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Deadman's Dawn  作者: U
8/10

第8話

 二人がリビングへ戻ろうとしたときだった。遠くから、何かが地面を踏みしめるような音が聞こえてきた。それは人が走る足音のようだ。


「……来た?」


 小春が小さく呟く。二人は武器を手に取り、身構えた。足音は次第に近づき、その速さに不安が募る。心臓の鼓動が次第に耳元で響き渡るように感じられた。

 そして――――――


 ドンッ!


 激しい衝撃音が玄関のドアを揺らした。ドアの曇りガラス越しに揺れる人影が見える。


 ガンガンガン!


 叩きつけられる音は、尋常でない力を伴っていた。


「開けてくれー!」


 聞こえてきたのは、男の声だった。


「人だ……」


 岳が呟き、槍を片手にドアへ近づく。


「危険ですよ!」


 小春が岳の腕を掴み、制止した。その瞳には疑念と恐怖が混ざり合っている。


「見殺しにはできない」


 岳は決然とした声で答えると、小春の手を振り払った。

 ドアを開け、槍を向ける。


 現れたのは40代ほどの小太りの男だった。背中には物が詰められたリュックが見え、その手には鈍く光るバールが握られている。男は槍を見て驚き、とっさに両手を挙げ、数歩下がった。額から大量の汗をかき、荒い息を吐いている。


「た、頼む! 助けてくれ!」


 ふと辺りを見回すと、遠くから一人、二人とゾンビがこちらに向かって駆け出してるのが見える。


「入ってください」


 岳が槍を下ろし、男を通すように身を引いた。


「ありがとう……」


 男は肩を上下させながら玄関に飛び込み、岳は急いでドアを閉めて鍵を掛けた。小春はまだ武器を強く握りしめ、険しい表情で男を睨みつけている。


「ありがとう、助かったよ……」


 男が息も絶え絶えに礼を述べるが、岳はそれを遮った。


「そういうのは後にしましょう! ゾンビが近くにいる。何とかしないと……!」


 しかし男は返事をする代わりに、突然立ち上がると、二階へ向かう階段を駆け上がった。


「ちょっと、どこ行くんですか!」


 岳が声をかけるが、男は無視してベランダへ出た。カバンを開け、手のひらほどの小石を取り出すと、勢いよく遠くへ投げつける。

 小石が何かに当たる甲高い音が町中に響いた。ゾンビたちは一瞬立ち止まり、頭を動かして音の方を探す。そして反転し、小石が落ちた方向へ走り去っていった。

 岳はその様子を呆然と見つめた。


「もう大丈夫。静かにしておけば、そのうちどっか行くよ」


 男が肩をすくめながら軽い口調で言った。その顔には余裕すら浮かび、どこか芝居がかった安堵の表情を見せている。


「あ、ありがとうございます……」


 岳はぎこちなく礼を言ったが、目の端で小春の反応を伺っていた。部屋の入り口に立つ小春の顔には、明らかに警戒と不安が入り混じっている。


「いやいや、助けてもらったんだからこれくらいはね」


 男がにやりと笑い、ズボンの膝についた汚れを払い落とすように手を動かした。


「ちょっとお手洗い借りていいかな?急いでたもんで」


「あ、どうぞ。そこを出て左です」


「ありがとう」


 岳は手でトイレの方向を指し示した。男は満足げに頷き、軽い足取りで小春のそばを通り過ぎる。そのすれ違いざま、男は親しげな笑顔を小春に向けた。


「やあ!」


「……」


 その笑顔は、明らかに必要以上に長い間小春に向けられていた。それを受けた小春の顔は一層こわばり、視線は冷たく鋭くなった。男が通り過ぎると、彼女はすぐに岳のもとへ駆け寄る。


