31話 魔石に刻む
そのまま気まずい沈黙がリチャードが帰ってくるまで続いた。バタバタと出ていった時と同じ音が聞こえてきて、ホッとする。
「聖女様。持って参りました」
勢いよくドアが開くと同時に溌剌とした声が聞こえた。
「あ、ありがとう」
魔石の形からして、スライムの魔石だろう。
スライムは基本G〜F級の魔物で攻撃力も低いため、初心者がまずはじめに狩る魔物だ。
「スライムの魔石だと、小石が出るか、そよ風が吹くか、ちょっとした防御ができるか。G級だし、回数制限付きになるけど、このあたりの魔法陣が刻めるかな」
魔法陣も、刻む魔法師の適性のある魔法しか刻めない。
なので、水を出したり、弱火を出せる魔法陣を私は刻めないのだ。
そもそも光魔法の魔法陣はまだ開発されていないため、私は土、風、無属性の魔法陣を刻むことができる。
「で、では防御ができるようにしてください」
リチャードは興奮で声が震えている。
「でも良いの?回数分使い切ったら、この魔石は粉々に砕けちゃうよ。記念の魔石なんだし、取っておいた方がいいと思うけど」
何か思い入れがあるものだったらと思い確認するが、彼はブンブン首を振った。
「いえ、是非聖女様の魔法陣を刻んで頂きたいと思います!!」
「そ、そう。だったら良いのだけど」
リチャードの圧に若干引いてしまうが、すぐに気持ちを切り替える。
いくら簡単な魔法陣とはいえ、集中しなければ描き間違える可能性もある。指先に魔力を集中させ、頭の中で魔法陣をイメージする。
数秒後、魔石が鈍く光り、魔法陣が定着にした。
「お、おお…」
リチャードは感嘆していたが、ダニエルは冷めた目で魔石をじっと見つめていた。
「はい、終わり」
簡単なものだったが、この身体でははじめてのことだったので少し緊張したらしい。
ふぅ、と息を吐いて脱力していると、リチャードがそっと魔石を持ち上げた。
「す、素晴らしい。これだけの御力があるならば、教皇を敵に回しても良いのではないだろうか…」
リチャードはうっとりしながら、つぶやいた。おい、内心が漏れ出てしまっているぞ。
…確かに、教皇を頼らなくても位の高い人物と渡り歩く自信はある。
しかしそれは、教皇や筆頭聖女、さらに彼らの生家である2つの公爵家を敵に回すことになりかねない。
かなり厄介だし、今は協力関係を築きつつ弱みを握っておくのも悪くないだろう。
「いいえ、教皇の申し出を断るのは得策じゃないわ」
私の言葉に心当たりがあるのか、リチャードは押し黙った。
途端に重い空気が流れる。
え…私なんかの地雷踏んじゃった…?
しばらく誰も喋らなかったが、私の表情に気づいたリチャードが話しはじめた。
「魔石に魔法陣を刻んで下さり、誠にありがとうございます。そういえば、本日は専属の侍女を選んでいただく予定ですので、今から呼んで参ります。おい、行くぞダニエル」
そう言い終わるや否や、リチャードはダニエルを引っ張って部屋から出て行ったのだった。




