6話 新たな仲間
新たに手に入れたアイアンアームリングの力を確かめながら、俺は次のエリアへと進んだ。装備の効果で腕力が上がり、これまでより自分の体が軽く感じる。それでも、ダンジョンの深部へ進むたびに不安が募るのは変わらなかった。
「もうここまで来たら後戻りはできない…。」
俺は自分に言い聞かせるように呟き、薄暗い通路を進んだ。壁には古びた模様が刻まれ、時間と共に風化しているが、その中にはどこか不気味な気配を感じさせるものがあった。
しばらく歩くと、視界が急に開けた。そこにはこれまでとは全く違う光景が広がっていた。地面は黒い石で覆われ、空間全体が薄い霧に包まれている。さらに奥には、大きな扉がそびえ立っていた。
「…あれが次のエリアか?」
だが、その手前にはまたもやモンスターの気配を感じた。俺は慎重に扉の方へと近づく。すると、霧の中から低い唸り声が聞こえた。
「来たな…!」
霧の中から現れたのは、これまでの敵とは明らかに異なる存在だった。
『シャドウウルフ レベル:6』
霧と一体化するような漆黒の体を持つ狼型モンスターだ。その鋭い目が俺を捉え、低い唸り声と共に地を蹴って突進してきた。
「くそっ、速い!」
俺は反射的に横に飛び退いたが、その速度は俺の突進スキルをも凌駕している。シャドウウルフはすぐに方向を変え、再び襲いかかってきた。
「こんな速さで…どうやって戦えばいいんだ?」
俺は焦りながらも、距離を取って体勢を整える。相手の動きをよく見て、隙を探るしかない。
突進スキルだけではこの速さには対応できない。そこで、俺は新たなバグスキルである“伸びる腕”を活用することを考えた。
「これでどうだ!」
腕を伸ばし、シャドウウルフの足元を狙った。黒い影のような動きに翻弄されながらも、なんとか一本の足を掴むことに成功する。
「よし!」
引っ張る力を込めると、シャドウウルフの動きが一瞬鈍った。その隙を突き、全力で拳を叩き込む。
「これでどうだ…!」
だが、シャドウウルフは驚異的な反射神経で後退し、俺の攻撃を回避した。
「ちっ、甘くないな…。」
何度も繰り返される攻防の中で、俺はある感覚を掴み始めた。伸びる腕を単に掴むだけではなく、もっと複雑な動きをさせられるのではないか――。
「試してみるか…!」
次の攻撃では、腕を伸ばしたまま蛇のように曲げ、シャドウウルフの背後に回り込むような動きを意識した。そして、背中に攻撃を叩き込む。
「効いてる!」
シャドウウルフが痛みに吠え、動きが鈍る。これまでの戦闘とは違う手応えを感じた。
「この腕…やっぱり普通じゃない。」
バグスキルが俺に新たな可能性を与えているのを実感する。今度は腕を使って岩を引き寄せ、それをシャドウウルフに投げつけるという即席の戦術を試みた。
「これで終わりだ!」
岩の衝撃と共にシャドウウルフの体が地面に崩れ落ちる。ついに勝利を掴んだ。
シャドウウルフを倒したことで、俺のレベルが上がった。
『レベル:6』
『新スキルポイント獲得:1』
同時に、体が軽くなり、ステータスが向上しているのを感じる。だが、それ以上に重要なのは、この戦闘で自分のスキルをどう活かせるかを理解したことだ。
「このバグスキルがある限り、俺はまだ先に進める。」
俺は奥の扉に向かい、次のエリアへと進むことを決意した。
黒々とした扉を開けると、空間の雰囲気が一変した。これまでの荒れた岩場とは違い、鮮やかな青緑の光が壁や天井を彩っている。自然と人工物が入り混じったような構造で、ダンジョンの奥深さを感じさせる。
「ここは…少し違うな。」
