第二十二章 ウォルティナの町にて 6.市場にて
~Side ネモ~
翌朝、俺はウォルティナ名物の朝市を見て廻っていた。ウォルティナは湖水地方ことウォルトレーン領最大の町だからな。近在で採れたもの……まぁ、主に水産物なんだが、それらがここウォルティナに運ばれて来るわけだから、交易の中心地として賑わっている。それだけじゃなく、ウォルティナには王国の水運の要衝という面もあるから、ここは王家の直轄領になっている。当然領主がいないから、ウォルティナは正確には領都じゃなくて、代官府所在地って事になる。
余計な説明はこれくらいにしといて――俺が朝市を訪れたのは、食品その他を買い込んでおくためだ。王都オルソミアでは大抵のものが手に入るけど、運送費がかかっている分だけ地元より高くなってるからな。こっちで安く買える食糧とかは、こっちで仕入れておきたいのが人情だろ。他にも、地元ならではの食材とか色々あるからな。
そんな感じでブラブラと朝市を冷やかしていた俺は、古道具屋の店先に無造作に置いてあるものを見て硬直する事になった。
(魔剣イルヴァラード!? なんでコレがこんなところに……?)
――炎の魔剣イルヴァラード。
「運命の騎士たち」本編でレオ・バルトランの愛剣として登場する魔剣で、本編の前日譚である「運命の騎士たちプレリュード」では、ゲーム終盤になって登場する。
確か……レクター侯爵とかいう大物貴族が謀反を起こした時に、侯爵を討伐したレオの手に渡った筈だ。
……それが何でこんなところにあるんだ?
「おっちゃん、コレ、どうしたんだ?」
「ん? ……あぁ、そいつか。どっかの廃屋で見つけたとか言って持ち込まれたんだがな……ご覧のとおりの赤鰯で買い手もつかねぇから、屑鉄として処分しようかと思ってよ。鋳潰しゃ馬の蹄鉄ぐらいにゃなるだろう」
……いや……天下の魔剣を屑鉄扱いかよ。確かに現状は赤錆の塊みたいだが……。俺も【眼力】が無けりゃ気付かなかっただろうな。
しかし……これ、どうしたもんかね?
「何だったら坊主が持ってくか? 場所塞ぎなだけだし、銀貨半枚でいいぜ?」
「いや……幾ら何でも、銀貨半枚じゃ足が出るんじゃないのか?」
「店先にこんなもん置いてると、他の品までケチ臭く見えちまうんだよ。かと言って奥に引っ込めてちゃ、買い手が付くわけもねぇからな。厄介払いってとこだ」
「俺は厄介物を押し付けられるわけか……?」
そう言ってやると、店の親爺は肩を竦めた。
「そう言うなよ。今は錆の塊だが、結構頑丈っぽいぜ? 錆さえ落としゃそこそこ使えるんじゃねぇのか?」
――そのとおり。
錆さえ落とせば魔剣の真の姿が現れるんだが……問題はこの錆が普通の錆じゃないって事なんだよな。普通に研ごうとしても研げないんで、皆が匙を投げた――って設定だった筈だ。ゲームではレクター侯爵かレオにしか錆は落とせなくて、どちらが錆を落とすのかでストーリー展開が変わった筈だ。
当然俺にも錆は落とせない筈だし、持て余すだけだろうが……問題は、このままだと本当に鋳潰されそうなんだよな……仕方ねぇ。
「……そっちの砥石を付けてくれるんなら、火掻き棒の代わりに貰ってくが?」
「確りしてやがる……砥石はこっちの使いかけで手を打っとけ」
「……解った。ほらよ、銅貨五十枚」
「毎度さん」
・・・・・・・・
う~む……行き掛かりで魔剣イルヴァラードを買っちまったが……どうしたもんかな。
使う当てが無いというのもそうなんだが、ストーリーを正常に戻すためには、こいつがレクター侯爵の手に入るようにする必要があるんだろうな。レオのやつに手渡すのなら簡単だが、唐突にこんなもんを渡されてもレオだって納得しないだろうし……第一、その展開でいいのかどうか疑問が残るしな。
とりあえず【収納】に仕舞い込んでおくとして……
……そもそも、何でこいつがこんなところにあるんだ?
ゲームでは確か……レクター侯爵が大水蛇狩りに差し向けた部下が見つけ出して持ち帰ったんじゃなかったっけか。……思い出した。確か侯爵の孫娘が大水蛇に食われたんだ。それで仇討ちに部下を差し向けて……あれ……?
待てよ……確かそのエピソードは……レオが入学する前の年の筈だったよな?
――って事は去年の筈なんだが……憶えている限りじゃ、そもそもそんな事故は無かったぞ?
……能く判らんが……つまりこういう事か?
何らかの理由でレクター侯爵の孫娘が襲われるイベントが不発になったため、本来なら侯爵の部下が回収する筈の魔剣が回収されずに売れ残っていて、あわや鋳潰されるとこだった――と。
……どうすりゃいいんだ、コレ?
これにて夏休み篇は終了です。幕間一話を挟んだ後で、二学期篇に入ります。