34話 試験
武闘大会が終わり、葵と共に戦い抜いた余韻に浸る間もなく、俺たちは次なる目標に向かって動き始めた。Aランクダンジョンを制覇し、武闘大会でも強敵たちを退けたことで、俺たちの視線は自然とSランクダンジョンへと向いていた。
Sランクダンジョン――その名だけで冒険者たちの心を揺さぶる。未踏の地とされ、多くの冒険者が挑むも帰還を果たせなかった伝説の舞台だ。
「Sランクダンジョンに挑戦したいんだが、情報を教えてくれ。」
俺はギルドの受付でそう告げる。対応したのは、経験豊富そうな中年の男性職員だった。
「Sランクダンジョンか…本気で言っているのか?」
職員は鋭い目つきで俺を見つめる。
「ああ、俺たちはその覚悟がある。」
俺はその視線を正面から受け止める。
職員はしばらく沈黙した後、ため息をつきながら話し始めた。
「Sランクダンジョンは、全国に数えるほどしかない。東京近郊には『富士の深淵』というダンジョンが存在するが、そこに入るには特別な許可が必要だ。そして、その許可を得るには試練をクリアしなければならない。」
「試練?」
隣にいた葵が興味津々に尋ねる。
「そうだ。試練とは、ギルドが用意する特別な任務だ。Sランクダンジョンに挑む者には、その実力を証明してもらわなければならない。それに合格すれば、ダンジョンへの許可証が与えられる。」
「その試練の内容は?」
俺はさらに質問を重ねる。
「それは受験者ごとに異なるが、過酷であることは間違いない。詳細は、受付で申請を行った後に伝えられる。」
ギルドの情報提供スペースに足を運ぶと、そこでは多くの冒険者がダンジョンの情報交換をしていた。その中で、Sランクダンジョンに関する話題が上がる。
「富士の深淵に入った奴は、全員帰還できなかったって話だ。」
「いや、一人だけ生還者がいたらしいぞ。ただし、腕を一本失ってな…。」
そんな話を耳にすると、葵が不安そうに俺の袖を引っ張る。
「健斗、本当に大丈夫なの?」
「不安なのは分かる。でも、これを超えなければ次には進めない。」
俺は彼女の目を見つめて答えた。
「じゃあ、私も一緒に挑むからね。」
葵の言葉には揺るぎない決意が込められていた。
ギルドの試練申請書に記入し、必要事項を提出する。しばらく待つと、受付の職員が戻ってきた。
「健斗・葵チーム。君たちの試練の内容はこれだ。」
職員は一枚の紙を手渡してくる。そこには、試練の内容が簡潔に記されていた。
試練内容:『荒川河口に現れた変異型モンスターの討伐』
制限時間:24時間以内
「荒川河口か…。意外と近場だな。」
俺は内容を読み上げながら、冷静に分析する。
「近場って言っても、変異型モンスターなんて厄介だよ。きっと普通のモンスターとは比べものにならないくらい強いはず。」
葵が眉をひそめながら言う。
「だからこそ、これを乗り越えればSランクの資格が得られる。」
俺は拳を握りしめて言った。
試練の開始までに与えられた時間は24時間。俺たちは装備を整え、新たな武器や回復アイテムを揃えるために街中を奔走した。
「この剣、今の俺にはちょうどいいかもしれないな。」
鍛冶屋で見つけた新しい剣を手に取り、試し振りをする。その剣は軽く、素早い動きに特化しており、俺の戦闘スタイルにぴったりだった。
「私は新しい魔法具を買ったよ。これでサポートは完璧にするからね。」
葵も新たな装備を手に入れ、やる気満々だ。
翌日、俺たちは試練の地である荒川河口へと向かった。到着した現場は、不気味な静寂に包まれており、時折聞こえる獣の咆哮が緊張感を高める。
「気を引き締めていこう。」
俺が声をかけると、葵が大きく頷く。
この試練を突破し、Sランクダンジョンへの道を切り開く。そのために、俺たちは全力で挑む覚悟を固めた。
荒川河口に広がる霧の中、異様な空気が肌にまとわりつくようだった。俺たちは慎重に進みながら、時折響く低いうなり声に神経を張り詰めていた。
「ここが…Sランクダンジョンの試練か。」
葵が杖を握りながら呟く。
「普通の敵とは訳が違いそうだな。」
俺は剣を構え、霧の先に目を凝らした。すると、視界の中に小さな青白い炎が揺らめいているのが見えた。
「気をつけて!」
葵が叫ぶと同時に、霧の中から数体のモンスターが現れた。それらの体は人間の骨格を模したような形をしており、青白い霊火がその体を覆っていた。
「ただのモンスターじゃない。あれは霊火そのものが実体を動かしている…!」
霊火を纏ったモンスターたちは、俺たちに向かって一斉に飛びかかってきた。俺は剣を振りかざしながら応戦するが、奴らの動きは異様に素早い。剣の一撃で物理的に体を砕いても、霊火が再び形を成し、復活してしまう。
「これじゃ埒が明かない!」
俺は一歩後退し、どう打開するかを考えた。
「待って。霊火には霊火で対抗できるかも。」
葵が静かに目を閉じ、集中を始める。彼女の周囲に薄青い光が集まり始め、やがてそれが炎のような形を成す。
「霊火拡張…!」
葵の技が発動すると、彼女の杖の先から霊火が放たれ、モンスターたちにぶつかっていった。その炎は敵の霊火を取り込み、燃え上がる力を増幅させていく。
「すごい…霊火そのものを取り込んでるのか!」
葵の霊火が敵の核を焼き尽くすと、モンスターたちは完全に消滅した。
「やった…!これで何とかなる。」
葵が息をつきながら言う。
霊火のモンスターを倒して進むと、霧の中からさらに大きな影が現れた。それは巨大な狼のような姿をしており、全身に霊火を纏いながらこちらを睨んでいる。
「これは…中ボスか。」
巨大な霊火の狼は咆哮を上げると、霧を裂きながら猛スピードで襲いかかってきた。俺は剣を構えて迎え撃とうとするが、その速度に目が追いつかない。
「くそっ…!」
避けきれずに鋭い爪が肩を掠め、鋭い痛みが走る。
「大丈夫!?」
葵が霊火の盾を展開しながら援護してくれるが、それでも狼の猛攻を完全に防ぎきるのは難しい。
その時、俺は肩に流れ込む痛みに耐えながら、新たな感覚を覚えた。剣に意識を集中すると、剣先から霊火に似た光が立ち上がり、俺の体を包み始める。
「この力…!」
剣に纏った光は、まるで霊火と異次元の力が融合したようだった。それを振り下ろすと、周囲の霧が裂け、狼の霊火に直接干渉するような感覚があった。
「これなら効く!」
俺は剣を振るい、霊火の狼に連撃を加えた。その度に狼の体から霊火が削ぎ落とされ、動きが鈍くなっていく。
「葵、今だ!」
俺が叫ぶと、葵が「霊火拡張」を再び発動させ、狼の霊火を吸収し尽くした。狼は力を失い、その場に崩れ落ちる。
「やった…!」
俺たちは霧が晴れた中で、完全に消滅した狼の残骸を見下ろした。
「新しい力がまた一つ…覚醒したな。」
俺は剣を見つめながら呟く。この霊火を操る力は、俺の成長において重要なカギになると感じていた。
「でも、ここで油断は禁物よ。この先には、もっと大きな試練が待っているはず。」
葵の言葉に頷き、俺たちは再び霧の奥へと歩を進めた。




