雪の降らない台南で作った雪うさぎ
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
中学から下校する私のスマホに入ったショートメッセージは、日本の大学へ留学した五歳上のお姉ちゃんが送った物だったの。
−珠竜、そっちは元気?こっちは珍しく雪だよ。せっかくだから、ゼミ友と一緒に雪だるまを作ってみたよ。
そんな短い本文と一緒に添付されていた画像には、大学の門扉の上に鎮座する手のひらサイズの雪だるまが写っていたんだ。
「へえ…お姉ちゃんが留学している堺県は近畿地方の中でも暖かい地域だって聞いたけど、雪が降る事もあるんだねぇ…」
雪だるまの周りの景色を確認してみると、校舎の屋根にはうっすらと雪が積もっていたし、堺県立大学中百舌鳥キャンパス御自慢の芝生だって真っ白に染まっていたんだ。
小三の頃にスキー旅行で訪れた兵庫県の大雪に比べたら可愛い物だけど、市街地が雪化粧で彩られているのを見ると羨ましくなるよ。
何しろ私の住む台南市は台湾島でも温暖な地域だから、滅多な事じゃ雪なんて積もらないんだもの。
「それにしても…お姉ちゃんへの返信はどうしようかなぁ?雪だるまみたいな気の利いた画像なんて無いし、かと言って文字だけじゃ味気無いし…おっ!」
そうして添付する画像について思案していた私は、夕日に染まった児童公園で面白い物を見つけたの。
緑化活動の一環として植えられた公園樹の一群の中に紛れている、一本の南天の木。
その枝には赤くて丸い実が沢山なっていたんだ。
待ってよ、そう言えばナンテンって…
「よし、あれをやってみるかな!」
ピンッと閃く物を感じたなら、後は行動に移すのみ。
ナンテンの実と葉っぱを適当に見繕うと、私は足早に家路を急いだんだ。
そうして帰宅した私が一直線に向かったのは、一階に設けられたシステムキッチンだったの。
「電話で言われた通りに用意したけど…カキ氷機なんて何に使うつもりなの?今日は割と寒い日なのに…」
「それは見てのお楽しみだよ、お母さん!」
訝しがるお母さんへの返事もそこそこに、私は冷蔵庫から氷を取り出し、カキ氷機のハンドルを回したんだ。
シャカシャカという小気味よい音に合わせて削られた氷は、白くて粒が細かくて本物の雪みたいだよ。
この分なら、構想していた通りに出来そうだね。
「材料はこれで良し!じゃあ、次はっと…」
もっとも、次の行程は削った氷を丸く成形するだけなんだけどね。
そうして半球状に固めたら、後はナンテンの葉っぱと実で飾れば完成だよ。
「よし、一丁上がり!お姉ちゃんに画像を送っちゃおっと!」
「なぁんだ、珠竜…雪うさぎを作りたかったのね。」
赤いナンテンの実で出来た目と、固い緑色の葉っぱの耳を備えた、カキ氷製の雪うさぎ。
それを見つめるお母さんの若々しい美貌には、何とも懐かしそうな微笑が浮かんでいたんだ。
「前に家族で兵庫県にスキー旅行へ出掛けた時に、お宿の中居さんが作って下さったわね。珠竜ったら、その事を覚えてたの?」
「まあね、お母さん。さっきお姉ちゃんから雪だるまの画像が送られてきたから、それでふと閃いちゃったんだ。あっ、早速お姉ちゃんから返信が来たよ!」
噂をすれば影がさすとは、よく言った物だね。
まあ、間髪入れずに返信を貰えるってのは有り難い事だよ。
「美竜ったら、堺県立大学で上手くやってるのかしら?こないだ帰省した時には元気そうだったけど…」
「お姉ちゃんの事なら心配いらないと思うよ、お母さん。基礎ゼミで知り合った蒲生さんって友達と、楽しくやってるみたいだし…それで今の返信が…これだね!」
今一つ子離れが出来てなさそうなお母さんに相槌を打ちながら、私はお姉ちゃんから来た返信をスマホに表示したんだ。
きっとお母さんだって、お姉ちゃんからの返信が気になるはずだからね。
「んっ…?おおっ!?」
だけど返信を読んだ次の瞬間、私はギョッとしちゃったんだ。
−へえ、雪うさぎなんてオシャレじゃない。秋にうさぎになった珠竜が冬に雪うさぎを作るだなんて、これは偶然とは思えないよ。
本文だけだったら、別にどうという事は無かったかも知れない。
