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建国伝説~始まりの物語  作者: 秀策
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謎の剣士

 ファウストゥルスは、赤子らを自分の懐に引き寄せた。

 冷や汗がじわりと脇を濡らす。獣の集団はゆっくりとだが、確実に自分達との距離を縮めている。まるで統率されているかのように、狼らは乱れることなくその輪を狭めてくる。逃げ場はなかった。

 なんてこった。ファウストゥルスは思わず天を見上げた。やっと森を抜けたと思った矢先、こんな不運に見舞われるとは思いもしなかった。まさに絶体絶命の危機である。この数の狼に襲われれば、まず命はない。

 俺の命もここまでか。せめてこの赤子らだけでもなんとかならないものか。

 途方に暮れ、ファウストゥルスは目を閉じた。そして、次に彼が目を開けたとき、一匹の狼が宙に吹き飛ぶ様を目撃する。

 そして、狼たちが次々に大地に倒れていく。

 速い――。ファウストゥルスは狼の群の中をまるで舞うように動き回る影を見てそう思った。影は一カ所に留まらない。ファウストゥルスはその影を目で追えなかった。それぐらい速い。

 数匹が影の刃に絶命し、激しい抵抗を見せる狼たちの身体には、甲斐なく切り傷が増えていく。

 狼たちは低いうめき声をあげた。かなわないと察した狼たちは、よれよれと退散していった。

 この場に残ったのは、呆気にとられるファウストゥルスと、もぐもぐと口の中のものを一生懸命に飲み込もうとしている二人の赤子、そして、血で汚れた剣を持ち、去っていく狼の群れをにらみつけている一人の若者だった。

 若者は狼が視界から完全に消えると、ファウストゥルスたちの方に振り向いた。歳はファウストゥルスよりも少し若いように見える。同性から見ても見とれてしまうぐらいの美男子で、逞しい体躯がまた羨ましい。まさに絵に描いたような勇者である。

 若者は洗練された動きで剣を鞘にしまう。にかっと愛想よく笑い、警戒するファウストゥルスを安心させた。

「もう大丈夫ですよ」

 と、その声は親しみと優しさを帯びていた。かなり訛りがあるが、聞き取れない程ではない。この辺の住人ではなく、旅装からも他国から流れてきた者に違いないと、ファウストゥルスは想像した。

 ファウストゥルスは丁寧に礼を述べ、

「それにしても大した腕だねぇ。どこのお人だい」

 と、若者の鞘を指さしながら訊ねた。若者は故郷の方角はもうわからない。剣の修行をしながらずっと旅をしていると言い、

「それよりも、そちらの方が不思議ですね。いったい全体、なぜこんなところに赤子を連れてきたのですか。しかも二人。この辺に集落はなかったはずですが……」

 ファウストゥルスは今に至った経緯を簡単に男に説明した。

「不思議なことがあるものですね。これも何かの縁です。私もあなたの家まで同行しましょう。赤子の世話はできませんが、獣を寄せ付けないようにはできると思いますよ」

 ファウストゥルスは重ね重ね礼を述べ、家についたら食事でもてなすことを約束した。

 アーレウスと名乗った若者を加えた一行は、数日後にファウストゥルスが住む村に無事に帰り着いた。

 

 村の入口で、ファウストゥルスの妻ラレンティアが出迎えた。ラレンティアは、

「あんた、よくやってくれたよ」

 と、夫の手から赤子を受け取った。そして、

「あー、そっちにもいたのかい」

 と、アーレウスからもう一人の赤子も受け取った。村の女たちも集まり、二人の赤子を大事そうに連れて行った。

「あの子らは、将来英雄になるに違いない。私らは英雄の育ての親になるんだよ。こんな誉れはないよ。さあさあ、あんたも疲れただろう。家に帰ってたっぷりとお休み。連れの方も遠慮しないで、こっちにきてくださいな」

 ファウストゥルスは大任を果たした安堵感からか、猛烈な眠気に襲われた。気づけば体中が痛む。自分では意識していなかったが、かなり無理をしていたようだ。家に帰り、ファウストゥルスは死んだように眠りについた。

 二人の赤子は衰弱していたものの、村の住人が総出で世話をしたおかげもあり、二、三日後にはすっかり元気を取り戻し、大きな泣き声で周りを困らせる程だった。その様子を見て、

「では、私はそろそろ行きます」

 と、アーレウスはファウストゥルス夫婦に告げた。

「どこへ行きなさるのか。特に行く当てがないなら、ここに居てもいんだよ」

 ファウストゥルスは目元に寂しさを滲ませた。ラレンティアも夫の命の恩人に、

「剣の修行って言ったって、別に旅をしながらでないとできないことじゃあるまいよ。あんた一人ぐらいなら養っていけるさ。どうせ二人の赤子の世話だってしなくちゃならないし、もうしばらく留まって下さいな」

 と、好意を示したが、

「修行の身です。剣だけでなく、己の心を鍛える旅でもあります。これ以上、親切に甘えると修行になりませんので」

 そう言って、アーレウスは固く断った。

「そうですね。私がどこかで野垂れ死にしていなければ、赤子らが大きくなった頃にまた伺います」

 アーレウスは白い歯を見せた。

 翌日、ラレンティアからたくさんの食べ物を持たされたアーレウスは、深々と頭を下げ、一人旅立っていった。

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