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建国伝説~始まりの物語  作者: 秀策
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双子

 一旦落ち着こう。ファウストゥルスは時間の経過とともに、目の前の事実を受け入れ始めた。ここでようやく妻の言葉を思い出す。

 確か森の薄闇を探せだとか、そこに使命があるとか、そんなことを言っていた。そうすると、使命と言うのは、この赤子たちのことだろうか。まさか巨狼の方ではないだろう。

 ファウストゥルスは狼の乳にしゃぶりつく二人の赤子を連れて帰るのが、自分のなすべきことだと考えた。

 しかし、どうやって……。巨狼に近づくなど考えられない。一噛みで致命傷にもなろう巨大な牙。硬い地面に突き刺さっている鋭い爪は、一撫で簡単に自分を葬るに違いない。

 思案した結果、ファウストゥルスは待つことにした。巨狼がどこかに去ってから、赤子を救出すればよい。どういった経緯であの赤子らがこんなところにいるのかは皆目想像できないが、巨狼がいては手出しはできない。赤子らが巨狼によって喰われてしまうなら、可哀想だがそれまでのことだ。自分にできることはせいぜい巨狼を刺激しないことだ。ファウストゥルスは決して薄情者ではなかったが、自分の身の丈にあわないことを、あえてしようとは考えない男だった。

 一歳ぐらいか……。ファウストゥルスは改めて二人の赤子を観察した。二人とも男子で、背格好が同じである。よく見えないが顔もよく似てそうだった。全身は傷だらけと言ってよく、この森に置き去りにされて幾日かが経っているように見えた。

 そうすると、赤子らはあの巨狼の乳を飲んでなんとか生き延びてきたのか、それとも一緒にいた母親が狼に喰われてしまったのか。何でこんなところにいるのか。

 考えても答えはでないと思ったファウストゥルスは、考えることを止めて洞穴からでた。そして、洞穴の入口を見張れる適当な場所を見つけて、巨狼が赤子らを置いてでていくのを待つことにした。

 しばらく待ったファウストゥルスは、自分がうたた寝をしていたことに気がつく。

 いけねえ。はっとして目を開いファウストゥルスは、恐る恐る洞穴の入口に近づいていった。

 洞穴に入ると先程よりも暗い。陽の傾きで光の入る量が減ったからだ。最初に入ったときには気づかなかったが、洞穴の中には小さな泉があり、神秘的に水が湧き出ていた。

 ファウストゥルスは赤子がいたあたりに目を凝らした。

 いた。赤子の生死は不明だが、仰向けに横たわる二人の赤子が闇の中にうっすらと見えた。近づいたファウストゥルスは、思わず歩みを止めた。

 赤子を全身で包み込むように、巨狼が横たわっていたからだ。

 巨狼にすぐ手が届くぐらいに接近してしまい、ファウストゥルスは全身を強張らせたが、よく見れば巨狼は体を丸めて目を閉じている。物音をたてないように注意深くうかがうと、巨狼はどうやら熟睡中である。

 狼の巨体に包まれながら寝息を立てている二人の赤子を、ファウストゥルスは一人ずつゆっくりと抱き上げ、洞穴の外に運んだ。

 赤子らは気持ち良さげによだれをたらし、地面に置かれても目を覚ます気配はなかった。二人の赤子を草の上に寝かしたファウストゥルスは、困った表情でため息をつく。

 さて、どうしたものか……。ファウストゥルスはがっしりとした体格で、体力には自信はある。しかし、寝ている赤子を二人担いでの移動となると、相当に骨が折れそうだった。せめて赤子らが目を覚まし、こちらにしがみついてくれれば……。

 眉を寄せるファウストゥルスだったが、赤子らがあまりに気持ち良さげに眠っているのを眺めているうちに、自然と笑みがこぼれていく。

 こちらが困っているというのに、こいつらときたらなんて幸せそうなんだ。ファウストゥルスは赤子らの安眠を妨げないように気をつけながら、何か赤子らと自分とを結びつけられそうなものがないかと、ごそごそと荷を調べ始めた。

 荷の中に役立ちそうなものがなく、辺りにも見当たらなかったため、ファウストゥルスは思わず舌打ちをした。そして、まだまだ眠っていそうな赤子らに一瞥して、自分も大地に横たわった。

 俺も寝るか――。考えてもわからないときには、自然に身を任せる。彼なりの哲学だった。


 何かが顔を触っていることに気がつき、ふっと目を覚ましたファウストゥルスは、すぐに頬を緩めた。二人の赤子らが、彼の顔をぺたぺたとその小さな手のひらで触っていた。

 「あっ、あっ」

 片方の赤子が口を開く。その可愛らしい声に、

「よしよし、新しい家に帰るぞ。今からお前たちの父は俺だ」

 ファウストゥルスは二人の赤子を抱え込み、力強く立ち上がった。二人の赤子はしっかりとファウストゥルスの身体にしがみついている。お腹が満たされているからか、二人の表情はどこか明るい。そのあどけなさが、ファウストに元気を与えた。

 両肩に二人の赤子を抱え、ファウストゥルスは歩き始めた。記憶を辿りなが、来た道を引き返す。

 二人の赤子はファウストゥルスの言うことを理解しているかのように、世話を焼かせなかった。目的が定まらず、とにかく歩き続けた行きと違い、帰りの目的ははっきりしている。赤子らを連れて無事に妻の元に帰宅すること。足取りは自然と速くなった。

 ファウストゥルスには子供がいなかったが、彼の姉弟達には何人か子供がいて、その世話をすることも少なくなかった。慣れた手付きで赤子らに飯を食わせては寝かしつけ、そして担いで歩く。それを繰り返して数日後には森を抜け、澄んでいない川に出た。ここまで来ればもう道に迷うことはない。

 陽が落ち始め、ここで野宿することにしたファウストゥルスは、赤子らを地面にそっと置く。二人の赤子は連日の移動で疲れたのかぐっすりと眠っていた。

 翌朝、赤子らが泣き叫ぶ声でファウストゥルスは目を覚ました。赤子らをあやしながら、泣き声に蓋をするかのように彼らの口に食べ物を詰め込んだ。

 ふと、不穏な気配を察知したファウストゥルスは、辺りを見回した。寝起きでまだ半開きだった彼の眼が、大きく見開いた。

 数十頭にもなる狼の群に、周囲を完全に囲まれていた。

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