問題なのは、添付画像の方なんだよね。
何しろそこに添付されていた画像は、バニーガールの格好をした私のコスプレ写真なのだから。
芸能人顔負けのメイクや豪華な貸衣装で華麗に変身した姿を撮影する「変身写真」は、台湾の写真館が誇るアクティビティとして国内外で話題になっているの。
それでお母さんの友達が脱サラして実家の写真館を継ぐ事になったから、私の家族は折に触れて変身写真を撮影するようになったんだ。
要するに、友達の誼で売上に貢献するって事だね。
このバニーガールのコスプレも、ハロウィンの時期に撮影した変身写真だよ。
中学に上がる前後から色んな所が急に成長しちゃったもんだから、こういう大胆に素肌をさらす格好はちょっと照れ臭いんだよなぁ。
それに引き換え、お姉ちゃんは根性が据わっているよね。
高校進学の年に行った海水浴で、お母さんが勧めた黒いビキニを平然と着こなしたんだから。
まあ、美竜お姉ちゃんは小学校高学年の頃からスタイルも良かったから、心理的ハードルも低かったんだろうけど。
「全くしょうがないなあ、お姉ちゃんは…雪うさぎを見て真っ先に思い出したのが、スキー旅行じゃなくて私の変身写真の方だなんて…」
「良いじゃないの、珠竜。美竜だって貴女の健やかな成長を喜んでいるからこそ、この変身写真を返信に添付したのよ。」
そうは言っても、このバニーガールの衣装を写真館で勧めてきたのはお母さんなんだよなぁ。
首をひねって渋る私を、「こういうのを着られるのも若いうちだけだよ。」と宥め賺して言いくるめちゃって。
そのくせ自分は、ほとんど素肌の見えない兎耳メイドのコスチュームなんだから、全く困っちゃうよ。
その辺の事を着付けの時に聞いてみたけど、「こういうのは大学生の娘がいる私が着るから面白いんじゃない。中学生の貴女が着ても普通過ぎてつまんないよ。」って返されちゃったから、呆れて二の句が継げなかったけど。
確かに普段は絶対に着ない服だから、これはこれで良い思い出になったけどね。
「ところで珠竜…雪うさぎやバニーガールは良いけど、このカキ氷はどうするのかしら?」
「それなんだよね、お母さん。やっぱり、食べないと駄目だよね…」
兵庫県に積もった雪で作った雪うさぎは溶ければ何も後腐れはないけれど、こっちは冷蔵庫の氷で作った訳だからね。
うっちゃらかして溶かしたら勿体無いよ。
「そうよ、珠竜。食べ物を粗末にしたら罰が当たっちゃうからね。小豆と練乳なら用意してあげるから、剉冰にして食べちゃいなさい。」
「その小豆、どうせならあったかい豆花にかけて食べたかったなぁ。同じ雪うさぎでも、自然の雪なら気楽に遊べるのに冷蔵庫の氷で作ったら食品扱いになるなんて…世の中一筋縄ではいかないね。」
こんな風にボヤいた私だけど、カキ氷で作った雪うさぎには更なる序列がある事に気付いちゃったんだ。
うちの冷蔵庫の氷は水道水を濾過した自來水で作っているけど、スーパーで売っている埔里や頭城の名水は普通の自來水より美味しいよね。
それに台中の谷関温泉や屏東県の四重渓温泉の水は、ミネラル豊富で健康にも良いらしいし。
そうした名水で作ったカキ氷は、元手がかかっている分だけ自來水のカキ氷よりも高級な扱いになるのかな。
だとしたら、カキ氷で作った雪うさぎの最高級品は…
「ほらほら、珠竜。小豆や練乳は用意してあげたんだから、早く葉っぱの耳を外して雪うさぎを食べちゃいなさい。でないと代わりに貴女に兎耳を付けちゃうから。」
「ああっ、ちょっと!変なの付けないでよ、お母さん!」
妙な違和感を覚えて頭頂部を触ってみたら、そこには兎耳の生えたヘアバンドが付けられていたんだ。
何処か既視感があると思ったら、変身写真でお母さんが付けていたヘアバンドじゃない。
「後は尻尾のアクセサリーをスカートに付けたら…」
「ストップ、ストップ!そんなの付けなくて良いから!」
慌てて止めたから良かったけど、お母さんったら悪ふざけが過ぎるよね。
もしも今の格好をお姉ちゃんに見られでもしたら、「珠竜ったら、そんなにバニーガールが気に入ったの?」って笑われちゃうよ。
ああ、やだやだ…