2話 バグの可能性
壁をすり抜けた後、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
モンスターの襲撃から逃げ延びたという安堵感と、目の前で起きた異常現象への困惑が入り混じる。
「壁を…すり抜けた?突進スキルが…おかしくなったのか?」
俺は何度も頭の中で状況を振り返った。スキルの発動を意識した直後に起きたことだから、間違いなく突進スキルが関係しているはずだ。
だが、ゲームのようなステータス画面を確認しても、「バグ」という項目はどこにもない。
周囲を見回すと、洞窟の構造が少し変わっていることに気がついた。壁をすり抜けた先は、通常のルートから外れた「隠し通路」のように見える。
「…もしかして、ここって普通じゃ行けない場所なんじゃないか?」
俺は慎重に進むことにした。通路の先は静寂に包まれ、モンスターの気配もない。
数分ほど歩くと、広い空間に出た。中心には青白く輝く小さな結晶が浮かんでいる。
「これ…アイテムか?」
俺が近づくと、結晶が光を放ち始め、視界に新たな文字が表示された。
「アイテム取得:回復結晶」
「効果:HPを全回復する」
「回復アイテムか…。」
自然と手元に結晶が収まり、俺はそれを確認する。どうやら、ここでしか手に入らない特殊なアイテムらしい。
「これが隠しエリアの報酬ってわけか…。でも、なんでこんな場所に来られたんだ?」
スキルの不具合――いや、あえて言うなら「バグ」かもしれない。それが俺をここに導いたのだとしたら、この現象はただの偶然じゃない。
その後、隠しエリアから通常のルートに戻ると、さっきのモンスターたちはいなくなっていた。どうやら、一定時間が経過するとダンジョン内のモンスターは初期化される仕組みのようだ。
「一つ確かめておきたいことがあるな…。」
俺は周囲を確認し、安全を確保した上で壁の前に立つ。そして、意識を集中させて再び突進スキルを発動した。
「いけっ!」
体が加速し、壁に向かって突っ込む――。だが、今回は普通に壁にぶつかった。
「…ダメか。」
どうやら、同じ状況を再現するには特定の条件が必要らしい。ただ、それが何なのかはまだわからない。
先へ進むと、さらにレベル2のモンスターが数体現れた。
俺は慎重に距離を取りながら石や周囲の障害物を活用して倒していく。順調に戦闘をこなし、少しずつ自分の成長を実感する。
戦闘のたびに経験値を得て、ステータスが微妙に上がっているのがわかる。
「レベルが3になりました。」
またしても通知が表示される。レベルが上がるたびに体が軽くなり、反応速度も上がっている気がする。
「…これ、本当に現実か?」
一つ一つの現象がゲームのような仕組みだ。それでも、この感覚は紛れもなく現実だと俺の五感が告げている。
そして、俺は確信した。
「この“バグ”が使えるなら、俺だけの武器になるかもしれない。」
次のエリアに足を踏み入れると、広い空間に一体のモンスターが待ち構えていた。
『ミドルスパイダー レベル:5』
「…出たな、大物。」
明らかにこれまでの小型とは異なる威圧感を放つ。鋭い足が地面を叩く音が響き、紫色の体表が異様な存在感を醸し出している。
俺はスキル「突進」を準備しながら間合いを測った。
「行くぞ…!」
目の前に立ちはだかる**『ミドルスパイダー レベル:5』**。
これまでの小型モンスターとは違い、その存在感は圧倒的だった。紫色の体表には光沢があり、鋭い牙と足が脅威を物語っている。
「でかいな…これが次の壁か。」
冷静さを保とうとしたが、内心では不安が募る。まだレベル3の俺が相手にするには荷が重いように思えた。しかし、ここまで来た以上、戦うしかない。
「まずは様子見だ。」
俺は石を拾い、蜘蛛の側面に向かって投げた。石は蜘蛛の硬い体表に当たるが、大したダメージを与えた様子はない。それどころか、蜘蛛は鋭い足を振り上げ、こちらに突進してきた。
「くそっ、速い!」
咄嗟に横へ飛び退き、その攻撃をかわす。地面が砕ける音が響き、蜘蛛の足が地面に深い傷跡を残すのを見て、背筋が凍った。
「硬い上に、攻撃も一撃必殺級かよ…。どうすりゃいいんだ?」
俺は考えながら周囲を見回す。このエリアは広いが、障害物はほとんどない。自分の足で距離を保つしかないようだ。
「だったら、スキルを試すしかない!」
俺は突進スキルの発動を意識し、蜘蛛に向かって一気に踏み込む。
「いけっ!」
突進スキルが発動し、俺の体が一瞬で加速する。蜘蛛の懐に入り込んだ瞬間、石を握った拳を振り下ろした。
「くらえ!」
石は蜘蛛の足の関節部分に当たり、小さな破片が飛び散った。
「効いた!」
蜘蛛が痛みに体を仰け反らせるのを見て、俺は手応えを感じた。硬い体表に対して、関節部分は比較的ダメージを与えやすいようだ。
「よし、あの関節を狙えばいける!」
だが、蜘蛛も反撃を開始する。鋭い足が風を切りながら次々と襲いかかってきた。俺はなんとかかわし続けるが、次第に体力が削られていく。
「くそ、速いし重い…!」
その時、視界に赤い文字が浮かび上がった。
「HP:35 / 100」
「やばい…もう余裕がない。」
俺はバックパックから回復結晶を取り出し、咄嗟に使った。結晶が砕けると同時に体の中から力がみなぎる感覚がする。
「HPが全回復しました。」
「これでまだ戦える…!」
再び突進スキルを発動し、蜘蛛の背後に回り込む。そして、石を投げつけて関節部分を狙った。だが、蜘蛛も俺の動きを警戒し始めている。
「ちっ、簡単にはいかないか。」
次の瞬間、蜘蛛が突然動きを止めた。
「え?」
その場で震えるような動きを見せた後、蜘蛛の体が大きく跳ね上がる。そして、空中から鋭い足を振り下ろしてくる攻撃――。
「まずい!」
俺は再びスキルを発動しようとしたが、タイミングがずれて回避が間に合わない。
「やられる…!」
だが、その瞬間、視界が歪んだ。
突進スキルが意図せず暴走し、体が勝手に加速して地面を滑るように動き出す。そして、再び壁に向かって突っ込んだ。
「またか!」
そのまま壁をすり抜け、隠しエリアのような空間に飛び込んだ。
「…助かったのか?」
後ろを振り返ると、蜘蛛は壁の向こうでこちらを探すような動きをしていたが、こちらには来られないようだ。
「またバグか…。」
しかし、このまま逃げ続けていても何も得られない。俺は立ち上がり、スキルを試行錯誤しながら蜘蛛を再び倒す方法を模索することにした。