目の前に広がる新たなエリアは、まるで誰かが整備したかのように滑らかな道が続いている。その道の両側には青い結晶が点在しており、淡い光を放っている。俺は慎重に歩を進めた。こんな空間、モンスターが出ないわけがない。
しばらく進むと、遠くからカン、カンと金属音が聞こえ始めた。
「何だ…?」
音のする方向に目を凝らすが、視界の先には何も見えない。それでも好奇心と警戒心が入り混じったまま、音のする方向へ向かっていく。
数分後、音の正体が明らかになった。そこには見慣れない人影――いや、どう見ても人間だ。
背中をこちらに向けたその人物は、まるで何かを掘削しているようだった。
「人…? こんな場所で?」
俺はその人物に近づき、慎重に声をかける。
「すみません、ここで何をしているんですか?」
その声に反応して振り返ったのは、鋭い目つきをした女性だった。ショートカットの髪が印象的で、動きやすそうな装備に身を包んでいる。手にはピッケルのような武器を持っていた。
「…誰だ?」
「俺はただの探索士だ。君は?」
彼女は一瞬、俺をじっと見つめた後、ため息をつきながら答えた。
「私は早川葵。ここで探索中だ。…まさか他の探索士に会うとは思わなかったけどな。」
「早川さんか。俺は篠崎健斗。このダンジョンに潜ってる新人だよ。」
「新人…? こんな奥地まで来るなんて、少し無謀すぎないか?」
葵は俺を冷ややかに見ながら、そう言った。
少し話をしてみると、葵はどうやらこのFランクダンジョンを定期的に探索しているらしい。アイテムの収集やモンスター討伐が主な目的だという。
「それにしても、一人でここまで来るなんて。君、他の仲間とかいないのか?」
「…まあ、いないな。」
俺の答えに葵は少し驚いたような顔をした。
「そう…。まあ、別にいいけど。とにかく、あんたみたいな新人が一人で潜るのは危険だよ。」
そう言いながら、葵はピッケルを肩に担ぎ、また先へ進もうとした。
「待ってくれ!」
「何だ?」
「もしよければ、少しの間だけ一緒に行動しないか? お互い、情報を共有した方が効率がいいだろう?」
一瞬、考え込むような仕草を見せた葵だったが、やがて小さくうなずいた。
「まあ、確かに新人一人で放っておいて、死なれたら後味悪いしね。いいよ、付き合ってやる。」
葵との行動が始まった。彼女はダンジョン探索の経験が豊富で、周囲の状況に敏感だ。どのモンスターがどのエリアに出現しやすいか、どの道が安全か、瞬時に判断して動いている。
「ここはシャドウバットが出やすいエリアだ。上をよく見て進め。」
「シャドウバット…?」
「暗闇に紛れる小型のコウモリ型モンスター。攻撃力は低いけど、数が多いと厄介だ。」
彼女の指示通り、俺は天井に注意を払いながら進んだ。やがて、彼女の言葉通り、シャドウバットの群れが現れた。
「来た!」
葵は素早くピッケルを振り回し、コウモリを次々と地面に叩き落とす。俺も後に続き、伸びる腕を使ってモンスターを捕まえては投げつけるという戦法を試みた。
「…その腕、何だ?」
「えっ?」
「いや、あんたの腕が妙に伸びてたように見えたけど。見間違いか?」
葵の言葉に、俺は一瞬ドキッとしたが、適当にごまかした。
「いや、多分気のせいだと思うよ。」
「…まあいいか。とにかく、さっさと片付けよう。」
戦闘を終えた後、葵は俺を少し見直したような表情をしていた。
「意外とやるじゃないか。新人にしては、なかなか動けてる。」
「ありがとう。君の指示が的確だからだよ。」
俺がそう答えると、葵は少し笑みを浮かべた。
「まあ、悪くないコンビかもね。」
その言葉に、俺は心の中で少し安堵した。孤独な探索が続いていた中で、初めて他人と連携する楽しさを感じた。