「あの人、大丈夫ですか?」


 小春が小声で岳に問いかける。その声には、言葉では説明できない不安が滲んでいた。


「うーん、別に大丈夫だけど、なんかある?」


 岳は軽く流そうとしたが、小春の真剣な表情が気になり、言葉に迷いが生じた。


「いえ、まだないですけど。なんか不気味というか……」


「考えすぎじゃない?」


 岳は苦笑したが、その言葉はどこか、小春の追求や人を疑うことの面倒臭さに対する自分自身への言い訳のようでもあった。


「でも、リュック見てください。急いで逃げて来たにしては、準備が整ってませんか?」


 小春の声は真剣だった。岳も思わずリュックを背負う男を思い返すが、特に異常は思い浮かばなかった。


「準備して外に出てから追いかけられただけでしょ」


「で、でも! ゾンビもすごく簡単に対処してたじゃないですか! 私たちに頼らなくても、自分で何とか出来たんじゃないですか?」


 小春は食い下がるように言い募る。岳は少し考え込むように眉をひそめた。


「まあ、あれはここだからできたことだし。それに頼りになって悪いことはないでしょ」


 岳の言葉にはどこか歯切れが悪い響きが混じっていた。小春の視線は鋭さを失わず、彼の胸を刺すようだった。


「岳さん、他人に甘いですよね」


「え、まあ、たまに言われるけど……」


 なんで小春ちゃんは、そんなに警戒しているんだろう? 俺が鈍いだけなのか?


 トイレのドアが開き、男が戻ってきた。


「何の話ですか?」


 男がにこやかに声をかける。その軽い口調に、二人の緊張がわずかに解けたように見えたが、小春は一歩も引かない視線を向けていた。


「ちょ、ちょっと今後どうするか相談を……それより、さっきのは」


「あぁ、ゾンビはね、獲物を探すときの行動パターンがあるんだよ」


 小島の言葉はスムーズで、どこか用意されていたかのようだった。彼の自信満々の口ぶりに、岳は耳を傾けた。


「行動パターン……?」


 岳が疑問の声を上げると、男は得意げに頷いた。


「まずは音だね。大きな音に反応して、音の発生源に近づく。次に目視、獲物を視認できれば、それを追いかける。次に臭い。もし音の発生源まで行っても獲物が視認できなかったとき、音の発生源で臭いを探るんだ。そこで音を出したのが生き物なのかそうじゃないのか判断している」


「詳しいですね」


 小春の声には警戒が隠しきれない。男はその声のトーンに気づいたのか気づいていないのか、笑顔を崩さないまま言葉を続けた。


「まあ、逃げるときにいろいろ見てきたからね」


 小島の視線が小春に向けられる。その目は親しげというよりも、不気味な興味を含んでいるように思えた。小春は反射的に岳の袖を握り、半歩後ずさった。


「それより、君たちは恋人?」


 男の唐突な質問に、岳は一瞬戸惑ったが、すぐに首を横に振った。


「いえ、昨日知り合ったばかりです」


「そうなんだ。やけに仲良さそうだから恋人かと思っちゃったよ」


 小島はにやりと笑うと、二人に向かって一歩近づいた。その一歩が小春には限りなく近く感じられ、彼女は顔を強張らせた。


「申し遅れたね。僕は小島正人。君たちは?」


「浅野岳です。この子は夢野小春ちゃんです」


 岳が答えると、小島は満面の笑みを浮かべて岳に手を差し出した。


「岳くんと小春ちゃんか。よろしくね」


 岳は差し出された手を握り、握手を交わす。その手を放すと、その手はそのまま横にスライドし、小春の前へと差し出される。

 その手を小春は無視し、握りしめた岳の袖をさらに強く握った。男の手は中途半端に宙を彷徨い、仕方なく降ろされた。


「そんなに怖がられると、おじさん傷ついちゃうな」


 小島は冗談めかして笑うが、その声にはどこか挑発的な響きがあった。


「ただの人見知りなので、気にしないであげてください」


 岳が小春を庇うように言うと、小島はまた軽く笑い流した。

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