻撃が集中する。
最後の一撃が決まり、ダークホーンビーストは力尽きて崩れ落ちた。体が光に包まれ、塵となって消えていく。
「…倒した?」
「多分、終わったな。」
ダークホーンビーストが光の粒となり、空間に消えていくのを見届けながら、俺はその場にへたり込んだ。緊張の糸が切れたのか、全身が痛みに襲われる。
「健斗、大丈夫?立てる?」
葵が心配そうに近寄ってくる。その手には新たに手に入れた装備が握られていた。
「なんとか…な。けど、もう限界だ。」
俺は肩で息をしながら苦笑いを浮かべる。葵も同じように疲れ切っているが、どこか達成感のある表情だった。
「さっさと帰ろう。このままじゃ、次の雑魚モンスターにやられるかもしれない。」
「そうね。でも、ここまで来た成果は十分よ。」
俺たちは手に入れた装備を確認し、急いでダンジョンの入口へ向かうことにした。最深部から入口までは、ボスを倒した影響なのか、モンスターの姿は見当たらなかった。
「何も出てこないのは助かるけど、逆に怖いな。」
「ダンジョンの仕組みがよく分からないわね。ボスを倒すと一時的に安全になるのかしら。」
葵の言葉に俺も同意する。まだまだダンジョンの謎は多いが、今は無事に帰ることが最優先だ。
入口にたどり着いた瞬間、光が眩しく目に飛び込んできた。久しぶりに浴びる太陽の光が、身体に染み渡るような感覚を与える。
「出た…!」
「やっと外に戻れたね。」
二人とも疲労困憊ではあったが、無事に生還できた安堵感で自然と笑顔が浮かんだ。
その場に座り込み、しばらく休憩を取る。外の新鮮な空気を吸い込みながら、俺は今回の成果を頭の中で整理した。
ダンジョン協会の支部に向かい、今回の探索結果を報告する。受付の職員は俺たちが無事に戻ったことに驚きつつも、戦利品を査定し始めた。
「お二人が手に入れた装備は、Fランクの中ではかなり良質なものですね。これは次のダンジョンでも役立つでしょう。」
職員からの言葉に、俺たちは少し誇らしい気持ちになった。今回手に入れた武器と防具は、確かに質が良く、使い勝手も良さそうだ。
報告を終えた後、俺たちは近くのカフェで休憩を取ることにした。戦いを終えた達成感と、次なる挑戦への期待感が混ざり合い、不思議な高揚感があった。
「次はどうする?もう少しFランクで経験を積むか、それともEランクに挑戦する?」
葵がカップに口をつけながら問いかけてきた。
「うーん…。装備も手に入ったし、Eランクに挑むのもありだな。でも、無理はしたくないし、もう少し考えるか。」
俺は次の挑戦に胸を膨らませながらも、慎重な判断をするべきだと感じていた。
「そうね。焦らずに進む方がいいと思う。」
葵も同意し、俺たちはしばらくの間、次の計画について話し合った。