第二十三章 郊外キャンプ~準備篇~ 3.用心(その2)
~Side ドルシラ~
――楽しみにしているキャンプに、無粋な賊がちょっかいを出してくるかもしれない。
ネモさんがその可能性を指摘なさったせいで、緩んでいたクラスの雰囲気がガラリと変わりました。
そうなると準備にしても、単に今までの慣例に倣うというのは下策のような気がします。その事に気付いたカルベインさんが、ネモさんに準備の相談を持ちかけていますが……ネモさん、面倒臭そうなご様子ですけど、元はと言えば貴方が言い出した事なんですからね。ちゃあんと収まりを付けて下さいましね。
「まずは食料だよな? 携行性の良いものを……何食分くらい用意すればいいんだ?」
ふんす――という感じでカルベインさんがお訊ねでしたけど、ネモさんは溜め息を吐いて訂正なさいました。……私も食料が第一だと思っていたんですけど……違ったようです。
「いいかカルベイン、人間ってのは二日や三日食わなくても、水さえ飲んでりゃ簡単に死んだりしないもんだ。況して今回はただのキャンプ、敵地に潜入するわけじゃねぇ。食いもんは二食分もありゃ充分だ。どっちかってぇと、水の方が重要だな」
「そ、そうか……食料よりも水なのか……」
「それと、現地の生水は飲んでも大丈夫なのかどうか、確認しておけ。腹を下すぐらいならともかく、場合によっちゃ命に関わる事だってあるんだからな。……ま、学園側もその辺はちゃんと弁えてるだろうがな」
……護衛の者たちから話を聞いておきました。汚れた水をそのまま飲んだら、身体を壊す事があるそうです。なのでそういう時には、濾過した水を沸かしてから飲むのだそうです。
「けどな、今回のように敵性勢力の存在が想定される場合、不用意に焚き火なんかすると、こっちの所在が露見する。ドジ踏んで本隊とはぐれた場合なんかにゃ、お薦めできんな」
「……そういう時はどうするんだ?」
「はぐれないように注意しろ」
……正論ですわね。
「ま、はぐれた時のため用に、呼び子笛なんかを持っておくと便利だろうな」
「……笛の音は敵を呼び寄せるんじゃないのか?」
「笛の音は敵にも味方にも聞こえるんだ。護衛がいつやって来るか判らん状況なら、敵だって襲うのを躊躇するんじゃねぇのか? それに、はぐれたって事は逆に言えば、近くに本隊がいるって事でもあるからな」
「な、なるほど……」
「ま、保証はできんがな」
単独行動は危険という事ですわね。最低でも班単位で纏まって行動しないと。
……そう言っているネモさんが一番、単独行動をしそうですわよね。……危険から一番遠そうなのもネモさんですけれど。
「あとはまぁ……定番だが医薬品の類だな。傷を負ったり毒を口にした時は、一刻を争う事も珍しくない。直ぐに手当ができるかどうかは、文字どおり生死の分かれ目になるからな」
「医薬品……ポーションでいいのか?」
「まぁ大丈夫だろうが……それとは別に解毒薬や消毒薬なんかも、あれば重宝するかもな」
「消毒薬……?」
「強い酒がありゃ充分だ。あとは清潔な布と糸」
繕い物のためかと思っていましたけれど、傷が酷い場合は縫うのだそうです。清潔な布は傷口を覆って、傷口から汚れが入らないようにするのだとか。エルさんも頷いていましたし……私たちの班は危機対処能力が高いようですわね。
「俺だってそんなに詳しいわけじゃないからな。各自、実家の護衛さんたちに話でも聞いておけよ?」
……その方が良さそうですわね。ネモさんとエルさんに頼り切りというのも何ですし。
「あとは……そうだな、靴はしっかりと足に馴染ませておけよ? 見栄張って新しい靴を履いて、足を痛めるような馬鹿を晒すなよ?」
……考えていませんでした。注意しておかないといけませんわね。
「他には……ナイフとロープ、万一のために夜具にもなるマント……火種とかも一応あった方が良いか……」
「灯火も用意しておいた方が良いだろうね。班に一つくらいは」
アスラン様がそうおっしゃって、エルさんも頷いてらしたんですけれど……
「ん? 灯りなんか必要か? 【生活魔法】の【点灯】がありゃ充分だろ?」
「短時間ならともかく、長時間だときついからね」
「あ? 一晩くらいなら灯ってるだろ?」
……何と言うか……頭が痛くなりました。他の皆さんも同じみたいですわね。……一人ネモさんだけが、解ってらっしゃらないようですけれど……
「……ネモ君、普通の【点灯】はそこまで保たないからね?」
「そろそろ自分が規格外という事実を自覚した方がいいぞ?」
――そんな心外そうな顔をなさっても駄目ですわよ? ネモさん。
「あとは――そうだな、採集物なんかを容れる器か袋とか、あると便利なんじゃないか」
「採集物?」
……素っ頓狂な声をお上げになったのは殿下でしたけど……無理もありませんわね。この期に及んで何を言い出すのかと、私も思いましたもの。
「おぃおぃネモ、不埒な賊めが襲って来ようかというのに、採集物とは……一体何を考えてるんだ?」
「おぃマヴェル、そっちこそ何を考えてる? 曲者が襲って来ようが来まいが、これが学校行事の、延いては授業の一環である事に変わりは無いんだぞ? そっちに気を取られて、肝心の授業を疎かにするようじゃ、それこそ本末転倒だろうが」
……これも正論ですわね。
ネモさんがおっしゃるには、一応実習なんだから採集の課題くらいは出る筈だというのですけれど……
「食糧は全て自分たちで調達しろ――くらい言われるかと思っていたんだが……そんな事をしたら食いっぱぐれる者が続出しそうだしな。けど、授業で習った薬草とかを採って来い――くらいなら言われそうじゃないか? 事前に授業内容を復習しておくか……図鑑の類を用意するくらいは必要かもな」
……万一の場合への備えとは別に、課題に対する備えもしておく必要がありますわね。