40話 ゼルフィアの現状
ゼルフィアでの初めての戦いを終え、俺たちは黄金の甲殻を持つ怪物の死体を見下ろしていた。
「これがこの世界の標準の強さだとしたら…相当手ごわいな。」
剣を鞘に収めながら、俺は汗を拭った。あの一撃で仕留められたのは幸運だったが、次も同じとは限らない。
「この世界では魔力の流れも違う。霊火を使うのも少し癖があるわね。」
葵が魔法の杖を握り直しながらそう言う。どうやらこの地の空気やエネルギーに慣れるには少し時間がかかりそうだ。
黄金の怪物を倒した後、俺たちはさらに進むことにした。しばらく歩くと、湖のほとりに出た。透明な水が静かに波打ち、その中心には巨大なクリスタルの柱がそびえていた。
「なんだこれ…?」
湖の中心に立つクリスタルからは、虹色の光が放たれている。その光は空に向かって一本の柱のように伸びていた。
「このクリスタル、ただの装飾じゃないわね。何か重要な役割を果たしている気がする。」
葵が杖を掲げ、クリスタルに向けて魔法を放つと、クリスタルはまるで応えるかのように一瞬だけ光を強めた。
「何か反応したぞ。」
俺たちは慎重にクリスタルに近づいた。その時、不意に頭の中に声が響いた。
「ゼルフィアに挑む者よ――お前たちの力が試される。」
「また試されるのかよ…」
思わずため息をつくが、声は続けた。
「この世界の真実を知りたくば、クリスタルに触れよ。ただし、それは同時にさらなる危険を招くことを覚悟せよ。」
「どうする?」
葵が不安げに尋ねるが、俺は迷いなく手を伸ばした。
手を触れた瞬間、光が爆発的に広がり、俺たちは眩い閃光に包まれた。
次の瞬間、目の前に無数の映像が浮かび上がった。ゼルフィアの壮大な風景、戦う無数の冒険者たち、そしてこの世界を覆う脅威――異形の存在が映し出された。
「これは…この世界の記録か?」
映像の中で、ゼルフィアの住民が「侵食者」と呼ばれる生物と戦っている様子が次々に流れる。
「この侵食者、さっきの黄金の怪物とはまた違うわね。」
葵が鋭い視線で観察している。侵食者は黒い霧に包まれ、触れるものすべてを侵蝕していく。
最後に映し出されたのは、巨大な城のような構造物。その中心には、地球と似た形の星が描かれていた。
「これは…地球?」
俺たちは言葉を失った。
映像が終わると同時に、クリスタルが静かに輝きを落ち着かせた。そして、またあの老人の声が響く。
「ゼルフィアの命運は、お前たちの手に委ねられた。この地を探索し、侵食者の脅威を排除せよ。お前たちが持つ“異世界の力”こそ、この世界を救う鍵だ。」
「異世界の力…俺たちがこの世界を救う?」
突然の使命に困惑しつつも、俺たちの中には不思議な覚悟が芽生えていた。
「やるしかないわね。この世界がどうなっているのか知りたいし、私たちがここに来た理由もきっとその中にあるはず。」
葵の言葉に俺はうなずく。
「よし、やってやろう。侵食者だろうが何だろうが、俺たちがこの世界を救ってみせる。」
こうして、俺たちはゼルフィアでの新たな冒険に向けて、再び歩き出した。未知なる世界、そして謎めいた使命。その全てが俺たちを待っている。
クリスタル湖を後にし、俺たちは目の前に広がる街を目指して歩いていた。遠くに見える城壁がその街の境界を示しており、青い旗が風に揺れているのが見える。
「この街、地球っぽい建物も混ざってるような…」
葵がぼそりと呟く。確かに、遠目でもわかる。中世風の石造りの建物の中に、鉄筋コンクリートの建物やネオンの看板が違和感なく混在している。
「どうやら俺たちだけじゃないみたいだな、ゼルフィアに迷い込んだのは。」
街の門をくぐると、さらに驚くべき光景が広がった。中世風の露店では野菜や果物が売られている一方で、隣では完全に現代的な自動販売機が設置されている。そしてその自販機を操作しているのは、地球から来たとおぼしき冒険者だ。
「おいおい、この世界って何でもありか?」
俺は目の前の光景に唖然としながら呟いた。
「ここで暮らしている人たち、どうやらこの世界の住民だけじゃないみたいね。」
葵が人々の服装を見回しながら言う。確かに、明らかに地球から来たような服装の人間と、この世界の民族衣装のような服を着た人々が一緒にいる。
「お前ら、新顔か?」
声をかけてきたのは、筋骨隆々の男性だった。彼は地球のミリタリージャケットを着ており、背中には巨大なライフルを背負っている。
「俺は斉藤だ。お前らもゼルフィアに迷い込んだ口か?」
「…ああ、そうらしい。俺たちは昨日、突然ここに飛ばされてきたんだ。」
俺が答えると、斉藤は深くうなずいた。
「なるほどな。俺も最初は驚いたが、ここじゃ珍しいことでもないんだ。とにかく、説明するからついて来い。」
斉藤に連れられて訪れたのは、街の中心にある巨大な建物だった。その扉には「冒険者ギルド」と書かれたプレートが掲げられている。
中に入ると、さらに驚いた。地球のビールジョッキで乾杯している人々や、魔法陣を研究している学者風の人物が混在していた。
「ここは、ゼルフィアに来た地球人や現地の人間が集まる場所だ。情報交換をしたり、物資を手に入れたりするのに使われている。」
斉藤が説明する。
「つまり、地球から来た人間は俺たちだけじゃないってことか?」
俺の問いに、斉藤は苦笑いしながらうなずいた。
「そうだ。ゼルフィアは他の世界から人間を引き寄せる場所らしい。この世界の住民も詳しいことは知らないが、どうやらクリスタルがその鍵を握っているらしい。」
斉藤の話によると、この世界ゼルフィアは今、侵食者と呼ばれる怪物たちによって脅かされているらしい。侵食者は異次元から現れる存在で、この世界の住民や地球から来た冒険者たちと激しい戦いを繰り広げているという。
「侵食者を倒せばこの世界が救われる…と言われているが、正直まだ謎が多い。お前らもクリスタルに何か見せられたんだろ?」
俺と葵は視線を交わし、うなずいた。
「そうか…なら、お前たちも侵食者と戦うことになるだろうな。地球から来た人間には、どうやらこの世界で特別な力が与えられるらしい。」
「特別な力…?」
「そうだ。この世界の住民にはない“異世界の力”だ。それが何なのかは人によるが、使いこなせるかどうかで生き残れるかが決まる。」
ギルドの中では他にも地球から来た冒険者たちがいた。例えば、ドローンを操る技術者風の青年や、剣術で名を馳せている女性。
「お前らも適応するのに時間がかかるだろうが、何とかなるさ。」
斉藤はそう言って笑った。
「ありがとう。色々と助けてくれて。」
俺は礼を言いながら、ギルドの空気を感じ取る。この場所は、俺たちの新しい拠点となるだろう。
そして、新たな仲間たちとともに、この世界の謎と戦いに挑むことを決意したのだった。




