29話 教皇の提案
黙り込んだ私に、教皇はため息をついた。
「すまない。5歳児には難しい話だったな」
「いえ…教皇様のおっしゃる通りです」
青ざめた顔で俯いて答える。今の私にはこの返事が精一杯だ。
「もし、力が周囲の人間にバレたくないのであれば、手がないことはない」
私の様子を見ていた教皇は私を唆すように呟いた。
「…どういうことですか?」
ダニエルが聞いたことのない低い声で問い詰める。
「なに、簡単なことさ。今回のリチャードの治療も含めて、全てアナベル聖女の功績にしてしまえば良い。そうすれば、2年に1度行われる聖女の能力判定の時だけ、力を抑えるだけで済むぞ」
この言葉を聞いたダニエルは机をバンと叩いて立ち上がり、リチャードも恐ろしい形相で教皇を睨みつけた。
「聖女様の実績の横取りは禁止されているんですよ」
「そんなことが許されるはずがない」
2人は怒りを露わにしながら抗議する。
だが、教皇はそんな2人の様子をまるで他人事のように見ていた。
「私はエリザベス聖女に聞いている」
教皇の言葉で、2人が物凄い形相でこちらを見る。見られた私は身じろいだ。
「え、えっと…まずアナベル聖女とはどなたでしょうか?」
なんとなく予想はつく。だが、一応聞いておかねば。
私の言葉に教皇は目を僅かに見開いた。
「アナベル聖女は現筆頭聖女だ。私が専属神官を務めている」
こんなことも知らないのか、と少し馬鹿にしたような声だったが、教皇はきちんと答えてくれた。
やはりか…つまり、私に筆頭聖女の影武者になれと言っているのだ。
「お前がどうして平民2人を選んだのかは知らない。だが、筆頭聖女への依頼は高位貴族や王族からのものがほとんどだ。お前が任務を代行し、関係を持っておいて損はないだろう」
身分が高い者に探りを入れる機会があることは確かにプラスだろう。提案されている内容は卑劣だが。
「断りなさい」「断るべきです」
ダニエルとリチャードは私の肩に手を置いて説得してくる。
正直、私には悪い提案に聞こえなかった。だが頭の回っていない今の状態では良い答えは出せそうもない。
「少し、考える時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「エリザベス様!!」「聖女様!!」
私の返答にダニエルとリチャードは悲鳴のような声を上げる。
私の言葉に教皇はニヤリと笑う。
「ああ、たっぷり考えると良いだろう」
そう言うと、満足げな顔で教皇は立ち上がる。
「これからアナベル聖女の付き添いで街へ出る。この部屋でゆっくりしても良いし、退出してもらっても構わない」
それだけ言い残すと教皇は部屋から出ていった。
残された私達は全員が同じタイミングでため息をついたのだった。




