3話 成長
隠しエリアのような空間で息を整えた俺は、改めて自分の力について考えた。壁をすり抜けるという異常な現象――これは「バグ」だ。突進スキルの暴走によって偶然発生しているものだろうが、これを使えば蜘蛛に対抗できるかもしれない。
「もう一度戦う。次は負けない。」
意を決し、スキルの発動を慎重に試す。壁を見据え、意識を集中させると、突進スキルが発動する瞬間、再び体が歪んだ感覚に包まれる。
「成功だ……!」
壁をすり抜け、元のエリアへと戻る。目の前には、まだミドルスパイダーがこちらを警戒している。関節部分にいくらかのダメージを与えたが、まだ健在だ。
「もう一度、仕掛けるぞ。」
蜘蛛がこちらに気づき、鋭い足を構える。今度はこちらから攻撃を仕掛ける番だ。俺は突進スキルを発動し、蜘蛛の正面に向かって加速した。
「行くぞ!」
だが、今回の狙いは正面突破ではない。スキルの暴走を意図的に引き起こし、蜘蛛の背後に回り込むための計画だ。
壁すれすれを突進し、直前で意識的にスキルを乱す。体が壁をすり抜け、背後のポイントに移動する。蜘蛛は完全に意表を突かれ、こちらに反応する暇もなかった。
「ここだ!」
俺は拾っておいた石を再び関節部分に叩きつける。硬い音とともに蜘蛛が体を揺らし、大きく怯んだ。
蜘蛛が反撃に転じる前に、さらにスキルを発動。すり抜けた先の障害物の陰に隠れながら、次の一手を考える。
「この調子で行ける……!」
ただし、この戦法には限界がある。突進スキルを多用することでスタミナの消耗が激しく、使い続ければ動けなくなるリスクもある。
「……一か八か、決めるしかないな。」
次の一撃で勝負を決める覚悟を固め、再び突進スキルを発動。蜘蛛が反応するよりも速く、再びその背後に移動する。
「これで終わりだ!」
俺は蜘蛛の中央部分――心臓に当たると思われる部位を狙い、全力で剣を振り下ろした。鋭い刃が貫通する手応えがあり、蜘蛛の動きが止まる。
蜘蛛の体が崩れるように地面に沈み、光となって消えていった。その場に残されたのは、ひときわ輝くアイテムだった。
「これが報酬か……。」
アイテムを拾い上げると、画面に文字が浮かび上がる。
「新アイテムを入手しました:『蜘蛛の糸』」
こういった素材アイテムも手に入ることがある。アイテムのランクは普通、レアリティで分かれていて、この「レア」は比較的価値が高い部類だ。
俺はその場に座り込み、深く息を吐く。
「やった……勝ったんだ。」
疲労はピークだが、勝利の実感が心地よい。ダンジョンでの戦いは確実に俺を成長させている。この力をどう活かしていくか、考える必要があるだろう。
「レア素材か…初心者の俺にはもったいない代物だな。」
俺は蜘蛛の糸を慎重にバックパックへしまった。地上に戻ったら、ダンジョン協会で換金するつもりだ。
立ち上がり、周囲を見回す。このエリアは静まり返り、モンスターの気配はしない。どうやらボス級だったミドルスパイダーを倒したことで、このエリアは一時的に安全地帯になったらしい。
「次の階層に進むべきか、それともここで切り上げるべきか…。」
俺は迷ったが、回復結晶をほとんど使い切ってしまったことを思い出し、今回は撤退を決断した。無理は禁物だ。
「まだ序盤だ。無理して死ぬよりも、一歩一歩進んだ方がいい。」
そう自分に言い聞かせ、来た道を慎重に戻り始める。
地上に戻った俺を迎えたのは、ダンジョン協会の受付嬢だ。スーツ姿でキリッとした表情の彼女が、俺を見るなり微笑む。
「お帰りなさい。お疲れさまでした。成果はいかがでしたか?」
「まぁ、初めての強敵を倒したってところです。」
俺はバックパックからダンジョンコインと蜘蛛の糸を取り出し、カウンターに置いた。
受付嬢が素早くそれを確認し、端末に入力する。
「Fランクダンジョンでこれだけの成果を上げるとは、なかなかお見事ですね。特に、この蜘蛛の糸は価値がありますよ。」
彼女の言葉に少し誇らしい気持ちになる。ダンジョン協会では、アイテムの換金だけでなく、ダンジョン攻略に関する情報を得ることもできる。初心者には頼もしい存在だ。
「蜘蛛の糸の換金額は…そうですね、8000円ほどになります。」
「そ、そんなに?」
思わず声が上がる。レア素材とは聞いていたが、これほどの価値があるとは思わなかった。
「初心者の方には高額に感じられるかもしれませんが、希少性の高い素材ですからね。ちなみに、この糸は防具の強化素材として人気があります。」
俺は感心しながら換金をお願いした。
その日の夜、俺は自宅で手に入れたコインと現金を眺めながら、自分の成長を実感していた。
「少しずつだけど、前に進んでいる気がする。」
だが、俺には一つだけ引っかかることがあった。それは、ダンジョン内で起こったバグ――突進スキルによる壁のすり抜けだ。
「あれは…なんだったんだろう?」
明らかに通常のスキルでは説明がつかない現象。ダンジョン協会に報告すべきかとも考えたが、何かが俺を躊躇させた。
「いや、これは俺だけの秘密にしておこう。少なくとも、今のところは。」
翌日、俺は再びダンジョン協会に足を運んだ。次に挑むダンジョンについて情報を集めるためだ。
「次は、どこのダンジョンに行くつもりですか?」
受付嬢が興味深げに尋ねてくる。
「まだ決めてないけど、Fランクダンジョンの中で安全そうなところを探してる。」
すると彼女が端末を操作し、いくつかの候補を見せてくれた。
「こちらが現在のFランクダンジョンのリストです。初心者向けの場所もありますが、中には特殊な仕掛けがあるダンジョンもありますよ。」
リストに目を通すと、気になる名前が目に入った。
『秋葉原ダンジョン』
「これにしようかな。」
「秋葉原ダンジョンですか? あそこはFランクの中でも比較的簡単な構造ですが、探索中に見つかるアイテムの種類が多いことで知られています。」
「それなら初心者の俺でもなんとかなりそうだな。」
俺は秋葉原ダンジョンへの挑戦を決め、その準備を整えることにした。
自宅に戻った俺は装備の手入れをしながら、次の戦いに向けて気持ちを高めていた。
「次はもっとスムーズに攻略してみせる。」
突進スキルの使い方にも慣れてきたが、すり抜けバグの再現方法にはまだ自信がない。だが、それもいずれコントロールできるようになるだろう。
「俺は成長してる。これからも、どんどん強くなる。」
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