幕 間 熊の胆顛末
~No-Side~
王都に戻って来たネモが深い考えも無しに薬師ギルドに売り払った、巨大バイコーンベアの熊の胆は、案の定、薬師ギルドで盛大に物議を醸していた。
「……どこからどう見ても、普通のサイズじゃないな」
「あぁ……ネモは何も言わずに置いていったが」
「彼はなぁ……解っていて置いていったのか、全く気が付いていないのか、判断しにくい部分があるからなぁ……」
「大きい事は承知していても、気に留めていない――という可能性もあり得るぞ?」
「う~む……」
冒険者見習いの身でありながら、大水蛇だのメデューサボアだのスキップジャックヴァイパーだのといった蛇系の魔獣を立て続けに狩っているネモの名前と業績は、冒険者ギルドのみならず薬師ギルドや皮革ギルド、魔導ギルドにまで鳴り響いている。「蛇狩り職人」などという称号まで頂戴したそうだが、その手並みが蛇に限ったものではない事も知られている。大っぴらにはできないが、ディオニクスを丸焼きにしたという――ネモ以外であれば信じられない――逸話の持ち主でもあるのだ。
しかも、当人がその事――自分が規格外だという事――をまるで理解していない。ちょっと大きいだけの熊だと信じて疑っていない……という事も、大いに考えられるのであった。
「……まぁ、彼の事は一旦忘れよう」
「……だな。今はこの熊の胆の事に集中すべきだ」
薬師たちは問題の熊の胆に目を遣った。……通常よりも五割増しで大きなそれに。
「……一応言ってみるんだが……偶々でかいだけという可能性は……」
「無いな。偶々で済ませられる大きさじゃない」
「うむ。偶然でなく必然。そう考えるべきサイズだろう」
「とすると……その必然をもたらした原因が問題になるわけだが……」
そこまで話が進んだところで、薬師は黙り込んだ。この先待ち受けている結論を口にするのが憚られるというように。
「……他の魔獣か……或いはその魔石を喰らって急成長した。……そう考えるよりあるまい」
「……だな」
「胆だけでこのサイズなんだ。本体もそれ相応に巨大だった筈だが……」
「〝蛇狩り〟ネモには問題にならんのだろうよ。いや……この場合は〝鉄風〟と言うべきか」
「〝嵐杖〟かもしれんぞ? 或いは〝恐怖の大王〟かも」
「……一応肉は食える筈だから、〝食卓の番人〟が顕現したのかもな」
――と、一頻り現実逃避が済んだところで、
「……まぁ、コイツに限って言えば、ネモが狩ってくれたわけだから一安心だが……」
「だとしても、一応は国王府の方に報告するしかあるまい」
「うむ。魔石を与えて魔獣を巨大化させるというのは、謀略戦の手段として、一頃は能く使われた手だからな。……効果が不確かに過ぎるとして、今では廃れた手ではあるが」
「だが、その懸念がある以上、我らとしても黙っておるわけにはいかん。……彼に迷惑がかかるのは不本意だが」
「……国王府に直接報告するのではなく、先に魔導学園の方に報告するか? 彼は魔導学園の生徒なんだし、頭越しにするのは角が立つだろう」
「国王府には魔導学園の方から報告してもらう……そうだな、その方が良い」
「うむ、そうしよう」
――と、一応結論が出たのだが……
「……それにしても、惜しいな」
「あぁ、胆がこれだけのサイズなら、魔石はどれだけ大きかったか」
「地元の商人に売り払ったそうだが……王家だけでなく魔導ギルドも執着しそうだな」
――後日、魔導学園の教師陣からネモが追及を受ける事になるのだが、それはまた別の話になる。