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Deadman's Dawn  作者: U
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第2話

 平日の昼前、澄み渡る空には一筋の雲もなく、金色の陽光が舗道を穏やかに照らしていた。秋特有のひんやりとした風が頬をかすめるたび、どこか遠い記憶のような懐かしさが胸を満たす。耳を澄ませば、葉擦れの音や、遠くで囀る小鳥の声だけが聞こえてくる。この瞬間だけは、無為な日々を忘れさせるような気がした。


 やっぱ散歩ってマジでいいんだな。


 ここ2週間は立ち上がるのに数時間、飯を食べたらまた寝転がるかゲームするか。助けてくれる友達もおらず、不意に訪れる孤独と寂しさ、将来への言い知れぬ不安や恐怖に、ベッドに潜ってはただ耐える毎日だった。しかしそれも無かったことのように清々しい。心理学者が運動を進める理由が今更ながらわかった気がする。


 数分ほど近所を歩いていると、ふと気づくことがある。いつもなら聞こえるはずの車のエンジン音がない。どこからも人の話し声や笑い声がしない。時折、風に乗って枯葉がアスファルトの上を擦る音だけが響き渡る。耳鳴りがするほどの静寂。岳は無意識に息を呑み、辺りを見回した。


 なんか変だな。平日の昼間って、こんなもんなのか? ま、働いてるから普段の街の様子をあまり知らないだけだろ……。あんなニュースでビビってんのかよ。ダセーな俺。


 と、心の中で自分をたしなめながら、歩みを進めた。しかし、異変はさらに勢いを増し、岳の不安を増殖させていく。


 それは道路だった。帰宅ラッシュ時には大渋滞を起こすような片道2車線の道路につながる、そこそこ車通りのある道路。その道路と片道2車線の道路の交差点は、地下鉄駅の真上にあり、入り口も複数あるため人通りもそこそこある道であった。

 しかし今、そこを歩いている人は見当たらない。車すら一台も通りかからない。町全体が凍りついたような異様な静けさを放っていた。


 不安は増すばかりだが、岳は歩みを止めない。交差点に差し掛かっても、誰一人見かけない。静けさと不気味さが胸を突く。その時だった――。


「キャーッ!」


 突然、女性の悲鳴が響く。驚いて立ち止まり、音の発生源を注視する。

 交差点の向こう、建物の陰から何人もの人が飛び出してきた。彼らはそれぞれ年齢も性別もバラバラ。それでも一つの意思を持っているように交差点を突っ切り、一心不乱にこちらに向かって走ってくる。


「え、え、」


 岳は混乱してその場を動けずにいた。するとこちらに向かってくる集団のさらに向こうから、またも複数の人が飛び出してくる。しかし、今飛び出してきた彼らは先ほどの集団とは明らかな違いがあった。

 彼らは口やら手やらを中心に、全身の至る所が赤い液体に染まっている。その集団が、全速力で前の集団を追いかけている。走り方も、前に進むということ以外の一切を捨てたような乱雑な動きで、首や腕、姿勢がおおよそスムーズに走ることはできないような方向に振り回されている。


 先に来た集団が岳を避けて次々と走り去る。

 どんどん近づいてくる後続の集団の異様な雰囲気を感じ、ようやく状況を理解した岳は来た道を戻るように全力で走った。


 あいつら何なんだ……!! なんでこんなことに!


 前を走っていた人々の合間を縫って次々と抜き去る。そして岳の前方に若い女性が走っていた時、彼女は隣を走る男性とぶつかり、派手に転んでしまった。男は一瞬振り返るも、見て見ぬふりをするように走り続けていった。目の前で倒れた女性を横目で追いかけながら、岳はそのまま通り過ぎる。


 立ち上がれなかったらどうなるのか。このことがすぐに頭をよぎった。取り返しのつかないことになるであろうことは明白だ。どうしても気になり、走りながらも振り返って様子を見る。

 倒れ込んだ彼女はすぐには立ち上がれずにいる。次々と彼女を抜かしていく人たちは、皆自分のことで精一杯で、誰も助けるようなことはしなかった。血まみれの集団が徐々に彼女に迫ってくる。

 いつまでも彼女は立ち上がらなかった。ただ迫り来る血まみれの集団を見つめている。恐怖で動けなくなってしまっているようだ。岳はその様子から目が離せない。


「……見捨てるか?」


 胸中に浮かんだ言葉に、自分で驚いた。足を止めた瞬間、喉が詰まり、全身が硬直する。頭の中では理屈が叫ぶ。「お前だって危ない」「巻き込まれるな」。

 それでも、視界の端でうずくまる彼女の姿が消えない。


「あぁ、クソ!」


岳は叫び声と共に踵を返し、全力で駆け戻った。すでに何十メートルか全力で走っていたにも関わらず、興奮しているためか一切疲れや減速を見せずに彼女めがけて一直線に向かっていった。


 迫り来る血まみれの集団の先頭を走る男が、彼女に飛びかかろうと手を伸ばしたその時、見事な中段蹴りがそいつの土手っ腹にクリーンヒットした。そいつは走ってきた勢いも消え去ったかのように、来た方向に吹き飛んでいき、後続にぶつかり足を止めさせた。


「立てるか!? 走るぞ!」


 岳は女性に手を差し伸べる。彼女はこちらを振り返る。その目には恐怖と絶望からくる涙が溢れ出し、顔中を濡らしていた。はじめは目の焦点があっておらず、呆然とこちらを見つめていた。半開きの唇は声を出したくても出せないかのように小刻みに震えている。しかし、彼女を慰めるような時間はない。すぐに彼女の手首をつかみ、無造作に立ち上がらせ、そのまま手を引っ張り走り出した。


 やつらを撒き、自宅に駆け込んで玄関の鍵をかけると、2人とも崩れ落ちるように座り込み、岳はぜえぜえと絶え間なく呼吸をした。彼女は膝を抱えて震えながらもハアハアと大きく肩を揺らしながら呼吸をしている。


 数十秒その体勢が続き、2人とも少しずつ呼吸が落ち着いた頃、彼女はいきなり岳に抱きつき、わんわんと泣いた。

 肩にしがみついてくる彼女の震えが、体全体に伝わってくる。怖かったのは自分も同じだ。こちらも震える手で、彼女の頭をそっと撫でた。ふいに肩が湿り、涙がしみ込むのがわかった。泣き止むまで、何も言わずにただ撫で続けることしかできなかった。

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